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目の見えない少女と従者
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「さっきね。お母様お気に入りのクッキーを買いに行ったのよ。最近話題になって来たらしいお店なのですって。お母様たちは皆で外へ出てしまっているのだけど」
「ああ、私たちもそこへ行く予定だったのよ」
「なら、丁度良かった。買ってきた帰りだから。とってもおいしいのよ。楽しみにしていて」
エレインは軽やかに歩いていく。こうして歩いて話しているのを見ると、全く目が見えない少女とは思えなかった。ただ、多少のふらつきはあるようで、しっかりとキルシュナーの腕をしっかりとつかんでいるけれど。それをエレインの歩く速度ペースに合わせ少し彼女より早く歩いて、エスコートしているのは、彼が、今までずっと彼女の隣を歩き続けてきたからだろう。ジェシカには彼以外がエレインの横を歩いていることをあまり想像できなかったが、エレインには婚約者が存在していることを思い出した。同じ伯爵段位を持つ婚約者だった。ブロンドの美丈夫。ただ、ジェシカは好きには慣れない類の人間の香りがしていたけれど。
「本当に久しぶりね、エレインとは」
「そうね。学園には籍を置いているだけだしね。少し前の夜会以来かしら」
エレインはジェシカの特性を理解したうえで、離れていかなかった人間の一人だった。少ない友人を語ってもいいだろう。ある意味で私たちは、普通の人とは違う何かがあるという、共通点を持つ仲間なのだ。ただ彼女と会う機会はあまり存在しないのだけど。
市場からそう遠くない土地にマーレン伯爵家は存在していた。
マーレン伯爵家の財力を示すように、豪華なつくりをした、その屋敷はあまり、人を寄せ付けさせないような何かを持っていた。
「いらっしゃいませ、お二人とも。突然決まったことだからあまり十分なおもてなしは、出来ないかもしれないけれど」
「まあ、気にしないで」
ジェシカはそう言いながらも、マーレン伯爵家は十分なおもてなしをするのだろうな、と思っていた。ホールを通ってこの家の自慢の庭園へ案内をされているところで初老の紳士が、汗を拭き顔を真っ青にして駆けてきて、エレインの耳元で何事かをささやいた。マーレン伯爵家主催のホームパーティーをしたとき、使用人を束ねていた男性であるから、きっと執事長か何かだろうが、その人間が焦るような何かが起きたとは。あまり驚かないようなことだけど。
「あら、本当に?」
「誓って、嘘偽りは御座いません」
「まだ、市警にはいっていないわよね?」
「ええ、判断を煽ってから、と思いまして」
「なら丁度良かったわ」
くすくすとエレインは微笑んだ。
「ジェシカ様、今しがた私の婚約者がこの家で何者かに殺害されました。あなたの腕前を目にする。いい機会ですわね」
そう言ったのはまるで今婚約者が殺害されたと告げられた人間とは思えない口調だった。エレインは蝶々を見つけた子供の様に、美味しいクッキーがあると微笑んだ時とそう変わらない笑顔を向けていた。それは、一重に目が見えないというハンディを背負ったものとしての精神力云々の話だけではなく。彼女そのものの特性なのだろう。彼女の世界にとって、婚約者の死程度は何ともないことで彼女の世界は壊すことができないのだろうとジェシカは思う。
この人と昔から知り合いのジェシカには何故こんなにも動揺しないのか、なんて野暮なことは思えなかったし、エレインが焦っている姿なんて想像できないなと感じた。
「両親は今少し遠い領に滞在しているし、市警もいない。あなたの独壇場ね」
「この家を好きに捜索しても?」
「もちろん、人も家も好きにしていいわ。私は庭園にいるから何かあったらそこに来て頂戴。家の構造は知っているでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「頑張ってね。天災さん」
ジェシカには彼女の考えが分からず、今にも倒れてしまいそうな執事の方がより人間らしいと思ったのだ。
もし、あの時ジェシカとエレインがお茶会をしようと意気投合しなければ、彼女の婚約者は死ななかったのだろうかと死んでしまった彼を想うのだ。
「ああ、私たちもそこへ行く予定だったのよ」
「なら、丁度良かった。買ってきた帰りだから。とってもおいしいのよ。楽しみにしていて」
エレインは軽やかに歩いていく。こうして歩いて話しているのを見ると、全く目が見えない少女とは思えなかった。ただ、多少のふらつきはあるようで、しっかりとキルシュナーの腕をしっかりとつかんでいるけれど。それをエレインの歩く速度ペースに合わせ少し彼女より早く歩いて、エスコートしているのは、彼が、今までずっと彼女の隣を歩き続けてきたからだろう。ジェシカには彼以外がエレインの横を歩いていることをあまり想像できなかったが、エレインには婚約者が存在していることを思い出した。同じ伯爵段位を持つ婚約者だった。ブロンドの美丈夫。ただ、ジェシカは好きには慣れない類の人間の香りがしていたけれど。
「本当に久しぶりね、エレインとは」
「そうね。学園には籍を置いているだけだしね。少し前の夜会以来かしら」
エレインはジェシカの特性を理解したうえで、離れていかなかった人間の一人だった。少ない友人を語ってもいいだろう。ある意味で私たちは、普通の人とは違う何かがあるという、共通点を持つ仲間なのだ。ただ彼女と会う機会はあまり存在しないのだけど。
市場からそう遠くない土地にマーレン伯爵家は存在していた。
マーレン伯爵家の財力を示すように、豪華なつくりをした、その屋敷はあまり、人を寄せ付けさせないような何かを持っていた。
「いらっしゃいませ、お二人とも。突然決まったことだからあまり十分なおもてなしは、出来ないかもしれないけれど」
「まあ、気にしないで」
ジェシカはそう言いながらも、マーレン伯爵家は十分なおもてなしをするのだろうな、と思っていた。ホールを通ってこの家の自慢の庭園へ案内をされているところで初老の紳士が、汗を拭き顔を真っ青にして駆けてきて、エレインの耳元で何事かをささやいた。マーレン伯爵家主催のホームパーティーをしたとき、使用人を束ねていた男性であるから、きっと執事長か何かだろうが、その人間が焦るような何かが起きたとは。あまり驚かないようなことだけど。
「あら、本当に?」
「誓って、嘘偽りは御座いません」
「まだ、市警にはいっていないわよね?」
「ええ、判断を煽ってから、と思いまして」
「なら丁度良かったわ」
くすくすとエレインは微笑んだ。
「ジェシカ様、今しがた私の婚約者がこの家で何者かに殺害されました。あなたの腕前を目にする。いい機会ですわね」
そう言ったのはまるで今婚約者が殺害されたと告げられた人間とは思えない口調だった。エレインは蝶々を見つけた子供の様に、美味しいクッキーがあると微笑んだ時とそう変わらない笑顔を向けていた。それは、一重に目が見えないというハンディを背負ったものとしての精神力云々の話だけではなく。彼女そのものの特性なのだろう。彼女の世界にとって、婚約者の死程度は何ともないことで彼女の世界は壊すことができないのだろうとジェシカは思う。
この人と昔から知り合いのジェシカには何故こんなにも動揺しないのか、なんて野暮なことは思えなかったし、エレインが焦っている姿なんて想像できないなと感じた。
「両親は今少し遠い領に滞在しているし、市警もいない。あなたの独壇場ね」
「この家を好きに捜索しても?」
「もちろん、人も家も好きにしていいわ。私は庭園にいるから何かあったらそこに来て頂戴。家の構造は知っているでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「頑張ってね。天災さん」
ジェシカには彼女の考えが分からず、今にも倒れてしまいそうな執事の方がより人間らしいと思ったのだ。
もし、あの時ジェシカとエレインがお茶会をしようと意気投合しなければ、彼女の婚約者は死ななかったのだろうかと死んでしまった彼を想うのだ。
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