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ことの真相(死因:斬首)
しおりを挟む西の街を出て、馬車は回り続ける。
日は傾き、周りは闇にのまれた。
草の葉先に触れた霧が、冷たく濡れた吐息のように絡みつき、あたりの輪郭を曖昧にしていた。御者は足止めだと馬車を停めた。
「弟さんのこと、嘘だろ」
馬に餌をやりながら、運んでくれた御者はそう切り出してきた。
戸惑ったように瞳を揺らすドロシーを見て、彼は確信を得たようだった。
「やっぱりな。……いいよ、責めたいわけじゃない」
「す、すいません」
「いいって。急いでるのは本当だろうしね」
「どうして分かったんですか」
「薬師がいるのに、西の街から出るのは変だろ。何か問題があったとしても街の薬師のところに行けばいい」
言われてみればその通りだ。
嘘すらまともにつけない頭の悪さが恥ずかしくて、俯いた。
「あの御者――、モンターって言うんだ。素直で、いい奴さ。でも、そういうやつばかりじゃない。お嬢ちゃん、次からは気をつけな。女の一人旅なんて恐ろしいもんさ。俺が悪い奴だったら、あんたは売られてる」
「……本当にすいません」
「帰りはデコスタの馬車に乗せてもらいな。モルテナントでは今、あの会社の会合が開かれているらしい。西の街を通る荷馬車もあるだろ」
「デコスタ……。製薬会社ですよね」
シャイロックが名誉顧問だと言っていた製薬会社の名前だったはずだ。
なるほど、シャイロックはその会合に参加するためにモルテナントに寄ったのか。
「人がいい奴らばっかりがいる会社さ。がめついがね。怪我人には優しい」
血の臭いを感じたのか、ドロシーの背中に視線が動いた。
服は薬師が貸してくれた服に着替えていたので、気づかれないと思っていたが、違うらしい。
「親切に教えてくださって、ありがとうございます」
「むず痒くなる。お礼はいいよ」
御者は朝にならないと霧は晴れないと言って、眠るようにドロシーに告げた。
荷物に紛れて目を瞑る。かすかな優しさを感じて胸が熱くなる。
ロズウェルを石で殴ったとき、ドロシーはこの世界のすべてが敵になったような感覚がした。
オズに否定され、牢屋に入れられ、苦痛と共に死んだ。
けれど今は、おかしな気分だ。胸が温かい。
「どうして孤児に優しくしてくれたんだろう……」
御者には聞こえないようにドロシーは小さく呟いた。
寒さで目を覚ます。ぶるりと体を震わせて辺りを見渡すが、まだ空の色さえ見えない。霧がまだあたりに広がっていた。
体が痛い。背中の傷もあるだろうが、それよりも同じ体勢をしすぎたせいだろう。
馬車を出て伸びをする。不気味な霧だ。
深呼吸をするとじっとりとした空気を肺のなかいっぱいに入り込んできた。
「あぁ……」
動物のうめき声のような音が聞こえた。
ん、あぁあと、やがて甘い声だと気が付く。
げんなりしてくる。こんなに霧が出ているのに、誰かが盛っているらしい。
元気なものだ。
聞こえないふりをして、ぶんぶんと体を動かす。
前にオズと共に西の街を出たときよりも、今回は、二日は早いはずだ。
鞭打ちをされた日に出てきている。前は、熱が出た日の次の日、夕方に街を出たはず。
明日、モルテナントにつくとして、シャイロックを説得して、西の街に帰れば、オズの出立までには間に合うはずだ。
……オズを助けるためには、まずジュダをとめなくてはならない。
それだけはだめだ。オズはナタリーシャの手紙のために死んだ。オズが自暴自棄になって死んでしまうかもしれないのだ。
ナタリーシャの病も治してもらわなくてならない。
重たい頭を抱える。ことここにきても、オズを助けるか、助けないか迷っている自分にあきれた。
オズの好きな人はドロシーではないのに。助けたところで、ドロシーに黄金の金貨も、パンをつくる家ももらえないのに。
また失敗したら、意味のない死を繰り返すつもりなのだろうか。オズが死んだって、ドロシーには関係ない。
ほかならぬオズが言ったんじゃないか。
ドロシーの未来に、オズの将来は関係ない。
世界がまた変わっている。オズも、ナタリーシャではなくドロシーのことが好きに戻っているかもしれない。確かめてくればよかった。
……確かめて、ナタリーシャが好きなオズだったらそのまま殺させていた?
残酷な自分が怖くて、思考をとめる。
ぐるぐる考えすぎて変になりそうだ。
「……?」
辺りはしんとしていた。さっきまで聞こえてきた喘ぎ声も聞こえない。
もう、終わったのだろうか。
それにしては妙だ。霧が出ているせいもあるのだろうが、馬が胴震いする音すら聞こえない。
嫌な予感がして馬車に戻ると、御者の男が倒れていた。
首が折れている。
はと吐息が漏れる。
オズと先生と西と街を出たのは二日前のはずだ。どうして、ここに。
あのときの首をへし折った何かがすぐ傍にいる。
ドロシーは声を殺した。
――なんで。
――なんで、ここにいるの。
ジュダが殺しにきたわけではないはずだ。
彼はまだ教会にいるはず。そもそも彼はシャイロックの魔力が原因でお針子達をーー。
あれ?
変だ。何かが、変だ。
違和感に眉を顰める。
ジュダは何故オズを殺した?
いや、考えるべきは今のことだ。ジュダじゃない。ならば、盗賊?
だが、この霧の日に、夜盗をするだろうか。荷馬車だって近づかなくては見えなかっただろうに?
ならば、魔獣か?
シャイロックは、魔獣が出て街道が封鎖されたといっていた。
その魔獣が襲っているのではないか。
息を殺して、這いつくばる。
ともかく、隠れなくてはならない。
荷馬車の下に潜り込む。やはり、あたりは霧が立ち込めている。人の気配も、音もしない。
馬も殺されているようだった。地面に目を開いた状態で倒れていた。
馬も襲われた? どうして。
逃げられないようにするために?
だとするならば、かなり利口だ。魔獣のやり方なのだろうか?
「クリストフ」
霧の中でりんと、鈴を鳴らすような声だった。
「ほかにわたくし達を見たものは?」
「わからない。いない?」
「ならば、よいのだけど」
口からこぼれそうになる悲鳴を手で慌ててふさいだ。
この声。アーニャと呼ばれた王女の声ではないか。
クリストフ。その名前は王女から聞いたことがある。今代の聖騎士の名前ではないか。
シャイロックに殺された、金髪碧眼の騎士だ。
もしかして、さっきの喘ぎ声はこの二人のものではないか。
――何故、聖騎士と王女が一緒にいる。
二人は、シャイロック曰く、【年増】エルフの決まりによって結ばれない立場だったはず。
エルフの監視の目から逃れて、駆け落ちするために西の街にむかっているのか?
だが、そうだとして、どうして荷馬車の御者を殺す必要があるのだろうか。ドロシーだって、御者だって、王女の顔さえろくに知らない。聖騎士の顔すら、シャイロックが殺したあのときしか見たことがなかった。
きらめく天上の方。顔などわかるはずもない。
――待て。確か、真実の秤で王女は人を殺したことがあると暴露されたはず。
あのとき、シャイロックとの話し合いはあやふやになってしまった。けれど、侍女も連れずに来るのはおかしいと言っていたはずだ。
ドロシーは自分の思考が飛躍していくのを感じた。
いや、あるはずがない。
二人が自分の殺した人間を、この街道に捨てようとしているのではないか。
いや、そうだとしたら、死体をここまで運んできたことになる。王都の方が死体を始末しやすいはず。
ならば、死体ができたのは、今ここでではないか。
では、今まさに王女が交わっていた相手こそ、死んだ者なのではないか。
殺された瞬間を見られたと恐れて周囲にいる人間を殺して回っているのではないか。
推測を明らかにする方法は一つだ。
声がしたということは、犯行現場は近いはず。
はたして。
本当に、死体があった。
男だ。しかもかなり年配の。六十は越えているのではないだろうか。
見たことはなかった。貴族だとは思う。格好は地味だが、仕立てがいい。
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これは誰なのだろう。
これが、王女が殺した相手なのか。
……では、王女が逢瀬を交わしていた男は聖騎士ではなかったのか。この男だった?
もっと、死体に近付こうとしたときだった。
ぽんと瓶から飛び出したコルクのように首がとれた。
ドロシーは驚く暇もなく、自分の首を刎ね飛ばした男の顔を見た。
――クリストフ。
間違いない。あの時に見た今代の聖騎士だった。
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