文明トカゲ

ペン牛

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八 懐旧の澱

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 佐治さんの目が初めて幽霊を見た猫のように大きく見開かれる。唸るように、佐治さんは言った。
「――アンタ、それ覚悟して言ってんのよね?」
「――はい」
 法山の口から加志間美咲という名前が出た時の佐治さんの反応は尋常ではなかった。きっと法山と佐治さんの因縁の中心に位置するのが、加志間美咲という人なのだ。なら僕は、その中心に一歩でも近づきたい。
 沈黙して見つめ合う時間はずいぶんと長く続いた。佐治さんの注文したきつねうどんとカツ丼、僕の注文した天ぷらうどんがテーブルに揃ってしまうほどに。佐治さんは無言できつねうどんを啜り始めた。僕も天ぷらうどんを一口啜った。うどんはやや細く、軽く噛むと歯を押し返すのに、噛み切ろうと力を入れると心地よくプツリ、と切れる実に魅力的な食感だった。
(すごいうどんだ。評判になるだけのことはある)
 うどんの次は当然天ぷらだ。まず舞茸の天ぷらを一口齧る。さくりと衣に歯が入り、続いて肉厚の舞茸の身がブツリ、と心地よく切れる。口の中に衣の油がたっぷりとまとわりつくが、舞茸の豊かな味と香りは決してそれに飲まれることなく、むしろ引き立て役として利用している感さえあった。
(……美味しい。天ぷらうどんの天ぷらがこんなに美味しいなんて)
 いくらうどんの評判がよくてもそれは飽くまで旅館としてだろう、などと侮っていた自分を心から恥じる。このうどんは僕が生涯で食べる全てのうどんの頂点に立てるだけの力があると、そう確信させる味だった。
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