暁に消え逝く星

ラサ

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第3章

叶わぬ夢

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 さらに山を二つ越えた麓で、一行は今日の移動を無事終えた。
 さほど高低差もない山は山道は越えることもさほど苦労はなかった。しかし、三つ目を越えるには時間的に無理なので、今日も麓で野営の準備だ。
 アウレシアとイルグレンは、今日は稽古の前に野営のための天幕を張るのを手伝った。
 天幕を張るのも初めてのイルグレンは、アルライカに色々教わって、結局一人で天幕を張り、その出来栄えを喜んでいる。
 初めてのことなのに教われば何でも器用にこなせるのは、聞いたことを忠実に守るからだろう。
 やることなすことをいちいち喜ぶ皇子の姿に、アウレシアは呆れつつ、その素直さに感心もする。
 よくもまあ、こき使われているのに楽しそうに働くものだ。
 皇子様としてうまれていなければ、よほどの稼ぎ手になっただろう。
「皇子ってのは、普段、どんだけ退屈してんだか――」
 リュケイネイアスを手伝いながら、アウレシアは呟いた。
「あの皇子様が俺達の常識と違うのは確かだから、皇子としても異質なんだろう。あんな皇子ばかりなら、きっと世の中もっと面白くなっているはずだろ?」
「――そうか。あいつが特別天然なだけか」
 確かに、あんなのが、そうそういるわけがない。
 だが、働くことが好きな皇子というのは、異質である以上、とても、生き辛いのではないだろうか。
 人間には持って生まれた質がある。
 合わぬ場所に生まれ、生きていくということは、とても辛い。

 あの皇子も、本当は自分達のように生まれつくべきだったのではないだろうか。

「――」
 話をしながらも天幕を張り終えて、アウレシアが立ち上がると、
「レシア、見ろよ。グレンの張った初めての天幕を」
 ライカの声がかかった。
 視線を向けると、確かに、普段とさほど変わらない天幕が、しっかりと張られている。
 アルライカの隣にいるイルグレンは母親の褒め言葉を待つ子供のように、アウレシアの言葉を待っている。
 その表情に、アウレシアは困ったような嬉しいような気持ちになった。
「――上出来だね。ライカよりよっぽどうまいな」
「ライカの教え方が上手なのだ。一番簡単に、無駄なく張る方法を教えてくれたので、初めての私でも簡単だった」
「そりゃそうさ。旅ってのは、何をするにも効率がいいにこしたことはないからな。憶えとけ、グレン。常に手早く、素早くだ」
「わかった。手早く、素早く、だな」
「おうよ」
 そこで、アルライカがアウレシアに言う。
「グレンは飲み込みが早くて、教えがいがあるな。皇子にしとくのもったいないくらいだぜ」
 それは、先ほど自分が考えていたことと同じだと、アウレシアは思った。


 天幕が張り終わったので、二人は剣の稽古のため、その場を離れた。
 山間部の移動がまだ続くためなのか、麓は緑豊かで木陰は肌寒いくらいの涼しさだった。
 馬車からもそんなに離れずに木立の影に隠れると、姿が見えなくなるので稽古にはちょうどいい。
 昨日の勝利で自信を得たのか、イルグレンの剣さばきは、鋭く、それでいて軽やかだった。
 それにあわせるように、アウレシアの剣も、さらに大胆にイルグレンを翻弄する。
 間に休憩を挟んで、幾度となく剣を打ち合わせるが、結局、今日は勝敗がつかず、アウレシアの一言で稽古は終わった。
 二人とも、剣を腰から外し、木陰に座って汗が引くのを待つ。
「よかった」
 小さく呟くイルグレンの声を聞き逃さず、
「何が?」
 アウレシアは問うた。
「昨日まぐれで勝ってから、もう稽古はしてくれないのかと思ったのだ。
 これからも、稽古はしてくれるのだな?」
「あんなの、勝ったうちに入んないよ。本当にあたしに勝つにはまだまだ稽古が必要さ。サマルウェアに着くまで、みっちり鍛えてやるから覚悟しな」
「そうか。安心した」
 嬉しそうに笑うイルグレンに、アウレシアは呆れるように言葉を返す。
「あんた、ホントに剣が好きなんだねえ」
「お前もではないのか? 戦士なのだから」
 意外なようにイルグレンが言葉を返す。
「あはは。確かに好きだけど、あたしのは仕事だよ。これしかなりたいもんがなかったしね」
「どうして、お前は戦士になったのだ?」
「ああ、父親が渡り戦士だったのさ。もう死んじまったけど、あたしは、小さいときから親父に連れられてあちこち回ってたからね。小さい頃は、それこそ男みたいに育てられて、剣もそれ以外の武器の扱いも一通り教わってきたのさ」
「母親はどうした? お前と同じ女戦士だったのか?」
「普通の女さ。よそに男をつくって、あたしと親父をおいて出て行った。だから、親父はあたしを連れて仕事をしなきゃならなかったのさ」
 驚いたようにイルグレンが呟く。
「子を捨てる母がいるのか――」
「そりゃ、いるさ。世界は広いからね。いろんな母親がいる。あんたの母親は?」
「母は、私を捨てなかった。いっそ見捨ててくれればよかったのに、私の代わりに毒を飲んで死んだ。まだ、三つだった私は、もう母上の顔も憶えていない」
「――」
 聞いてしまって、失敗だった。
 天然皇子の軽い言動に騙されがちになってはいるが、この皇子の生い立ちはとてつもなく重かったのだ。
 うかつに話題を振ることもできやしない。
「悪かったよ、やなこと聞いちまって」
「? 別にいやなことではない。私は薄情だから、憶えてもいない母を恋しがることもできないのだ」
 何の感情もなく、イルグレンは言を継ぐ。
「私を殺したかった皇后の気持ちはわからないでもない。相応しい身分に産まれた自分の子供に、相応しい地位を確実に与えたかったのだろう。
 だが、どうせ命を狙うなら、私一人を確実に狙う方法をとってくれたらと、思うのだ。
 罪のない母が、死ぬことはなかった。
 母を失って、私は母親を恋しいと思うまともな感情も持てずに、こうして死なないためだけに生きている」
「――それは、別に悪いことじゃないだろ」
「そうだな。私だって、毒で苦しんで死ぬのは避けたい」
 イルグレンは、傍らに置いた剣に手を伸ばす。
「どうせ死ぬのなら、闘って死にたい。最後の最後まで、剣を持っていられるからな」
「死ぬとか言うなよ、そのためにあたし達がいるんだろ。無事に、あんたをサマルウェアに連れて行くさ」
「そうだな。お前達は、とても強い。きっと私は生きて西に行ける」
 まるで、他人事のようにイルグレンは話す。
 だが、アウレシアには、それはどうでもいいことのように聞こえた。
「あんた、死にたいのかい?」
 問われて、イルグレンは驚いたようだった。
 そのようなことを面と向かって聞かれた事もないのだから。
 少し首を傾げ、イルグレンは考える。
「そのように思ったことはないが、母上が、自分の命と引き換えてくれた命だ。簡単に死ぬわけにはいかん。私の命は、すでに私一人のものではないのだ。
 だが――」
 アウレシアを見て、ほんの少し笑いながら言った。
 叶うことがないと、初めからわかっているように。
「もしも、生まれ変われるなら、今度はお前達のように、戦士として生きたいな。
 貴族や皇族ではなく、ただの男として、生きていきたい」


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