10月2日、8時15分の遭遇(前編)

ライヒェル

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最後の一週間

メッセージに想いをこめて

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金曜日の朝、8時。
実質的にベルリン滞在の最終日の今日が始まる。
外は、雨上がりですべて濡れていたけれど、朝焼けはすっきりと澄み切った明るいレモン色だった。空の向こうは青く染まり始め、どうやら今日は快晴になりそうだ。
昨晩はなかなか寝付けなくて、きっと零時を回った頃に眠りに落ちたと思う。マルガリータを4杯飲んだわりには、それほど酔っていなかったらしく、二日酔いもない。ただ、ものすごい量の食事をしたらしく、空腹感は殆どない。
でも今朝は、近所のあのカフェで最後の朝食を取る、と決めていたので、私はベッドルームを出てシャワールームへ向かう。
昨晩は少し雨に濡れたし、レストランの煙の匂いを感じたから、疲れていたにも関わらずちゃんとシャワーをしたけれど、でも、やっぱり、朝の温かいシャワーは欠かせない。
こちらの水は硬水なのか、うっかりコンディショナーを忘れると、髪がキシキシ、バリバリになってしまう。背中の真ん中まで伸びた髪を洗いながら、帰国したら髪を切りに行こうかなと思いつく。今まで、切りそろえたりハイライトを入れるくらいで、基本的にストレートロングをキープしてきたけれど、そろそろこのヘアスタイルから卒業するのにいいタイミングかもしれない。
ドライヤーで乾かして、体にバスタオルを巻き廊下に出ると、人の話し声が聞こえて来るのに気がつく。
玄関のドアは閉まっているのに、こんなにはっきり聞こえるのは変だなと思いながら、通りかかったリビングのほうに目を向けてぎよっとする。
工事の人達が、この階の足場のところにいるらしく、窓の近くで誰かの影やロープみたいなものが動いていた。
慌ててリビングのドアを閉めると、小走りでベッドルームに駆け込んだ。
あの話し声は、足場を上って窓の外で作業をしていた人達の声だったらしい。これじゃぁ、リビングでダラダラ過ごすというわけにもいかなさそうだ。
といっても、もう、最終日だから私の滞在に及ぼす影響はさしてないけれど、私の後にこのウイークリーアパートに泊まる人は落ち着かないことだろう。
そんなことを考えながら、デニムを穿き、マスタードイエローのニットセーターを羽織る。首の周りの大きなゆったりしたロールネックが、肩をストールのように覆うのでとても温かく、着心地も開放感があってとても心地いい。
メイクも薄くナチュラルトーンに押さえて、気持ちをリラックスさせた。
今日くらい、自然体で一日を過ごしたい。
そう、自然体で。
自分にそう言い聞かせるように、鏡の中の自分を見つめ、ゆっくりと目を閉じて心を落ち着けようと魂を空想の世界へ飛ばした。
暗闇の思考の中に、とある景色を映写してみる。
こんもりと生い茂る深い森の中へ歩いて行く、自分の後ろ姿を想像した。
柔らかな草を踏みしめ、歩いていく小道の先には、太陽の光でキラキラと煌めく湖畔があるはずだ。
ガラスのように澄み切った、ひんやりと冷たい水で満たされた湖。
都会の喧噪から離れたこの静かな森の中で聞こえて来るのは、小鳥のさえずりだけ。時折、野花の周りを蝶がちらちらと舞う。
生い茂る木々の向こうに、その湖が見えて来た時、太陽に反射してきらりと光る金色の光が私の目の前を飛ぶ。
あの時見た、テントウ虫だ。
手を差し伸べると、その光が私の手の甲に舞い降りた。
透明なグレーの羽を、奇麗な赤に黒い斑点がついた甲羅の下に収納しながら、チマチマと歩くテントウ虫。やがてそれは、私の薬指あたりで立ち止まり、しっかりと踏ん張っている。まるで、真っ赤なルビーの指輪のように美しく輝く。
『リオ』
どこからか風に乗って聞こえてきた声の主を探すと、湖畔のほとりの草の上に座っているあの人の影。彼がゆっくりと立ち上がって、私のほうへ……
「……っ!」
私はパッと目を見開いて、一気に息を吐いて胸を押さえた。
なっ、なんなの、これは!
心臓がドキドキしている。
これは、ダメだ。
まるで逆効果。
この空想の森には、私が1人で散歩しているはずだったのに、どうして第三者を登場させてしまうのだ!
これはもう、空想じゃなくて、紛れもない妄想!
完全に、妄想の世界!
リラックスするつもりが、逆に動揺してしまったじゃないか。
私はがっくりと頭を垂れて意気消沈した。
どうやら、私に必要なのは、空想じゃなくて、瞑想らしい。
頭の中を無にして、すべての邪念から己を解き放つ。
帰国したら、山の中にある真言宗のお寺とかで、瞑想・座禅の修行体験に申込してみたほうがいいかもしれない。
残念ながら今は、瞑想なんてとても出来そうにない。
そういう悪あがきはもう止めて、とにかく日常に戻る事にする。
ブラウンレザーのトートバッグと、ライトブラウンのロングブーツをデニムの上に穿くと、私は急いで玄関に向かった。
常に動いていれば、きっと余計なことは考えないだろう。
階段を駆け下りて、早足で中庭を通り過ぎて表へ出ると、考える事も無く足はカフェのほうへ歩みを進める。
リズミカルなジャズが聞こえてくる開け放たれた入り口に足を入れると、いつものおじさんがカウンターに居て、私を見ると笑顔で声をかけてくれた。
「待ってたよ、今日は来るだろうと思ってたからね」
「え、ほんとに」
嬉しくなって笑いながらカウンターに近寄って、一度メニューを見上げたけれど、私はやっぱり読めないその黒板の文字に苦笑いした。
チャーリー・チャップリンに似たおじさんは腕組みをして笑いながら私を見ていたが、やがて両手をカウンターに置いて、気取った言い方で提案してくれた。
「おじょうさん、この間と同じのでいかがかな?」
この間と同じやつ。
一回、1人で食べた朝食のことを、覚えてくれていたんだ。
カーッと胸が熱くなり、少し涙ぐみながら私は大きく頷いた。
「はい、それでお願いします!」
「オッケー、じゃぁ、座って待っておいで。今朝は、支払いは後でね」
「はい」
私はおじさんに見られないようにそっと片手で目に浮かんだ涙を拭って、この間と同じ窓側の席に行こうとした。前回、朝食後にサビーナといろんな話をした窓際の席だ。
でも今朝は、サラリーマンらしい男性が座って新聞を広げている。
足を止めて、空いている広い店内をゆっくりと見渡し、どこに座るか考えて、ふと、この間ヴィクターと座った奥の席に目が止まった。
大きなプランターの鉢植えの後ろのテーブル席。
私はあの日のことを思い出しながら、その席に行くと、この間と同じ椅子に腰掛けてみる。1人でこの席に座ると、どこか不思議な気がした。
「おまたせ」
おじさんがそっと、真っ白いプレートをテーブルに置いてくれた。
湯気のたつスクランブルエッグがふわふわ膨らんでいて、見るからに柔らかく口の中でとろけそうだ。焼きたてクロワッサンに添えられた、3種類のハム、大きなバターブロックに、たっぷりの苺ジャム。赤いトマトの輪切りがレタスとキュウリ、千切り人参の上でピカピカと輝いていた。
この間と同じ、一番人気の朝食メニュー。
熱々のコーヒーと、私の大好きなハイス・シトローネもプレートの左右に置かれた。
「ありがとうございます」
私は思わず両手を合わせておじさんに心から感謝を述べる。
「ゆっくりしておいで」
まるで私の不安定な気持ちを知っているかのようにかけられた優しい言葉。
私が頷くと、おじさんは小さく笑ってカウンターのほうへ戻って行った。
このカフェで二回目の朝食。
きっとまた、3月に来たら、ここで朝食を取れる。
だから、最後じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、今はこの美味しい朝食を楽しむことに専念した。
私はあまり、苺ジャムは好きじゃないと思ってずっと敬遠していたのに、ここの苺ジャムは自家製なのか、甘すぎずレモンの酸味が効いてとても美味しい。どうやったらこんなジャムが作れるのか、春に苺の季節が来たら山盛りの苺を買って研究してみようか。
とろりとした淡いレモン色のハイス・シトローネを最後までゆっくりと味わって、私は朝食を終える。
これから街を散策して、2時頃に蓮美ちゃんとのランチまでの時間を過ごすつもりだ。
テーブルのものをまとめて、カウンターの横の棚に返すと、私はカウンターのレジのほうへ向かった。
奥のキッチンで、おじさんがスタッフに何か指示をしていたが、私が待っているのに気がつくと笑顔で出て来た。
「美味しかったです。支払い、お願いします」
そう言うと、おじさんは、クスッと笑って首を振った。
「もう、支払いは終ってるから」
「えっ?」
意味が分からずに目が点になっていると、おじさんは陳列ケースを開けて、ペーパーに包まれたクッキーを取って私に差し出す。
「これが、レシート代わり」
「えっ?でも、そんな、あの、払います!」
「そういうことになってるんだよ」
「そういうことって?」
びっくりして聞き返すと、おじさんは笑いながら私の手を取って、ペーパーで包まれたクッキーを乗せた。手のひらのクッキーを見下ろし、私は一瞬で息が止まり、身動きが出来なくなる。
クッキーを包む真っ白なペーパーに、流れるように綴られたボールペンの走り書き。
 
    too bad I'm still sleeping!
   Victor

その文字から目を離せず固まる私に、おじさんが笑いながら説明してくれた。
「昨日の夕方、ヴィクターが来たんだよ。きっと翌朝、ここでリオが朝食を取ると思うと言ってね。あいつも来るつもりだとは言ってたけど、朝は弱いから、寝坊して万が一この時間帯にここへ来れなかった時の為にと、先に支払いをして、そのメッセージも書いて行ったんだ。結局あいつが現れなかったから、私がこのクッキーを君に渡すことになったということだよ」
あぁ、そうなのか。
だから、「俺はまだ寝てたって、残念!」と書いてあるんだ。
本当は一緒に最後の朝食を取ってくれようと思ってくれていたなんて。
そして、それが出来なかった時のために、先回りして支払をし、こうしてメッセージまで残してくれていたんだ。
友達想いの、優しいヴィクターらしい気配りに、胸が熱くなる。
「リオは今日が、滞在最後の日なんだってね」
「……っ」
その言葉に私はクッキーを包むペーパーから目を離し、顔を挙げる。
丸顔のチャーリー・チャップリンみたいなおじさんが優しく目を細めて私を見ていた。
「……う、っ」
おじさんを見つめた瞬間、これまで空元気の気力で持ちこたえていた、感情の決壊が崩れ落ち、視界が一気に歪みどっと涙が溢れ出てきた。
私は声を出すまいと唇を噛み締め、必死に呼吸を整えようと努力する。
ぼろぼろと落ちて来る熱い涙を止めることは出来ず、なんとか気を落ち着けようとカウンターの木目模様を見下ろす。
立ちつくし1人取り乱している私の前で、おじさんは黙って何も言わずに待っていてくれた。
「若いってことは、こういうことだよ」
おじさんは誰にも聞こえないようにそう呟くと、私の肩をとんとん、と叩き、明るい笑顔で私の顔を覗き込む。
「君は大丈夫。いつでも、またここにおいで」
「……はい」
私は頷き、指で涙を拭き取ると笑顔を作り、おじさんを見上げた。
「また、絶対に来ます!」
「そうそう、その調子」
おじさんはにっこりして頷いた。
私はペーパーに包まれたクッキーを割れないようにそっとバッグのポケットに入れると、おじさんにお願いして同じペーパーをもらい、ボールペンを借り、ヴィクターへのお礼を書いた。

          一期一会 
          Thank U !
         from R to V


漢字で書いたところは意味が分らないだろうけど、これが私がまさに言いたい気持ち。
二度とないかもしれない素晴らしい瞬間を、私がどれだけ嬉しく思ったかを伝えたかった。
それは、私の英語力では到底説明出来ない、壮大で深い意味があったから、そのまま日本語で書くことにした。
「うーん、これは、随分と難しいね」
おじさんが、私が持っているペーパーを睨んで苦笑する。
私は笑いながら、そのペーパーを使い、メッセージが内側に入るように丁寧に折り鶴を作った。
「これは、奇麗だね。オリガミってやつだったかな」
「そうです」
私は鶴の翼を左右に開いてからおじさんへ渡した。
「後であいつが来たら、必ず渡しておくから」
「お願いします。それじゃ、また!ごちそうさまでした!」
私は元気を取り戻し、そう言っておじさんに背を向ける。またね、と背後から声がかけられて一度振り返り、私は手を振って外へ出た。
明るい日差しが照りつける、金曜日。
今日は、きっと、楽しい一日にしてみせよう。
空の彼方を飛ぶ飛行機を見上げながら、私はもう一度、自分に言い聞かせる。
必ず、楽しい一日に!





2時過ぎ、私は蓮美ちゃんと一緒にベトナム料理店に居た。
二人そろって、マンゴーヨーグルトスムージーと、ベトナム風春雨サラダ、と同じものを食べていた。
アントーニオと観光に行った日の話から、ヴィクターの仕事に関わる話、そして、前夜のメキシコ料理店に行った時の話、そして、今朝のカフェでの朝食の話。
蓮美ちゃんは、殆ど口を挟まずに、黙々と食べながら黙って私の話を聞いていた。
私はもう、先に空になったボウルにスプーンとフォークを並べて、まだ静かに食べている蓮美ちゃんを眺めた。
どこか、ただならぬ雰囲気なのだけは、鈍い私だって分る。
もしかして、第二弾の説教が始まるのか。
ちょっとだけ緊張しつつ、黙って蓮美ちゃんの言葉を待っていると、やっと食事を終えた彼女が、ナプキンで口もとを拭うと、ストローでスムージーの残りを飲んだ。
スムージーがどんどん減って行き、グラスの底が見えた時、静かな店内にゴロゴロとストローに空気が入る音が響く。
そのストローから目を離して蓮美ちゃんの顔を見ると、さっきまで無表情だった彼女が、とても優しい微笑みを浮かべて私を見ていた。
「理央、変わったね」
「変わった?私が?」
いきなり思いもよらないことを言われて面食らっていると、蓮美ちゃんは満足そうに笑いながら、もう一度、同じ事を言う。
「変わったよ。ほんとに、変わった」
「そう?この間会ってから、たったの一週間だよ?」
「そんなの関係ないよ。ウン年かけて変わることもあれば、何かのきっかけで一瞬にして変わることだってあるし」
「でも、それって、いい事なの?変わったって、どんな風に?」
自分がどう変わったかなんて、全然、わからない。
私が身を乗り出して聞くと、蓮美ちゃんはちょっぴり意地悪そうに唇を尖らせた。
「教えてあげたくない」
「えー?!どうして!」
「だって」
蓮美ちゃんは急に真剣な顔をして私を見つめ、まるで秘密を打ち明けるように囁いた。
「それを言うと、理央は意識しすぎて、またもとに戻っちゃうかもだから、言わない!」
「そんな理由?!」
「今が一番いいと思うよ。私、こんな理央、始めてかも」
「そこまで言う?!」
頑固な蓮美ちゃんが教えないと言うからには、絶対に教えてくれないことだけは私も知っている。口が固いのは保証付きだから、どんな秘密も打ち明けられるけれど、逆に、知りたいことを教えてもらえないのは辛い。
「で、理央?そのクッキー、見せて。半分、食べたい」
「食べたいって、レストランで出して食べちゃっていいの?」
「平気平気、誰も見てないわよ」
「そうかな……」
私は辺りを見渡し、ウエイトレスもカウンターのレジ前に座っているのを確認すると、そっとバッグの内ポケットから、ペーパーに包まれたクッキーを取り出し、テーブルに置いた。
空になったボウルとグラスを横によけた蓮美ちゃんがそのクッキーを手に取り、しばらくペーパーのメッセージを眺め、それからその包みを開いた。
中から、ホワイトチョコクランチとクランベリーのクッキーが出て来る。
「わっ、男のくせに、可愛いの選ぶヤツだね」
蓮美ちゃんは笑いながらそのクッキーを半分に割って分けた。
片方を手に取って、かじってみると、甘ったるい濃厚なホワイトチョコと、甘酸っぱいクランベリーのハーモニーがとてもいいバランスで美味しい。
「コーヒーが飲みたくなっちゃうね。これ、美味しい!」
蓮美ちゃんがにっこり笑って、また一口、クッキーをかじる。
「私、レーズンクッキーは甘すぎて苦手なんだ。でも、このクランベリーは甘酸っぱくて、くせになりそう」
私がそう言うと、蓮美ちゃんがクスクスを笑いながら頷いた。
「それで理央、あんたはお礼のメッセージになんて書いたの」
「えーとね、日本語で、一期一会、って書いて、後は、サンキュー、って」
「一期一会?」
蓮美ちゃんは目を丸くして私を見た後、可笑しそうに笑い出した。
「いかにも理央って感じ!でも、それでいいよ!サンキューって言葉以外も書いたことは褒めて挙げる」
「え、褒めてくれるの?」
「うん、そうだね。いつも、余計なことは書かないようにって考えすぎる理央からしたら、随分と成長したって感じ」
「成長……?これが……?」
イマイチ褒められている理由がピンとこないが、今日はこれといって叱られるようなことはなかったということは確からしい。
蓮美ちゃんはもう一度じっとそのペーパーを眺めて何かを考えている様子だったけれど、やがて、その紙についていたクッキーのかけらを奇麗にすると、私の手にそのペーパーを置いた。
「これ、捨てないでちゃんと持ってなさいよ。理央が成長出来たきっかけだから、これからも成長出来るよう、これをお守り代わりに願掛けしておきなさい。退化しないで、進化出来ますようにって」
「進化?」
「そう、さらにバージョンアップするために」
「私がバージョンアップするの?」
「そうそう。理央Ver.2ってね。くれぐれも、退化して類猿人にならないように、これ見て己を戒めなさい」
「そんなこと言ったって、何をどう戒めたらいいのかもわからないのに」
「そうやって細かいことは気にしないの!とにかく、そういうことだから」
「蓮美ちゃん、あまりにもアバウトすぎて、鈍い私にはちっともわかんないんだけど」
「あーもう!とにかく、それ、ちゃんと持ってなさい!おわり!」
少し苛立ったように蓮美ちゃんが声を荒げたので、私はこれ以上しつこくするのは止めて、そのペーパーを畳んでバッグの内ポケットに入れた。
ランチを支払おうとしたら、蓮美ちゃんがおごってくれた。
レストランの外に出ると、蓮美ちゃんは携帯をチェックしながら私に聞く。
「理央、3月にはまた来るわけね?」
「うん、アナマリーに約束したから、それは確実」
「そうね、あんた、友達との約束は絶対だもんね。ロスの日本食レストランでの待ち合わせに、39度の熱で現れた時には、私も正直参ったけど」
随分昔のことを持ち出され、私は可笑しくなって笑い出した。
「あれは、仕方なかったんだよ!当時は携帯もなかったし、連絡のしようがなかったんだから。それに、蓮美ちゃんを待ちぼうけさせるなんて恐ろしいことしたくなかったしね」
「まぁね。でも、ちゃっかりうどん食べて、近所の薬局で買った解熱剤を緑茶で流し込んで、奇跡的に翌日は平熱だったんだよね」
「すごいなぁ、蓮美ちゃんの記憶力!」
感心して褒めると、蓮美ちゃんは少しだけ照れたように肩をすくめ、私を見た。
「あんたのことは、いろいろ覚えているよ。そりゃ、大事な友達のことだからね」
その言葉に胸がじーんとして、ちょっぴり涙ぐむ。
「ありがとう、蓮美ちゃん……」
そう言うと、蓮実ちゃんはかけていたメガネを頭の上にあげて、じっと私を見つめる。
まっすぐに私の目を見つめる蓮美ちゃんは、とても優しい微笑みを浮かべていた。
私はバッグからオリーブグリーンのストールを出して、蓮美ちゃんへ渡す。
「これ、有り難う。たまに使わせてもらって重宝したよ」
蓮美ちゃんは笑顔でそれを受け取ると、片手を伸ばしてぎゅっと私の肩を抱きしめてくれた。私も両手で蓮実ちゃんの背中をぎゅっと抱きしめ返し、別れを告げる。
「また、来るね。いろいろ有り難う」
「うん。理央、しっかりね。この私がついてるってこと、忘れないように!」
蓮美ちゃんの言葉に、私はこくりと息を飲み頷いた。
そう、しっかりしないと。
これから、明日の朝に向けて、気持ちを固めなくては。
仕事へ戻る蓮美ちゃんを見送ってから、私はゆっくりと駅に向かって歩き出した。
時間はもう、3時過ぎ。
あっという間に、夕方が近づいて来る。
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