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第6章
皇子を追って
しおりを挟む「皇子を狙った刺客だと?」
見張りとして先に行かせた男衆の内の一人が戻ってきていた。
このまま順調に行けば、あと一週間で皇子達の一行を捕らえられるはずだった。
この行程で、自分達を出し抜ける者がいるはずはなかったのに。
「どういうことだ、ハラス。砂漠を越える以外で、俺達を出し抜くとは。昼夜を問わず駆けてきたとでもいうのか」
戻ってきた手下から、驚くべき報告を聞かされる。
「東からじゃありません、統領。刺客は西から来ました」
「西……サマルウェアか――」
情勢が変わったか、一部の独断か。
何にせよ、自分達以外も皇子を狙っている。
ここまで来て、むざむざと皇子を殺させるわけにはいかない。
「地図を出せ」
傍に控えていた男衆がすぐに地図を広げる。
ハラスと呼ばれた男は、地図の北にある街を指差した。
「襲撃を受けたのは、皇子の一行がこのシバスという街を出てからです」
「渡り戦士の元締めの故郷だ。レギオンの直轄だから、そこを出るのを狙っていたな。
順序立てて説明しろ」
「襲撃を受けたのは、今から一週間前です。その前の日、レノが近づきすぎて気配に気づかれました。跡は残していないので、見つかりませんでしたが。
女戦士と若い護衛と、最初にレノに気づいた恐ろしく体格のいい渡り戦士の男の三人でした。統領にもひけをとらない男です」
「女戦士がいるのか」
「はい、なり立ての護衛を鍛えているのか、女戦士と若い護衛はよく一緒に見かけました。
北のシバスを出る前は女と若いのの二人だけだったのに、シバスを出てからは、入れ替わりで二人の渡り戦士が付き添い、三人になりました」
男はしばし考える。
なり立ての護衛――何かがひっかかった。
「刺客はいきなり一行を狙ったのではなく、剣の稽古に出ていた渡り戦士達を狙いました。皇子の顔を知らないらしく、確認のために渡り戦士の一人を捕らえようとしたのだと思われます。三人しかいなかったのに、恐ろしく強くて、あっという間に刺客は返り討ちに遭いました」
「――」
「襲撃の次の日は、女の代わりに護衛の若いのがさらに五人増えて、男達だけで剣の稽古をし始めました。再度の襲撃に備えているのかと思われます」
「本当に女だったのか? 女の格好をした皇子ということはないのか?」
「それはあり得ません。確かに女です。それよりも、最初の若い護衛が気になります。貴族のように美しい男です。他の奴らとは明らかに違う感じです。歳も若く見えるし、そいつだけが必ず渡り戦士達と一緒にいます」
「そいつが皇子かもしれん。ハラス、もう一度見たらわかるか?」
「俺よりレノが確実です。一番間近で見たのは奴ですから」
「よし」
男は、砂漠生まれの男衆を振り返る。
「マルグ、ここから北上したら何日で皇子の一行に追いつける?」
「一週間前にここなら、街道の高低も考えて――おそらく今はこの湿地帯に入ったはず。さらに一週間で一番深いさらに北よりの森林地帯に入るはずです。この森林地帯を南下すれば、また乾燥地帯で、そのままほぼ西に真っ直ぐ進んでサマルウェア公国内に入ることになる。俺が刺客なら、森林地帯を抜ける前に待ち伏せて狙います。ならば、渡り戦士達も警戒して進むはず。急ぐよりは、様子を探りながら進むので遅くなるとして――おそらく馬をとばせば、三、四日で森林地帯に入れます。刺客に遭わずに抜けるのは難しいかもしれませんが」
「統領。皇子達の一行と並行して、サマルウェアの国境にも探りを入れていました。かなりの数の男達が集団で国境沿いの街道を駆け抜けていくのを見られています。日数を逆算すると、森林地帯で消息が途絶えていました。潜んでいるのは間違いありません。西から東へ向かうものには全く無反応ですので、こちらが仕掛けない限りは、多分抜けるられるはずですよ。狙いは俺らと同じで皇子の一行のみでしょうから」
男は立ち上がった。
「すぐに出発だ。ハラスは馬を代えて先に出ろ。誰か二人が後始末をしてから合流しろ」
「はい!」
男衆達がすぐに散らばる。
男は急いで天幕に戻る。
女は眠っていたが、常にない男の乱暴な入り方に目を覚ました。
「出るぞ。後始末は任せてある。急げ」
腕を引かれて、女は走りながらついていく。
「何かあったの?」
「俺達以外に、皇子を狙っている一味がいる」
振り返って言うと、女は驚いて叫んだ。
「なんですって! 駄目よ! 皇子を殺すのはあたしよ。ここまできて、他の奴らになんて、渡さない!!」
「だからだ。もう1つのオアシスには行かずに、予定を変更してこのまま北上する。それで早ければ三日で、追いつける」
言いながら、男は女を抱え上げ、馬に乗せる。
そして、自分も鐙に足をかけ、軽々と跨った。
男衆達が次々と後に続く。
「行くぞ。遅れるな!」
男の足が馬の脇腹を蹴る。
一度身体が後ろに引かれて、それから勢いよく前進する。
土埃が舞うが、疾走の速さに追いつかない。
女の身体は怒りに震えていた。
馬の鬣を掴む手は、きつくきつく握り締められている。
男は宥めるように、腕を回して女を自分の身体に引き寄せた。
土を蹴る蹄の音にかき消されぬよう耳元で告げる。
「安心しろ。必ず、お前に皇子を生かしたまま渡してやる」
振り返らずに女が答える。
「あんたは命に懸けて果たすと言った。それを、違えないで」
逸る心を隠しもせず、馬は北を目指して、一気に駆け抜けていった。
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