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第3章
過酷な旅
しおりを挟む女は与えられた毛布で体を包み、必死に眠ろうとしていた。
日の落ちた砂漠の寒さに震えながら。
もともと東で生まれた女は、常春のような、気候しか知らない。
過酷な熱も、極寒も縁のない世界だ。
それまで一度も乗ったことのない馬に乗り続けた二週間は、腿の内側と裏側は内出血で紫に変色した。
加えて、揺れに酔い、吐かないために、日中は移動のほとんどを水のみで過ごした。
食欲など、ほとんどなかった。
水だけのほうが、むしろありがたいほどだった。
すでに、砂漠は、女が聞いた一面の砂に、様相を変えていた。
見渡す限りの砂丘。
どこにも、植物の姿はなかった。
それにより、旅はいっそう過酷なものにも変わった。
初めての砂砂漠の熱気は女の食欲さえも奪ってしまった。
日中の過酷な暑さは、流れる汗さえ感じる前に瞬時に蒸発させてしまう。
暑くても汗もかけないような状況にいても、女以外の男達はみななんでもないことのように動いている。
よっぽど旅慣れているのか、馬からクナに乗り変え、食事の準備や後始末、夜に備えての火起こしや、天幕の準備など、分担してこなしていく。
全てが初めての女はそれどころでなく、なけなしの体力すら失わぬよう毛布を頭からかぶって横になっているしかなかった。
昔、町で時折見かけた砂漠の民は、長い布を頭からかぶることでこの日差しを遮っていたのだろう。
目元以外全く肌の見えないその格好は暑いのではないかとずっと思っていたが、実際は炎天下でも、毛布を日除け代わりにして影を作れば、意外と涼しくもなるということを初めて知った。
だから、うだるような熱気にも水分の補給さえこまめにしていれば、まだ耐えられた。
砂砂漠に入る手前のオアシスで、馬からクナに乗り換えていたことも幸いした。
クナの背中は馬よりも脂肪が厚く、やわらかいため、長時間乗っていてもさほど負担にはならなかったのだ。
それだけでも、女には十分ありがたかった。
しかし、砂漠の夜は、正直、馬に乗りなれないことよりも、日中の暑さよりも、女には辛かった。
寒すぎるのだ。
天幕の中ではまだ風を遮るので、毛布によって手足の冷えも次第に温もりを取り戻すことができた。
しかし、今日からしばらくは天幕を張らない野宿だ。
吐かずに食べられる唯一の夕食も、一時的に体を温めてくれたが、それももう効果はない。
皮の裏に毛布を縫いつけた、防寒を備えた大きな野営用の毛布で体をすっぽり覆っているが、手足の冷えが、どんなに待っても全く戻らない。
吐いた息が、白くさえなるのだ。
こんな寒さは、一度として感じたことがない。
激しくはないが、止まることのない風の音が耳につき、寒さをいっそう際立たせる。
眠ることもできないが、それでも眠ろうとさらに毛布を手繰り寄せる。
眠らなくては、明日の移動には耐えられない。
必死で毛布の中で手足をこするが、全く効果はなかった。
「おい、そこで寝るな。もっとクナに寄れ」
男の声が上からした。
毛布から顔を出すと、冷たい風とともになけなしの熱が逃げていく。
見上げる男は、いっそう大きく見える体に毛布を肩からかけて立っていた。
「ここでいいわ」
クナに寄れという言葉は聞こえたが、正直、動物の近くで寝たことのない女は、クナが怖かった。
これ以上近づいて寝るなど、膝を折って休んだ状態のクナでも嫌だった。
「凍えて死ぬぞ。クナは大人しいから、くっついて暖をとれ」
重ねて言われ、女は渋々起き上がり従う。
長い首が丸まって前足近くに顔があるので、女は後ろ足のほうに近づき、静かに後ろ足に寄り添うように横になった。
男は、その様子を黙ってみていたが、大きく息をつくと、大股で女へと近づいた。
女の体を毛布ごと軽々と引き寄せると、クナの脇腹に押し付けるように自分の体の間に入れる。
驚いて身じろぐ毛布に包まれた女の体が、さらに男の体と毛布に包まれ、それ以上の動きを封じられる。
「大人しくこのまま寝ろ。俺が寒いんだ」
男は女を潰さぬようクナの背に頭を預け、目を閉じる。
女は、それ以上動かなくなった男の大きな体に抱きしめられるようにして、しばし身を強張らせていたが、男がそれ以上何も言わず、動かないままなので、やがて静かに毛布の中の暗闇を見つめた。
「――」
男の言葉少なな気遣いが、嫌だった。
それは、自分の心を弱くする。
寒さに痛めつけられた体と気持ちは温もりが戻れば癒える。
しかし、傷ついた心は癒しなど、優しさには求めない。
復讐だ。
それ以外の癒しも、救いも、必要ない。
この地獄のような旅に必死でついていくのは、唯一の望みを自分の手で叶えるため。
そのためには、どんな辛さにも、耐えてみせる。
自分に強く言い聞かせて、女は体の力を抜いた。
規則正しい呼吸と鼓動のリズムが感じられる。
先ほどまで気になっていた風の音も、今は気にならない。
凍えて震えていた体に、徐々に温もりが戻ってくる。
クナと男の温もりに挟まれるようにして、女はいつしか眠ってしまった。
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