文明トカゲ

ペン牛

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二 縛鎖の男

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 北口でブッフェンバウムという名前の店を探したところ、すぐに見つかった。いわゆるお洒落なカフェで、中に入るとお客のほとんどは女性だった。その結果、佐治さんは店の中で非常に浮いていた。
 佐治さんの座っている席まで行き、挨拶をする。
「こんにちは。頼みってなんですか」
「……とりあえず座りなさい。話はそれからよ」
 言われるままに僕は椅子に座った。佐治さんの目の前にはココアの入ったカップが置いてある。
 僕は佐治さんに切り出す。
「――最近、変なんです。自分の中に、自分のものじゃない感情がどんどん生まれているみたいで」
「……あ、そういうこと。アンタ自分のものじゃないって言うけど、多分それ元々はアンタのものだからね。ただ今までつまみ食いされてただけで」
「……つまみ食いされてた? 感情が? 一体どういうことなんでしょうか」
 僕の質問に、佐治さんはめんどくさそうな顔で答えた。
「どういうことも何も、そのまんまよ。アタシがこの前ぶっ倒したあの変な女。あいつにつまみ食いされてたものが今返ってきてるだけよ」
「返ってきてる……?」
 そもそも、喪服の女が僕の感情をつまみ食いする、というのがよくわからなかった。恐らくトカゲはそのくらいなんでもありな存在なのだとは思うが、しかし、感情など食べて一体なんになるのだろうか。
「なるべく全部取っておこうと思ったけど我慢できなくて、ってところでしょ。まるで子供よね」
 つまみ食い。本当は僕を丸ごと食べたかったが、まだその時期ではないから仕方なく感情だけを食べた、ということなのか。だが、それなら、
「――佐治さん、それじゃあ、僕が、自分のことを男とも女とも思えないのは」
「……あぁ、そっか。そうね。うん、多分アンタの考えてる通りよ。アンタは、性自認まであの変な女に食われた可能性がある」
 がくん、と全身から力が抜けた。衝撃だった。性自認とは自分の性はこうである、という自己認識のことだ。それが存在しない原因が生まれつきではなく、トカゲである可能性があるとは。
「それじゃあ、これから僕は、女か、あるいは男になる可能性もあるってことですか」
「そういうことになるわね。自分のものじゃない感情ってアンタ言ってたけど、どんな感情なの?」
「……ぬいぐるみが、可愛くて仕方なくなって、思わず買ってしまいました」
 僕がそう言うと佐治さんはどこか呆れたような顔をした。佐治さんはココアを一口飲んで、言った。
「またずいぶんと平和な話だけど、まぁ、多分今後もっと大きな変化が出てくるわ。女の子らしい恰好をしたいとか、化粧をしたいとか、男と恋をしたいとか」
 佐治さんの言葉に、現実を突きつけられた気がした。僕の性別が確定する、ということ。それは即ち、男でも女でもない今の僕は死ぬ、ということだ。それが、たまらなく恐ろしかった。
「……僕は、一体どうしたらいいんでしょうか」
「さぁ。好きなように生きればいいでしょ」
「好きなようにって、何を好きになるかもわからないのに――!」
「ぬいぐるみ。好きになったんでしょ? だったらぬいぐるみが好きな人間として生きればいいじゃない。何も難しいことないでしょ」
 佐治さんの言っていることは、正しい。僕がどれだけ変わったところで、その変化を受け入れて生きればいいだけの話だ。それに、自分の性別が定まれば、今までのように面倒なことは少なくなる。
(……受け入れなくちゃ、いけないんだ)
 まるで夢が現実になったような、巨大な変化。僕はきっと一日、また一日と変化していく。最終的には今の僕と全く違うものになるだろう。そのことを手放しで喜ぶ気にはなれなかったが、同時に心の中に淡い期待のようなものが湧く。ずっと自分自身がなんなのかわからなかった僕は、今度こそ、自分の正体をつかみ取ることができるのだと。
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