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水市 宇和香

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 春休み初日の土曜日、僕は皐月と隣駅で待ち合わせをしていた。
「ハヨ」
「おはよ! 着くの遅くなってごめん!」
 寝坊したせいで十分遅刻してしまった。改札を走り抜け、皐月の前で息を荒げていると、皐月が爆笑し始めた。
「おまえ、まじでその格好で電車乗って来たのかよ」
 え、何、と自分の格好を見下ろして、僕は一気に顔が赤くなる。急いでいたから、近くにあったTシャツを慌てて着てきたんだけど、まさか体育着だったなんて。上にパーカーを着ているからまだマシだけど……焦ってジッパーを上げた。
 一方、皐月はオシャレだった。白いTシャツとカーキー色のブルゾン、裾が短めの黒いスキニーパンツ。凝ってるわけじゃないけれど、顔の良さと相まってモデルみたいだ。
 学校で見るブレザー姿に慣れてしまっているからすごく新鮮で、つい凝視してしまう。
「何、俺に見惚れてんのか」
「うん」
 素直に頷いたら、皐月がしたり顔で流し目をくれた。
「脱いだらもっと惚れ惚れすると思うけどな。見てみるか?」
「見ないよ」
 ふざけているのはわかっているけど、どう返していいかわからなくて苦笑する。
「なんでだよ。おまえだったらいくらでも見せてやるぜ? おまえのハダカも見せてもらうけど」
「いいよ、見せなくて。皐月の腹筋が割れてるのは知ってるから」
 たいして運動なんてしてないくせに、皐月はうっすらお腹が割れている。着替えのときとかに見える機会があって、僕はとっても驚いたんだ。ちなみに優士もシュッと引き締まってていい体をしてる。
「恥ずかしがんなよ」
「だいたいお互いの裸見せ合うってどんな状況なの」
「ベッドの上に決まってんだろ」
「えー、何それ……」
 二人で話しながら歩いていたら、楽器屋さんにはあっという間に着いた。
 店に着くなり、奥のエフェクターコーナーで何個か手に取る皐月。僕はいつも使っているのと同じ型番のドラムスティックを棚から抜いて、皐月のところに向かった。
 今日の一番の目的は、皐月の新しいエフェクターを買うこと。僕の替えのスティックはついでだ。
 店員さんがやって来て、皐月に話しかける。
「五代くん、今日はどんなの探してるの?」
「んー、なんつーか、音が反響する系? がいいんだけど、ゴリゴリに歪ませるのはちげーんだよなぁ。キレーめな音作りたいんだ」
「キレーな音かぁ、例えば誰の曲コピってるの?」
「あれ? 鈴本さんに言ってなかったっけ? 俺たち今オリジナルやってんだよ」
 そして、皐月が僕の肩を抱き寄せる。
「コイツが作曲家。だからコイツのお眼鏡にかなうよーなやつ探してんの」
「へえ、キミが作曲! どんな曲作ってるのか気になるなあ」
 鈴本さんの楽しそうな瞳が、うっ、まぶしい。つい後ずさっていると、皐月にさらに羽交い締めにされた。
「何逃げ腰なってんだよ。堂々としてろ」
「でも……」
 僕の「でも」を皐月は聞いてくれてなかった。
「ちょっと試し弾きしたいんだけど」
「いいよいいよ、それじゃあそこのアンプ繋いじゃって」
 ここの楽器屋さんはうちの軽音楽部御用達だから、皐月も店員さんも勝手知ったるって感じだ。皐月は担いでいたケースから自分のギターを取り出すと、試し弾き用のアンプにギターと持っていたエフェクターを繋いだ。
 そして、僕らの曲を何曲か弾いてみせてくれた。
 平和を考えて作った曲とか、雨の日を思い出しながら書いた曲。どちらも優しくて、ぽわーって広がってくようなイメージなんだけど……。
 一節が終わって、音の余韻が広がる。うん、きれい。うなずいていたら、また同じところを弾いた皐月。音の余韻が広がって、あれ、今度はなんだかこもりがち? ううん、これもいい。その次は、なんか低めのハモリみたいな音がしてる。
「なぁ、センセイはどれがいいと思う?」
「えっ?」
「おまえのイメージに合うのはどれかって聞いてんの」
「ええ……」
 僕は決して耳がいいわけじゃないから、どれかと言われても……即断できない。そもそも僕は付き添いのつもりだったから……。でも確かに僕が曲を作ってるんだから、僕も意見出さなくちゃだよね。
「ううんと、もう一回、最初のやつ聞かせてほしいな。弾くのは『Peace』のフンフーってとこ」
「わかった」
 それから納得いくまでいろいろ聞かせてもらって、気づいたら一時間以上経ってた。

「ねえ、二個も買っちゃって良かったの?」
「完全予算オーバーだけど、妥協できなかったんだからしょーがねえだろ」
 結局皐月は、トレモロとディレイを買った。バイト代が飛んだーなんて言ってたけど嬉しそうだったから僕も嬉しい。
「腹減ったしマック寄んねえ?」
「うん、行く」
 おやつの時間だからか結構人がいて、僕らは二人用の席になんとか座った。ギターやアンプがあるから狭いんだけどしょうがない。僕はポテトとコーラ、皐月はバーガーのセットだ。
「間食なのにすごい食べるね」
「いや……庄司さんに比べたら全然。あの人、めっちゃカラダいいくせに、めちゃくちゃジャンクなもん好きで、マックなんか来たらバーガー三つとポテトも食うからな」
「ええ、そうなの?」
 庄司さんは僕の憧れの人。意外な一面を知って驚いたけれど、知らないことが知れて嬉しい。僕は庄司さんのファンなんだ。だからつい、「他には何かないの?」という顔でもしてたみたいで、皐月は「あの人の話はもうねーよ」と言って鼻を鳴らした。
「それより、明日からめっちゃスパルタにするからな。ちゃんと練習しろよ」
「が、頑張る! 皐月がせっかく買ったエフェクター、ちゃんと活かせるようにする!」
 握りこぶしを作って応じたら、皐月は小さく笑った。
 とにかく演奏するのが楽しかったあの頃の話。
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