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番外編SS
さえちゃんのおねがい ①
しおりを挟むEPISODE さえちゃんのおねがい
(※掲載中の番外編「さえちゃんのおねがい」と「さえちゃんの初恋?」については、書籍化前に書いたものです。書籍版との多少のズレがあるかと思いますが、ご了承ください。)
都内のグランツで、愛しの彼女に二度目のプロポーズをしてからしばらく――。
仕事の繁忙期を終えて、生活にゆとりがでてきたこの頃、俺はものすごく満ち足りた毎日を過ごしていたのだが――
この日、ちょっとだけそれが脅かされる。
「……すぐるさん。私、“すぐるさんにしてもらいたいこと”決めました」
いつものように彼女が準備してくれた夕食の席で、意を決したように切り出したさえの言葉に、胸の中がぱぁっと華やぐ。
「そうか、良かった」
飲んでいた食後のコーヒーから口を離して、笑顔を向ける。
そういえば昨夜、“考えてみます”で流れていたんだったな。
さえの要望とあらばなんでも聞くつもりだが、こういう形で聞き出すのも悪くない、うん。
「それで? 俺の愛しの奥さんは何がお望みかな?」
どこかに旅行に行きたいとか?
それとも、服とかジュエリーをねだってくれるとか。
さえがそんなことを言うのは、少し想像つかないが、初めてのことに、気持ちが浮足立つのがわかる。
そして、彼女は小さな肩をキュッと上げて言ったんだ。
「すぐるさんが手帳に入れているという、私たちの写真がみたいですっ!」
「ぐふっ!?」
あまりにも衝撃的で、口にしていたこの日のデザートである、本橋屋の和菓子が喉を通っていってくれなかった。
「わ、すぐるさん、大丈夫ですか?! お水、お水、飲んでください!」
青ざめて、胸をとんとん叩いていると、目の前にミネラルウォーターの入ったグラスがやってきて、すがるように口に運んだ。かいがいしく世話を焼いてくれる彼女を横目に、そっと青ざめる。
まさか、そうくるとは思わなかった。
そういえば、なんだかんだ忙しくて、見せていなかったな。
咲人にオジサンと言われていた、あの頃の写真――
✳✳✳
そんな自分の首を締める事態を起こす発端となったのは、昨夜のこと――。
夕食後、いつものようにさえの顔を見たいばかりに、居間で仕事をしていたときのことだった。
「――すぐるさん、どうぞ」
「……もう、そんな時間か」
彼女のちいさな手が、俺の目の前にカモミールティーを置く。
だいたいこれが行われるのは作業を初めて2時間ほど経過したとき。俺のみを案じる、彼女なりの控えめなアクションなのだと思う。
「そろそろお休みにならなくて大丈夫ですか? 明日もお仕事なのに」
「大丈夫だよ。いつも言ってるけど、俺はこうすれば癒やされるから――」
自分の分のカップをテーブルに置いて、隣に座ろうとした彼女を捕まえて、自分の膝の上に下ろす。
「――わっ」
びっくりしたような愛らしい声がするが、構わず引き寄せて、後ろから深く抱き込んで動きを封じる。休憩時間、もとい癒やしの時間だ。
両腕の中にすっぽり収まって、柔らかくて温かい。髪からは、彼女の愛用するシャンプーの香り。
あぁ、幸せだ。
家に帰るといつも笑顔でさえが出迎えてくれて、着替えて彼女のもとに行く頃には温かい夕食が並べられいて。
浴室にはさり気なく俺の好む、オイルの香りが漂い、仕事に没頭して一息つきたくなった頃に、カモミールティーがやってくる。
そしてベットに入れば――
『さえ……愛してるよ――』
『ふふ、私も、だいすき』
てな流れで、情熱的な夜を過ごし……
――ん? ちょっと待て、俺。
彼女をひたすら甘やかしたいと思うのに、どうしてなのか、俺ばかりが得をしているような気がするが……
――気のせいか?
「すぐるさん、どうしました?」
彼女の肩口に顔を埋めたまま動かなくなった俺を心配したのか、さえが遠慮がちに俺の頭に触れて気遣う。
顔を上げて絡む視線は、チワワのように大きく揺れて潤んでいる。そのまぶたに口づけたくなるが……自分の至らなさに気づき、いやまてよ、と思考に戻る。
――いや、たぶん気のせいじゃない。
ふと、さらに思うことがあり、思考を巡らせる。
そうだな、就寝前も確か――。
俺は一瞬考えめぐらしたあと、
「やっぱり、そろそろ休もうかな……」
唐突にそんなことを言ってみせると。
「――あ、では、ちょっとお待ちください」
彼女は案の定、笑顔で立ち上がってベッドルームへ向かう。俺は、すかさずその後ろをさり気なくついて歩いた。彼女はそのままベットの横にあるデェフューザーで足を止め、そこにしゃがみ込んだ。
そして、アロマオイルの箱を取り出して、吟味しようとしたところで、後ろから彼女の行動を制した。
「――へ? すぐるさん?」
「――やっぱり、そうだよね……。あれもこれも、全部、君の心遣いだったわけだ……ありがとう――」
嬉しいが、参ったな。
ちんぷんかんぷんといった彼女の手から箱を取り上げ、棚の上に避ける。そのまま「え? へ?」と小さくつぶやく彼女を腕の中に招き入れ、感謝の意に浸る。
少し前の頃から就寝時の寝室に優しい香りがすると思ったんだが――これも彼女が前もって準備をしていたに決まってるよな。
あれもこれも、さっき挙げたことを含めれば、俺は彼女の与えてくれる癒やしの空間で、ただ偉そうにあぐらをかいているだけではないか……?
それもベッドに入れば癒やしてくれた彼女をガンガン鳴かせて疲労させているのは誰だ……?
……俺だな。
腕の中でキョトンとする愛らしい唇をそっと奪い、そのままベットに座るように誘導する。
両肩に手を置いて視線を合わせると、何が何だか分かっていない彼女は、脳内がクエスチョンマークでいっぱいのようだ。
さえは見返りとかを求めるタイプではないからな。
「あの――」
「さえ、いつも俺のためにありがとう。俺も君のために何かしたい――」
彼女が俺を気遣う前に、キッパリと告げる。
「え? いきなりどうしました……?」
「――俺は気づけば君が整えてくれた空間の上で、当たり前のように生活してたことに気付いた……。俺のワガママで家にいてもらっているというのに」
家のことをやりたいと言ってくれる彼女に甘えすぎたな。
とはいえ、口にはしないが、先延ししてもらっている求職だって、正直なところあまり乗り気ではなかったりする。
心の狭い男だろうと思われるかもしれないが……彼女はこんなに可愛いんだ……。絶対に変な虫が寄り付くに決まっているだろう?
これに関してはゆくゆく対応が必要だと思う。
――というのは置いておいて。
「そんなことありませんよ。私が、好きでやってることです。それに、当たり前だなんてとんでもない……、すぐるさんは、どんなことに対しても“ありがとう”と言ってくれます」
そんなの当たり前のことを、さぞかし偉大なことのように言ってくれるのは彼女の懐の深さだ……。
またそれが愛おしくて、ついつい押し倒して情事に持ち込みたくなるが、コラコラと自分を叱咤し、きちんと思いを伝える。このままではいけない。
「俺の気が収まらないんだ。さえにとっては普通でも、俺はそうは思わない」
「うーん」と眉毛をハの字にして、明らかにどうしていいのか困った様子のさえ。
「なら――言い方を変えよう」
「言い方?」
俺の声に大きな瞳をパチクリして首をひねる彼女。
「ああ。さえが、俺にしてほしいことはないか? もちろんなんだっていい。ものだって、行きたい場所だって、なんだって」
最近、二人でゆっくり過ごせていないからな。要望はたくさんあるはずだ。
「……すぐるさんに、してほしいコト? なんだって?」
案の定、言い方を変えただけで、俺の言葉に興味を惹かれたようにオウム返ししてくる、可愛らしいさえ。
「あぁ、もちろん、なんでも。いくつでも」
そう言って気持ちをさらに煽る。
さえのことは誰よりも知ってる自信があるが、情けないことに、女性の好むものやほしがるものに関しては疎いと自覚している。
それに、さえが周囲と同列のことを望むようにも思えない。
一緒にいたいとか、どこかへ行きたいとか、そういうこと些細なことを求める可能性もある。
斜め上を見たまま一生懸命考え連ねている彼女。
俺はその可愛らしい様子を、眼を細めて見守っていた。
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