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三章
3話
しおりを挟むそれから、アディの魔法修行が本格的に始まった。
とは言っても、走り込みをしたり、剣の素振りをしたりと肉体の鍛錬がほとんどだった。俺も体術の鍛錬を再開したけど、それにもアディが参加させられることもあった。
「魔法使いには強い精神力が必要。で、それを手っ取り早く鍛えるのは肉体の鍛錬なんだ。肉体と精神は強く相関してるからね」
最初は何やってるんだろって疑問だったけど、そうエイラに言われてなるほどって思った。確かに合理的ではある。
普段家に閉じ籠りがちのアディにとって辛らいんじゃないのか。体も細いし。って心配してたけど、健気に頑張る彼女の姿からはそんな想いは感じられなかった。俺が朝起きて鍛錬場所へ向かおうと家を出る頃には、アディはもう村の中を走っていた。
俺もアディに付き合って走ろうと思ったけど、それは母さんに止められた。
「気持ちは分かるけど、アディのペースに合わせても、リデルの鍛錬にならないよ。でも、エイラのやつ、村のみんなを集めて、瞑想とイメージトレーニングやってたね。それはあんたも一緒にやるといいよ」
ってなわけで、エイラの瞑想教室に参加することになった。会場は村の中央にある広場だった。アディとエイラの姿はもちろん、村の子供達と大人の姿もあった。
なんでも、エイラがお世話になる村人達にも何か教えたいとのことで、アディの鍛錬がてらそんな教室を開いたところ、高名な大賢者エイラ様に何か教えて頂けるならと、元々開拓精神に溢れ向上心の高い大人達とそれに影響された子供達も参加することになったらしい。
村の子供達は例の如く、俺を見ると怖がって逃げ出そうとしてた。だけど、エイラがその前に立ち塞がった。
「はい、お子達、座る」
「でも、大賢者様……」
子供の一人が泣き付くように言った。
「大丈夫。リデルはとても優しい子なんだよ。決して君達を襲って食べたりしないから。大賢者エイラが保証するよ」
そう言う大賢者に、子供達は渋々の様子で固く乾いた地面へ座った。
あれ、もしかして、この子ら、俺に食べられると思ってたのか? 母さんに聞いたことがある。オニ族はその印象からヒトを襲って食べるなんて思われていたらしい。とりわけ、子供は肉が柔らかいから好んで食べていたとか、なんとか。そんなこと信じてるの大昔の辺境人だけだと思っていたけど、そうでもなかったのだろう。
「はいはーい、皆さん。んじゃ、いつもの通り好きな姿勢で座ってね。リラックスして、優雅な気持ちで、そう、都のお貴族様みたいな気持ちでだよ」
不思議なステップを踏みながら言うエイラに、村人達から小さな笑いが漏れる。これも魔法かもしれない。途端に体の緊張がほぐれて気分も穏やかになる。
「座ったら、目を閉じて。はい、ゆっくり深呼吸」
エイラの号令に従って村人達が一斉に動く。こんなヨガ教室みたいな光景、今世で見れると思ってなかった。
俺は呆然としてた。すると、膝カックンされたのか、突然ガクリと脚が崩れた。バランスを失ったところを肩を押さえ付けられ無理矢理座らされる。
「リデルちゃんは薄目開けて見ててもいいよ」
エイラに耳元で囁かれた。この人がやったのか。リラックスしてたとは言え、こんなにも簡単に後ろを取られた挙句体勢を崩されるなんて。俺の脚は、母ライカの下段回し蹴りにも耐えられるようになっていたのに。大賢者恐るべしだ。その体術は並の戦士が束になっても敵わないくらいだろう。
「まずは耳を澄まして。なんでもいいよ。木々のざわめき。小川の流れ。そこのおじいちゃんのゲップ。音に包まれていることを感じて」
エイラは、漂う匂い、肌に感じる風、舌先の唾液の味、と順に村人達へ感じさせていった。視覚を除く感覚を鋭敏にさせるのか。母さんの鍛錬でもやっている。ただあれは、自分の骨や筋肉果ては内臓や脳まで、立ったまま体の内面の状態を探っていくものだ。エイラの瞑想は主に自分の外面を探っている。ここら辺は魔技と魔法の特徴の違いなのかもしれない。
「私達は空で包まれてまーす。そして私達も空であり、空を通して皆繋がってまーす。村の皆さんはもちろん、廻冥の森も遠くの大火山も大海原も一緒。全部繋がってまーす」
薄目を開けると、エイラが村人の隙間を縫うように軽やかなステップを踏みながら進んでいた。
「さあ、ちょっとお願いをしてみようか。みんな繋がっているんだから、少しぐらいは聞いてくれるよ。足が速くなりますようにだとか、明日晴れたらいいなとか、お母さんガミガミ叱らないでだとか。頭の中に、なったらいいなを想い浮かべてみて」
村人達の表情は皆和かだった。エイラの言う通りに想像しているらしい。
「それが魔法の始まりだよ。小難しい法理覚えなくても、みんな魔法を使えるのです」
エイラが大空へ向けて両手を広げた。すると、上空へ薄緑の光が広がりたちまち空気へ溶けていった。なんだ、あれ? きっと大賢者の魔法だ。しかも、あそこから感じる魔力だ。途轍もなく大きい。でも、嫌な感じはしない。包まれているような、安らぐような、自然と笑みがこぼれるような感覚だ。
「んじゃ、みんな目を開けて。今日は終わり。暇な時に復習してみてね」
そんな感じでエイラの瞑想教室は終わった。村人達が腰を上げ、銘々大賢者へお礼を言って去っていく。
「どだった、リデルちゃん?」
エイラがやって来た。隣にアディの姿もあった。
「えっと、最後のあれってなに?」
俺は不躾に聞いてみた。相手は気さくで無邪気な大賢者様だからだ。
「あれはね。村を護る障壁。偉大なる隔絶障壁って魔法だよ。村を魔物や魔族なんかから護ってくれるんだ。魔物だらけの廻冥の森がすぐ近くにあるんだからね。必須だよ」
「どうしてあのタイミングで?」
「はい、アディちゃん」
エイラが手を向けてアディへ解答権を回した。
「偉大なる隔絶障壁は、護る側の魔法執行者の力も重要だけど、護られる側の村人達の心の状態も重要。心は空を通してどんな魔法にも影響を与える。持続し続ける障壁なら尚更そう。心は、安定し未来へ希望を抱いている時が一番強い。だから、あのタイミング」
「へぇ。なるほど」
「うん、アディちゃん合格だよ。初めはね、自由参加ってことにしてたんだけど、ここのみんなは向上心が予想以上に高くてね。ほぼ全員参加になっちゃった。何回かに分けて障壁張ってるけど、これは相当強くなりそうだね。上級魔族でも下手に手出し出来なくなるんじゃないかな」
俺はズートリヒで母と闘った上級魔族を思い出した。あれが放った魔力の塊は確実に街一つ消し飛ばせるものだった。あんなの防げるのか。
「すごい……じゃあ、瞑想教室の一番の目的って、その障壁張ること?」
「うん。そだよ。これから障壁張るから未来に希望を持って、なんて言っても無理でしょ」
「……さすが大賢者様」
俺の口から自然とこぼれてた。
「ちょっとぉ、誉められても、体ふきふきするくらいしか出来ないよ。大賢者お姉さんのスペシャルコース受けてみる? えへへ」
エイラの歪んだ笑みが俺に迫った。ちょっと待て。この人そんな趣味をお持ちなの?
「お師匠、ライカ姐さんに言い付ける」
アディがエイラのローブの裾を引っ張る。その顔は、彼女にしては珍しくムッとしてた。
「んなっ、それはまずい。ビリビリさせられちゃう。んじゃ、リデルちゃんも今教えたこと復習してみてね。あれは本当に魔法を使うのにも、魔技を使うのにも重要なことだから」
そう言うと、エイラはアディを伴って村長宅へ戻って行った。
今教えたことって皆空であり空を通して皆繋がってるってことか。九属性、取り分け空の概念は少し複雑で分かり難いからな。ああして、イメージトレーニングしてみるのもいいかもしれない。
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