3 / 10
3
しおりを挟む◇◇◇
――入社したの頃の私は、新と一緒に過ごすのが楽しくて、まるで性別を超えた親友のようだったと思う。
新と初めて話したのは、この会社の面接へ向かう途中だった。
「すみません、ちょっと道を尋ねたいんですが……?」
バス停を降りたばかりの私に、困ったように尋ねてきたのが新だった。
地方から出てきたばかりらしく、まだ垢ぬけていない。けれど、誠実そうな眼差しと整った顔立ちは、その頃から十分に印象的で、ドキドキした。
長身でクールかつ落ち着いた雰囲気の私は、いつも年上にみられることが多い。彼も私のことを自分より年上の社会人か何かだと思ったのだろう。
新の目的地を聞き、同じ会場へ向かうことを伝えると、とても驚いていた。
『すごく綺麗で見惚れたから、この人に聞いてみようと思ったんだ――』
照れくさそうにそう言われて、驚いたけれど嬉しかった。新は昔から、さりげなく人を喜ばせるのが上手い。
それから二人とも無事採用され、配属先まで同じという縁に恵まれた。PR戦略部で、お互いに負けまいと励まし合いながら働いた日々は、ものすごく楽しかったし心地よかった。
会社帰りにサシ飲みして愚痴をこぼしたり、夜に電話して相談したり。さっきも言ったが、男女を越えた“親友”みたいな関係だった。
あの日までは――――
入社して仕事や人間関係も順調に回りはじめた三年が過ぎたころだった。
私はその頃、営業部の先輩に告白され、生まれて初めて“彼氏”というものができた。
『神山さんが入社したときから可愛いって思っていて……』
子どもの頃から、クールな雰囲気と背が高いせいで、「でかい」「色気ない」「女っぽくない」と言われ続けてきた私にとって、“可愛い”なんて初めてかけられた言葉だった。
今思うと、先輩のことが好きだったかは分からないけれど、 浮かれていた自覚はある。嬉しくなってすぐに新に報告した。
新は少し驚いた表情をしたあと、「……へえ、よかったな」と笑ってくれて、それもまた嬉しくて――今思えば、調子に乗っていたのかもしれない。
そんな交際をOKしてから、まだ一週間ほどのある日、休憩室の前で聞いてしまった。
「神山さんと今度デートするから、可愛らしい格好してきて欲しいって言ったんだ」
先輩の声だ。 社内の親しい友人に、私とのことを報告していたのだろう。
浮き立つようなその声に、なんだか恥ずかしくなって思わず足を止めてしまう。
このとき、週末には初デートを控えていた。
服装のリクエストがあったのは昨夜で、「いつもパンツスーツだから、違った休日の可愛らしい姿も見てみたい」と言われ、戸惑いつつもメールで承諾したことを覚えている。
こんなところで……と思いつつも、楽しそうに話す声を聞いて悪い気はしなかった。
でも、やっぱり恥ずかしいから踵を返そうとした瞬間、親しい先輩たちのひやかす声が耳に飛び込んでくる。
「お前、下心丸出しだな」
「でも、いつもパンツスタイルだから、それ以外を見てみたい気持ちはわかる」
「だろう? 神山さん、可愛いだろうな~」
恥ずかしい話だが、悪意のない雑談。男の人たちにとっては、普通のことだろう。
「なあ、伊師川もそう思うだろ?」
先輩が、そう話を振った瞬間、心臓が跳ねた。
そこに、新もいたらしい。
同期としては仲が良いが、彼とは切磋琢磨し合える“同志”のような関係だと思っていた。
だから、彼はこんな話を振られたら困るだろう、となんだかむず痒い気持ちになり、その場を離れようとした――。
「俺は、あいつに先輩とのデートで、可愛い格好とかして欲しくないですね~。考えたくないです」
だけど、聞こえて来たのは、一見、茶化すような口ぶりだったが、聞いたことのないくらい意思のこもった言葉だった。
まるで可愛らしい格好をした私が“気持ち悪い”とでも言いたげな――吐き捨てるような言い方。
新は誰にでも優しくて柔らかい人だ。その新が、そんな言い方をするなんて。
別に新のことが好きだったわけじゃない。
女性として見られていないことも知っていたし、そもそも、自分に可愛らしさがないことは分かっている。女性らしい華やかな格好が似合わないのは自分が一番よく知っているのだ。
それでも――そんなふうに言われて、とても傷ついた。
胸の奥にあるコンプレックスのようなものを、無造作に踏まれたような感覚。
――いくら不快でも、もっと言い方ってある……。まあいい。新がどう思おうと、先輩は私を可愛いと言ってくれた。デートだって、気にせず可愛い格好で行ってみよう。
陰りそうな気持を押し込み、私はどうにか前向きに考えようとした。
けれど――――現実は思いのほか、厳しかった。
33
あなたにおすすめの小説
待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。
待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。
もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる