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間章
先代の行方
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――時は遡り、蛍が店を継いで間もない頃。
先代が行方不明となってはや半年が経った。
初めて警察が来た時は葉桜が咲き、緑が生い茂っていたが、今はもうすべての色が抜け落ちている。
「どこで死んでんだか……」
後にも先にもないだろうと自分でも思うほど取り乱し、店を臨時休業してまで個人で情報収集もした。
でも、打つ手なし。
こちら側では、本職の警察ですら進展なしでアパートの部屋すら空っぽだったし、自殺だろうって結論づけてもう動いてくれる気配はない。
向こう側では、顔が広いクラウス――異世界側の商人で友人――に頼んだけど、同時期にクラウスの父親も失踪。ルミィ――異世界側の芸術家で友人――も同様に親代わりのお師匠様が失踪。
必ず何かあるだろうと三人とも必死に探したが足取りが掴めずに終わった。
「はあ……」
ガチャン!
勢いよく力任せに裏口の戸が開けられる。
「ホタル!」
「クラウス!?」
「ハァ、父さん、たち、ハァ、居たよ」
走ってきたらしく息が荒い。
「どこに!? 〝たち〟ってことは、先代も!?」
要約すると――
宝石の花の研究が始まれば死ぬまで自由な時間が無くなりそうだから、各々次の代に自分たちの仕事を任せて一年間は旅行を楽しんでいた。
本当は時が来たら話す予定だったが、急遽、調べにいかなければならない案件が出てきたせいで、誰にも何も言わずに、興味惹かれるまま長旅に出た。
そうしたら、思いのほか自分らのことが大きい事件になっていると知り、一旦引き上げて戻ってきた。
――ということらしい。
「はあ? じゃあ、勝手気ままにやりたい事やってたってこと?」
「うーん、まあ、そういうことになるんじゃない?」
呼吸を整えたクラウスは先ほどかいた汗とは別の意味の汗を流し始めた。
「あんの、クソジジイ! 今どこにいるって? その辺? 花瓶でぶん殴ってやる! こちとらどんだけ心配したと思ってんだ!」
「まあまあ、無事だったことだし、穏便に……」「済ませられるか!」
今までの自分が心配した分で十発は殴っていいはず、先代や私のことを心配してくれた常連のお客や顧客の分でさらに五発、警察の労力、アパートの大家さんへ迷惑料……。
「ホタルが何を考えているか大体想像がつくけど、穏便にな。殴りたい気持ちは、理解するけど、それ以上はやめておけよ?」
「っていうか、なんで当人じゃなくて、クラウスが報告に来てんの? 普通、本人が自分で謝罪しに来るものでしょ」
「あー、そのうち来るんじゃない? ただ、そうなってたら本当に何しでかすかわからなかったから、俺が先に事情説明に来たんだよ」
再び裏口が開く。
今度は静かに、ゆっくりと。
「おお、蛍、久しぶり。店、どんなもんだ?」
「ミスタータカユキ、今は、やばいです」
「おお、クラウスか。走ってどっか行ったと思ったら蛍のとこだったか。んじゃ、説明は要らねぇな」
「クーソージージーイー!」
あっけらかんとしているクソジジイに迫り、心の抑制を一切外して全力で平手を振りぬいてあげる。
パチン!
「っぬあ!? いてぇな、何するホタル。反抗期にしちゃあ、お前もう歳だろ」
「だーれーがー、歳だって!?」
もう一発、次は拳を握りしめて振りぬいてやる。
花屋は意外と力仕事もするから、筋力ならちょっと自信あるんだから。
「すとーっぷ」
クラウスが間に入って、手を止められた。
「ミスタータカユキも、えっとなんて言うんでしたっけ? ひに、あぶらをそそぐ? みたいなことしないでください」
「まさか、こっちでも他の二人みたいに俺、行方不明扱いか?」
クラウスも私も呆気にとられた。
「自覚なかったの?」
仕方がないので、行方不明が判明した後の事情を教える。
「おかしいな。口座に一年分の家賃は余分に入れといたんだがなあ」
「旅行の時の買い物でその口座から引き落としたとか、どうせそんなことでしょ」
「ああ、かもしれん。いやー、そんな大事になってるなら、いっそもう向こうに移住しちまおうか。その方が研究もしやすいしな」
「勝手にして、勝手にくたばってろ」
「おいおい、実の親じゃなくても、実質育て親みたいなもんだろ。流石に傷つくぞ」
「ミスタータカユキが悪いと思います」
「俺が? 引退時だから余生楽しもうって話持ち掛けてきたのはクラウスの親父だぞ? 俺はそれに乗っただけだ。悪いとしたらクラウスのとこだろ」
「責任転嫁してんじゃないよ、ジジイ」「父さんには僕からきつく言っておきます」
「あ? なんて?」
被せてきたクラウスを睨むが、呆れて声を出すのも億劫になる。
「せめて、ジジイはやめてくれ。先代呼びのままにしてくれよ」
聞こえてんじゃん。
こんなに先代と話していてイライラしたっけな?
今の私の心情のせいか? 私が悪いのか?
すっごく、こっちの気持ちを逆撫でされまくってる気がする。
「ってことで、ホタル。またしばらく向こうで研究するから、店はよろしく頼むな。あとこれ、宝石の花の種だ。研究用とは別に取っておいた。必要なやつが居たら育てさせてやれ。
あんまり長居して顔見られるのも都合が悪いしな、偶に寂しがってないか顔見せに来てやるから、ちゃんと仕事してろよ」
先代もといクソジジイは足早に裏口から出ていった。
「絶対、父さんの影響受けてる」
クラウスは頭を抱えている。
「生きてたのは嬉しいけど、なんなのこの気持ち悪さは」
まだ昼だけど、もう今日、臨時で閉店しようかな。気持ちが追い付かないわ。
――この出来事以来、先代に対する当たりが強くなる花屋Morning Gloryの当代店主、若林蛍だった。
先代が行方不明となってはや半年が経った。
初めて警察が来た時は葉桜が咲き、緑が生い茂っていたが、今はもうすべての色が抜け落ちている。
「どこで死んでんだか……」
後にも先にもないだろうと自分でも思うほど取り乱し、店を臨時休業してまで個人で情報収集もした。
でも、打つ手なし。
こちら側では、本職の警察ですら進展なしでアパートの部屋すら空っぽだったし、自殺だろうって結論づけてもう動いてくれる気配はない。
向こう側では、顔が広いクラウス――異世界側の商人で友人――に頼んだけど、同時期にクラウスの父親も失踪。ルミィ――異世界側の芸術家で友人――も同様に親代わりのお師匠様が失踪。
必ず何かあるだろうと三人とも必死に探したが足取りが掴めずに終わった。
「はあ……」
ガチャン!
勢いよく力任せに裏口の戸が開けられる。
「ホタル!」
「クラウス!?」
「ハァ、父さん、たち、ハァ、居たよ」
走ってきたらしく息が荒い。
「どこに!? 〝たち〟ってことは、先代も!?」
要約すると――
宝石の花の研究が始まれば死ぬまで自由な時間が無くなりそうだから、各々次の代に自分たちの仕事を任せて一年間は旅行を楽しんでいた。
本当は時が来たら話す予定だったが、急遽、調べにいかなければならない案件が出てきたせいで、誰にも何も言わずに、興味惹かれるまま長旅に出た。
そうしたら、思いのほか自分らのことが大きい事件になっていると知り、一旦引き上げて戻ってきた。
――ということらしい。
「はあ? じゃあ、勝手気ままにやりたい事やってたってこと?」
「うーん、まあ、そういうことになるんじゃない?」
呼吸を整えたクラウスは先ほどかいた汗とは別の意味の汗を流し始めた。
「あんの、クソジジイ! 今どこにいるって? その辺? 花瓶でぶん殴ってやる! こちとらどんだけ心配したと思ってんだ!」
「まあまあ、無事だったことだし、穏便に……」「済ませられるか!」
今までの自分が心配した分で十発は殴っていいはず、先代や私のことを心配してくれた常連のお客や顧客の分でさらに五発、警察の労力、アパートの大家さんへ迷惑料……。
「ホタルが何を考えているか大体想像がつくけど、穏便にな。殴りたい気持ちは、理解するけど、それ以上はやめておけよ?」
「っていうか、なんで当人じゃなくて、クラウスが報告に来てんの? 普通、本人が自分で謝罪しに来るものでしょ」
「あー、そのうち来るんじゃない? ただ、そうなってたら本当に何しでかすかわからなかったから、俺が先に事情説明に来たんだよ」
再び裏口が開く。
今度は静かに、ゆっくりと。
「おお、蛍、久しぶり。店、どんなもんだ?」
「ミスタータカユキ、今は、やばいです」
「おお、クラウスか。走ってどっか行ったと思ったら蛍のとこだったか。んじゃ、説明は要らねぇな」
「クーソージージーイー!」
あっけらかんとしているクソジジイに迫り、心の抑制を一切外して全力で平手を振りぬいてあげる。
パチン!
「っぬあ!? いてぇな、何するホタル。反抗期にしちゃあ、お前もう歳だろ」
「だーれーがー、歳だって!?」
もう一発、次は拳を握りしめて振りぬいてやる。
花屋は意外と力仕事もするから、筋力ならちょっと自信あるんだから。
「すとーっぷ」
クラウスが間に入って、手を止められた。
「ミスタータカユキも、えっとなんて言うんでしたっけ? ひに、あぶらをそそぐ? みたいなことしないでください」
「まさか、こっちでも他の二人みたいに俺、行方不明扱いか?」
クラウスも私も呆気にとられた。
「自覚なかったの?」
仕方がないので、行方不明が判明した後の事情を教える。
「おかしいな。口座に一年分の家賃は余分に入れといたんだがなあ」
「旅行の時の買い物でその口座から引き落としたとか、どうせそんなことでしょ」
「ああ、かもしれん。いやー、そんな大事になってるなら、いっそもう向こうに移住しちまおうか。その方が研究もしやすいしな」
「勝手にして、勝手にくたばってろ」
「おいおい、実の親じゃなくても、実質育て親みたいなもんだろ。流石に傷つくぞ」
「ミスタータカユキが悪いと思います」
「俺が? 引退時だから余生楽しもうって話持ち掛けてきたのはクラウスの親父だぞ? 俺はそれに乗っただけだ。悪いとしたらクラウスのとこだろ」
「責任転嫁してんじゃないよ、ジジイ」「父さんには僕からきつく言っておきます」
「あ? なんて?」
被せてきたクラウスを睨むが、呆れて声を出すのも億劫になる。
「せめて、ジジイはやめてくれ。先代呼びのままにしてくれよ」
聞こえてんじゃん。
こんなに先代と話していてイライラしたっけな?
今の私の心情のせいか? 私が悪いのか?
すっごく、こっちの気持ちを逆撫でされまくってる気がする。
「ってことで、ホタル。またしばらく向こうで研究するから、店はよろしく頼むな。あとこれ、宝石の花の種だ。研究用とは別に取っておいた。必要なやつが居たら育てさせてやれ。
あんまり長居して顔見られるのも都合が悪いしな、偶に寂しがってないか顔見せに来てやるから、ちゃんと仕事してろよ」
先代もといクソジジイは足早に裏口から出ていった。
「絶対、父さんの影響受けてる」
クラウスは頭を抱えている。
「生きてたのは嬉しいけど、なんなのこの気持ち悪さは」
まだ昼だけど、もう今日、臨時で閉店しようかな。気持ちが追い付かないわ。
――この出来事以来、先代に対する当たりが強くなる花屋Morning Gloryの当代店主、若林蛍だった。
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