前世は聖女だったらしいのですが、全く覚えていません

夏目

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二回目 首折り

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 夕焼け空のなか、馬車に乗り込む。
 ドロシーは王都に向かうのが初めてだった。町から出たことがなかった。
 ぐるりと街を囲む城壁を越える。

 城壁の小窓には小さな旗がいくつも突き出ていた。先生があの旗にはこの西の街の領主の家紋が描かれていると教えてくれた。
 オズの先生にはいくつも名前があって、そのひとつにオリバーという愛称があった。

 ドロシーは先生のことをよく知らないけれど、ケンタウロスと人間の混血児で、かなり長い間この町で錬金術師の卵達の先生役をしていたことは知っていた。

「オリバー、王都に行くのかい?」

「そうだよ、グルー。オズが錬金術師になるんだ」

「へえ、その子がこの間言ってた天才くんか。なるほど、賢そうだ。――街道沿いに魔獣が出たって話は聞かないが、用心しろよ。魔王が復活するって、魔法使いどもがざわめいてる」

「魔法使い? 見たのか?」

「そりゃあ、空を飛んでいるのをね。城壁の上で寝ると奴らの話し声が否応なしに聞こえてくるもんさ。奴ら、この頃特に空を好き勝手だ。街に降りてくることがないのが救いだがね。奴らがいうには、黄金郷が蘇るんだと」

 黄金郷?

「……そうか。ありがとう、気をつけるよ。君も見張り頑張って」

 検問所を通り過ぎると、やがて星が瞬く夜になった。

 荷馬車の列もまばらになっていく。
 天気がいいからか、野宿する御者も多かった。開けた草原に、てらてらと焚き火の炎が揺らめいている。
 ドロシー達もしばらくして馬車の通りがあるところで食事をすることになった。
 同じような考えの王都に向かう御者の男と一緒に焚き火を囲む。彼は硬いパンを持っていて、ちぎって分けてくれた。
 かわりにスープを差し出す。雑草のスープだから、少し苦い。
 男は眉間に皺を寄せてそれを飲み干した。

「へえ、錬金術師様にねえ……。小さいのに偉いんだなあ」

「……小さいのには余計」

「こいつは失敬。そうむくれんな、坊主。関心してるだけじゃねえかよ。おれァ、学がねえもんでさァ。憧れンのさ。昨日乗っけた薬師先生もえれぇ賢そうだった」

「薬師? 街にかい?」

「そうだよ、見てねぇか? 金色の綺麗な旅行鞄を持った先生で旅して歩いてンだと。王都に乗っけてこうかっつたら、王都は嫌いだからいいって言ってたよ」

「王都ってどんなところ、ですか?」

 しどろもどろになりながら尋ねる。ドロシーには学がない。けれど、先生も、オズも賢い。見劣りしないように、馬鹿にされないように……、ドロシーは済ました顔を作った。

「そりゃあ、綺麗なところさァ。どの建物もデカくって、特に王城なんて見事なもんよ。黄金に輝く城さ! 遠くから太陽の光で照らされるところを見た日にゃ天国はここなんじゃないかと思うぐらいだったねェ」

「黄金に輝くお城! すごい!」

 はしゃいだ瞬間、あ! と声をあげてしまう。賢い人はこんなにはしゃいだりしないのだ。
 真っ赤になりながら、隣のオズを見遣る。どうしてか優しい顔をしていて、ドロシーはムズムズとした気持ちになった。
 御者のおじさんは、大きな腹をかいてドロシーに笑いかける。

「楽しみにしときな! 忘れられねェ人生の宝になるさ!」




 ひんやりとした真夜中。
 焚き火を囲んで横たわっていたドロシーは、小さな呻き声に体を飛び上がらせる。オズが死ぬかもしれない夜だ。
 きちんと眠れないまま朝の光を待っていた。異端審問官が来ないことを祈りながら。

 ――いつの間にか、炎が消えていた。呻き声は御者のおじさんの方からした。
 ドロシーはオズに向かって手を伸ばす。心臓がどっどっと激しく音を鳴らしている。
 風の音もしない静かな夜だ。
 炎が消えるわけがない。人為的に誰かが消したのはまず間違いなかった。
 だが足音はなかった。人の気配もしなかった。
 周りは真っ暗闇で、何も見えない。
 呻き声以外の声がしなかった。

 ――手のひらがぬめりと濡れた。

 喉の奥が張り付いた。どこかで嗅いだことのある悪臭がしていた。

「オ、」

 名前を呼ぶことはできなかった。
 後ろから首を掴まれた。足の先が地面から離れる。ぐっと力の入った指に抗うように爪を立てる。
 だが全く力が緩む様子はない。

「が、……ア、ァ………」

 漏れる言葉に意味はなかった。
 ドロシーはそのままあっけなく首を折られて殺された。
 オズを助けることも出来ないまま。
 そして、また背中に痛みを覚えて目が覚めた。

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