12 / 22
フォルシア国編
第12話 ショク
しおりを挟む
大穴から顔を覗かせていたのは、非常用食料庫。
ライルに頼み、私はゆっくりと中に降ろしてもらう。
そこには水入り瓶が並び、漬物、大きな酒樽に……初めて見る缶詰もあった。
「やった! これで当面の食料問題は解決する!」
一方、後から降りてきたライルは疑問に思っているようだった。
「これが『ショク』なのか? フォルシアで見たものとはまるで違うが……」
彼女が初めてまともな食事を見たのは、昨晩のフォルシアでのことだ。
その時は軍部に迎え入れられたこともあり、スープや野菜、分厚い肉が美しく盛り付けられ……豪華絢爛なものであった。
私はそんな「食」しか知らないライルに、丁寧に説明する。
「これは『保存食』って言って……昨日のとは違うの。普通の『食』は、放置するとすぐ腐って食べられなくなっちゃうんだけど……これは長い間保管できる、そういう加工がされたものなの」
「ヒトも面倒なものだな。そんなものを毎日摂取する必要があるとは……」
私はライルに話をしながら、瓶や缶に記された使用期限を確かめていた。
「うん、使用期限は……どれも大丈夫そう。……ん?」
色々と見ていると、何か奇妙な点に気づく。
「これ、あれも……これも、それも……全部『生産国:フォルシア』!?」
なんと、食料庫にあるありとあらゆるものが、みなフォルシア製だった。
そう──私の知らぬところで、フォルシアによる侵食は、既に始まっていたのである。
私は事態の深刻さを改めて認めると、身震いした。
しかし、今は怖気付いている場合ではない。
私はライルと共に、いくつかの食料を外へ運び出した。
そして今朝のベッドを持ってきて、ローゼスさんをそこに寝かせると、ライルにあることを頼んだ。
「ライル、これの中身を細かくして、胃に直接入れられる?」
私はトマト缶や野菜の酢漬けをライルに見せ、ローゼスさんのお腹を指差す。
彼女は缶を受け取ると、じっくりと全体を見回す。
「これを? この鉄の塊みたいなものをか?」
「えっと……これの中に食べ物が入ってるの。まず缶のここに切り込みを入れて……」
私はナイフを突き立てる仕草をしながら、丁寧に開け方を教える。
……ふと、缶の側面に印刷された、「開封方法」という絵が目についた。
「魔力を込め、指先で蓋の周りをなぞってください」……
突然黙る私に、ライルが呼びかける。
「おい、急にどうした」
「あ……なんでもない」
私の視線に気づいたのか、彼女は缶を回してその絵を見る。
「ふむ、これで開封できるのか」
しかしライルはそれを無視し、蓋に爪を立てて切り込みを入れた。
私は驚いて、つい声を出す。
「えっ?」
ライルは不愛想な口ぶりで、私に言い放った。
「こんなものを気にする必要はない。重要なのは結果だけだ」
彼女なりの励ましなのか、その釣り目を泳がせるライル。
私は意外な邪龍の一面を見て、心が揺れ動く。
そして私も目を泳がせながら、ひっそりと言った。
「あ、ありがとう……」
「ふん。さっさと次を開けるぞ」
そんなことを話しながら、ライルは次々と缶や瓶を開けていく。
次はそれらの中身を、魔法で細かく切り、潰し……泥状になったそれを水入り瓶に入れる。
途中、これを食べさせるのは申し訳ないな……とは思ったが、いくら揺らしても起きないので仕方ない。
一通りの食材を混ぜ込むと、私はライルに再び頼んだ。
「これを魔法で直接胃の中まで入れられる? 少しずつね!」
「簡単だ。これを流すだけだろう?」
しかし、まだ人の体について詳しく知らないライルは、それを一気に流し込もうとする。
「イ? がどれに当たるのか知らんが、ここから流せばその内入るのだろう?」
「ちょっ、ちょっと待って! そんな入れ方したらむせちゃうから」
「ムセチャウ?」
「そう。胃じゃなくて、肺に入っちゃうの。間違えたら危ないから、そうね……これが胃で、こっちが肺で──」
私は近くの地面に絵を描き、口から胃へと矢印を引く。
ライルは絵とローゼスさんを交互ににらめっこし、ゆっくりと栄養の泥を流していく。
やがて瓶を空にした後、彼の胸の上下、呼吸音……それら全てを確かめて、私はほっと息をついた。
「よし。……ありがとう、うまく入ったみたい」
「こんなもので本当に回復するのか?」
「人間ってそういうものだから! 疲れたら何か食べて寝れば、大体は解決するもんよ」
そして彼の目覚めを待つ間、私も朝食を取ることにした。
ただカトラリーはないので、乾燥パンにつけていただく。
「う~ん、やっぱり缶詰って微妙ね。味が濃すぎるか、薄すぎるかで極端、って感じ」
そう言いながら私だけ食べ進めていると、いつの間にかライルが他所を向き、胡坐をかいていることに気づく。
その背中は、何か考えているような様子だった。
気になった私は、声をかけてみる。
「ライル? もしかして、さっきのこと──」
「うるさい……!」
「ご、ごめん……」
先程までの会話では普通に見せていても、やはり作戦の失敗を引きずっているようだった。
彼女は溜息を吐き、首をあっちこっち動かしている。
その失敗に対し、これまで声を荒げていた彼女。
しかし次の瞬間──そんな彼女はしょんぼりとして、驚きの言葉を発した。
「こういう時……人はなんと言うんだ」
ライルに頼み、私はゆっくりと中に降ろしてもらう。
そこには水入り瓶が並び、漬物、大きな酒樽に……初めて見る缶詰もあった。
「やった! これで当面の食料問題は解決する!」
一方、後から降りてきたライルは疑問に思っているようだった。
「これが『ショク』なのか? フォルシアで見たものとはまるで違うが……」
彼女が初めてまともな食事を見たのは、昨晩のフォルシアでのことだ。
その時は軍部に迎え入れられたこともあり、スープや野菜、分厚い肉が美しく盛り付けられ……豪華絢爛なものであった。
私はそんな「食」しか知らないライルに、丁寧に説明する。
「これは『保存食』って言って……昨日のとは違うの。普通の『食』は、放置するとすぐ腐って食べられなくなっちゃうんだけど……これは長い間保管できる、そういう加工がされたものなの」
「ヒトも面倒なものだな。そんなものを毎日摂取する必要があるとは……」
私はライルに話をしながら、瓶や缶に記された使用期限を確かめていた。
「うん、使用期限は……どれも大丈夫そう。……ん?」
色々と見ていると、何か奇妙な点に気づく。
「これ、あれも……これも、それも……全部『生産国:フォルシア』!?」
なんと、食料庫にあるありとあらゆるものが、みなフォルシア製だった。
そう──私の知らぬところで、フォルシアによる侵食は、既に始まっていたのである。
私は事態の深刻さを改めて認めると、身震いした。
しかし、今は怖気付いている場合ではない。
私はライルと共に、いくつかの食料を外へ運び出した。
そして今朝のベッドを持ってきて、ローゼスさんをそこに寝かせると、ライルにあることを頼んだ。
「ライル、これの中身を細かくして、胃に直接入れられる?」
私はトマト缶や野菜の酢漬けをライルに見せ、ローゼスさんのお腹を指差す。
彼女は缶を受け取ると、じっくりと全体を見回す。
「これを? この鉄の塊みたいなものをか?」
「えっと……これの中に食べ物が入ってるの。まず缶のここに切り込みを入れて……」
私はナイフを突き立てる仕草をしながら、丁寧に開け方を教える。
……ふと、缶の側面に印刷された、「開封方法」という絵が目についた。
「魔力を込め、指先で蓋の周りをなぞってください」……
突然黙る私に、ライルが呼びかける。
「おい、急にどうした」
「あ……なんでもない」
私の視線に気づいたのか、彼女は缶を回してその絵を見る。
「ふむ、これで開封できるのか」
しかしライルはそれを無視し、蓋に爪を立てて切り込みを入れた。
私は驚いて、つい声を出す。
「えっ?」
ライルは不愛想な口ぶりで、私に言い放った。
「こんなものを気にする必要はない。重要なのは結果だけだ」
彼女なりの励ましなのか、その釣り目を泳がせるライル。
私は意外な邪龍の一面を見て、心が揺れ動く。
そして私も目を泳がせながら、ひっそりと言った。
「あ、ありがとう……」
「ふん。さっさと次を開けるぞ」
そんなことを話しながら、ライルは次々と缶や瓶を開けていく。
次はそれらの中身を、魔法で細かく切り、潰し……泥状になったそれを水入り瓶に入れる。
途中、これを食べさせるのは申し訳ないな……とは思ったが、いくら揺らしても起きないので仕方ない。
一通りの食材を混ぜ込むと、私はライルに再び頼んだ。
「これを魔法で直接胃の中まで入れられる? 少しずつね!」
「簡単だ。これを流すだけだろう?」
しかし、まだ人の体について詳しく知らないライルは、それを一気に流し込もうとする。
「イ? がどれに当たるのか知らんが、ここから流せばその内入るのだろう?」
「ちょっ、ちょっと待って! そんな入れ方したらむせちゃうから」
「ムセチャウ?」
「そう。胃じゃなくて、肺に入っちゃうの。間違えたら危ないから、そうね……これが胃で、こっちが肺で──」
私は近くの地面に絵を描き、口から胃へと矢印を引く。
ライルは絵とローゼスさんを交互ににらめっこし、ゆっくりと栄養の泥を流していく。
やがて瓶を空にした後、彼の胸の上下、呼吸音……それら全てを確かめて、私はほっと息をついた。
「よし。……ありがとう、うまく入ったみたい」
「こんなもので本当に回復するのか?」
「人間ってそういうものだから! 疲れたら何か食べて寝れば、大体は解決するもんよ」
そして彼の目覚めを待つ間、私も朝食を取ることにした。
ただカトラリーはないので、乾燥パンにつけていただく。
「う~ん、やっぱり缶詰って微妙ね。味が濃すぎるか、薄すぎるかで極端、って感じ」
そう言いながら私だけ食べ進めていると、いつの間にかライルが他所を向き、胡坐をかいていることに気づく。
その背中は、何か考えているような様子だった。
気になった私は、声をかけてみる。
「ライル? もしかして、さっきのこと──」
「うるさい……!」
「ご、ごめん……」
先程までの会話では普通に見せていても、やはり作戦の失敗を引きずっているようだった。
彼女は溜息を吐き、首をあっちこっち動かしている。
その失敗に対し、これまで声を荒げていた彼女。
しかし次の瞬間──そんな彼女はしょんぼりとして、驚きの言葉を発した。
「こういう時……人はなんと言うんだ」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
追放された聖女は旅をする
織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。
その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。
国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる