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第四章
二話 ハナミ・トチマンドウという男(3)
しおりを挟む王宮の一角にある騎士団の練兵場では、団ごとに業務の合間を縫って鍛錬が行われている。しかし、騎士団としての仕事を持たないハナミは、第一団以外の鍛錬にも毎日のように参加していた。
「はっ、転移者殿はお優しくていらっしゃる! もっと激しく打ちこんでいただいて構いませんよ!」
そう言いながら、対峙するハナミを執拗に攻めるのは、近衛騎士第二団所属のアルマンだ。
近衛騎士団は、王族の警護からちょっとした秘書のようなことまでなんでもこなす、超エリート集団である。所属している人員の大半は、良家の子息で構成されているが、彼らは幼いころから師につき、剣の技や身のこなしを鍛えられてきたため、非常に矜持が高かった。つまり、突然ハナミがエリート集団の中でも選りすぐりの第一団に配属されたことを良く思わない人間が多かった。
「第一団の腕を見せてくださいよ! さあ!」
剣道で鍛えたとはいえ、国を護る本職の騎士団員たちと比べたらハナミなどど素人である。甲冑を身につけていても、鍛錬用の木剣で打たれまくっているせいで毎日あざだらけだった。
「ふんっ、王族の飼い犬が」
ハナミを負かしたアルマンは、そう言ってきびすを返す。ハナミも重たい身体を引きずって、練兵場を囲む木々の間に腰を下ろした。すると、十代前半の小柄な少年が慌てたようにハナミに駆け寄ってくる。
「大事な転移者殿になんてことを……! すぐに冷やしましょう!」
「ルル、大丈夫だよ。ありがとう」
「あああ、もったいないお言葉です!」
ルルというその少年は、王都の西にあるユリハン伯領の小さな漁村で生まれ育った。数年前に単身王都までやってきて、今は騎士見習いをしているということである。
「僕の住んでいた地域は老人が多くて、みんな自分たちが食べる魚を獲って、自分たちが食べるだけの野菜を育てて……細々暮らしていたんですが、あるとき、高波に船と畑を壊されてしまったんです」
ユリハン伯領の奥の奥にひっそりと存在する辺鄙な村など、きっと神にも忘れ去られているだろうと諦めの境地だったという。それでもどうにかもとの暮らしを送りたいと神に祈っていると、王の遣いだという役人がやってきて、船も畑もあっというまに元通りにしていった。
「だから僕は、神様に恩返しするため、王宮に仕えることにしたんです!」
過去を口にしたとき、ルルはそう言って目をきらきらと輝かせていた。その言葉どおり、彼の王族信仰は篤く、転移者であるハナミに対しても恭しい。
「きれいなお顔に血が滲んでいます……うう、アルマンさん、ひどいです……」
ルルを始め、平民出身の人間は転移者を崇める傾向にあるようだ。逆に、アルマンのような貴族出身――特に高位貴族になるほど、転移者であるハナミに対する当たりがきつい。自分たちの地位が脅かされるかもしれないからだろう。
(まあ、俺には関係ないけど)
団舎に置いていた木剣を折られたり、すれ違いざま舌打ちや暴言にとどまらず、水をかけられたこともあった。それらはすべて、フィリップに報告済みだ。あの男、ハナミの部屋にしょっちゅう訪れるのでそうとう暇しているのかと思っていたら、近衛騎士第一団の団長だったのである。
フィリップは、国王の兄の一人息子だという。彼の父は即位する前に病気で亡くなったため、彼自身が王位に就く目はなくなったが、豪快で気さくな人柄のおかげで、人々からの支持が高いらしい。
彼の鶴の一声であからさまな嫌がらせはなくなった。彼らと仲良しこよしを演じるつもりはないので、それでじゅうぶんだった。かえって敵がわかりやすくていい。
「医務室に行ってくる」
「今日はあの変態医師がいる日ですよ!」
「大丈夫だよ」
「ひっ……お、お気をつけて……」
顔を引きつらせたルルと別れたあと、ハナミは甲冑姿のまま歩き回った。王宮警護の巡回中に見せかけて、どこの警備が薄くて、どこの垣根が綻んでいるか、そんなことに注目しながら、庭を調べる。甲冑で頭まで隠れているため、うろうろしている人物が転移者だとはばれていない。
医務室とはまるで反対の中庭にさしかかったとき、東屋に金髪の二人がたたずんでいるのが目に入った。侍女や騎士は誰もいない。
(あれは……フィリップ殿下か?)
もう一人の金髪の女性は見たことがなかった。髪を編み上げているため、すっと通った鼻筋や小ぶりの唇がよく見える。ハナミよりは年上のようだった。王族は皆見目麗しいと聞くが、彼女もまた、可憐で美しい。
二人は抱き合ったのち、唇を重ねた。
(これは……浮気か?)
フィリップにはカズエという転移者の妻がいたはずである。王族ともなれば、第二夫人、第三夫人といった相手がいてもおかしくないのかもしれないが、彼を脅す材料になればと思い、ハナミは陰から二人の様子を観察することにした。二人は親密な様子でしばらく過ごしたあと、その場で別れた。
フィリップのあとをそっとついていく。
入り組んだ廊下を何度も曲がって、王宮の端のとある部屋の前でフィリップは立ち止まった。二人の騎士が扉を守るように立っている。フィリップの姿を見ると居住まいを正し、扉を開けた。
「……っ」
思わずハナミは甲冑の中で息を呑んだ。
四十代後半くらいの、ふくよかな黒髪の女性の姿が見えたからだ。
(あれがカズエだ)
すそが長いチュニックスカートと、腰まで伸びた髪に無数に飾られた青石はこの国ならではの装いだが、顔立ちはいたって普通の日本人中年女性のものだった。スーパーのレジにいそうという印象を抱くくらい、ありふれた見た目。
そんなごく普通の女性が、まるで能面のごとく、なんの感情も浮かべずに立っていたことがあまりにも異質で、ハナミは恐怖すら覚えたのだった。
すぐに扉が閉まったため、それ以上何もわからなかったけれど、カズエの存在がひどく気にかかった。
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