悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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1章.妹君は少年伯と出会う

20.妹君は二つの火をつけた①

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 ユリウスは落ちかけの夕陽をベッドから眺めていた。

 そろそろ夕食の時間だが、ロルフの交代要員であるリーゼロッテは一向に姿を現さない。

(……まさか逃亡……か? いや、そんなことはないだろう)

 今まで奉公人をことごとく追い出したユリウスだが、ごく稀に逃亡する者もいた。

 大抵はいなくなったことに気付かないほど彼は奉公人たちに興味を持たなかったが、リーゼロッテに関しては違う。

(彼女は監視下にある。逃げようと思っても無理だ。それに……)

 ユリウスは目を瞑った。

 彼女はそんなことはしない。

 彼の『直感』がそう告げていた。

 控えめのノックが響く。彼は「入れ」と短く言葉を発した。

 入ってきたのはトレイを持ったリーゼロッテとザシャだ。

 緊張した面持ちの彼女はいいとして、ザシャがこの部屋に来るのは珍しい。ユリウスは眉をひそめた。

「遅れてしまい申し訳ございません」

「いや、いい。……それは何だ」

「お食事でございます」

 さも当然のように答える彼女に、彼はさらに眉頭を歪める。

(言っておいたはずなのだが……どういうことだ?)

 ザシャの方に視線をやると、彼は深く頷いた。頬に一筋の汗が見えたのは気のせいではないだろう。

(ザシャが許可した、ということか。なるほど)

 ユリウスはすぐ思い当たった。

 母が残した例のレシピにリーゼロッテが挑戦した。そのジャッジをユリウスに下せということだろう、と。

「ここに」

「かしこまりました」

 しずしずとベッドサイドに歩み寄るリーゼロッテの表情は穏やかだ。

 深海色の瞳には、いつものような戸惑いや諦めは見られない。上品な所作で食事の準備が進められる。

 テーブルにことり、と置かれた小鍋からは何ともいい匂いが漂ってきた。

「……一つ聞くが」

「……はい」

 リーゼロッテは両手を身体の前で組んだ。

 先ほどまでの堂々とした彼女はどこへやら、上目遣いでおどおどとユリウスを見つめた。

「……リーゼが作ったのだな?」

「はい……」

「検食は済んでいます。調理中ずっと見ていましたが、変なものは入っていないかと」

 ザシャが間髪入れず口を開いた。ユリウスは静かに頷くと小鍋に視線を移した。

「……わかった。先に言っておくが、食べられなかったら申し訳ない」

「い、いえ、そんな。これは私の我儘なので、ダメでしたら遠慮なくおっしゃってください……」

 消え入る様な声で礼をした彼女は一歩下がろうとしたが、ザシャにそれを止められた。

 彼の視線は「逃げるな」と物語っている。

 リーゼロッテは息を吐くと、顔を上げた。意を決して小鍋の蓋を開ける。

(……これは……)

 一見何の変哲もない粥だが、開けた瞬間から粥独特の甘い匂いに加え、ほんの少し爽やかな香りが香る。

 そのほんの少し香る匂いにユリウスは覚えがあった。

 誰かの喉が鳴る。ユリウスは「一口、食べさせてもらえないか?」とリーゼロッテに乞うた。

「は、はい」

 彼女はスプーンで粥をひと掬いすると、それを彼の口元に運んだ。震える片手をもう片方の手で支えながら、だが。

 ゆっくりとそれを口に含む。噛むごとに素朴な甘さが広がり、時折青い香りが鼻を抜けた。

「……どう、でしょうか……?」

「……」

 無言で目を閉じたユリウスに、彼女は緊張気味に声をかけた。

 やがて瞳を開けた彼は、彼女に向き直る。紫電の瞳が鋭く光った。

「……一つ聞く。このレシピをどこで?」

「しょ、書室で偶然発見して……勝手ながら拝見させていただきました。ハイベルクの領地の一部で作られていたものと似ていたので、今回はそちらのレシピを参考にしております」

「……」

 思わず縮み上がりそうになりながらも、ユリウスの見定める様な視線を一身に受け止める。

 しばらく無言の時が流れたが、先に視線を逸らしたのはユリウスだった。

「……これ、だ」

「あの……」

「母の粥だ。似てる、ではなく、そのものだろう」

 ぽつりと呟いたユリウスは懐かしさから目を細めた。

 その愛でる様な泣きそうな表情に、リーゼロッテは思わず見惚れた。

(何度やっても再現できなかったものを、ここに来て間もないご令嬢がな……しかもご丁寧にあのレシピノートまで発掘するとは……)

 レシピノートを書架の上に置いたのは他でもないユリウスだ。

 読もうと手に取るが、母の優しく柔らかい文字を見るとどうしてもページをめくれない。

 いつしか彼は、辛い記憶を押し込めるように誰にも見つからないであろう書架の上に載せた。

 それをリーゼロッテが発見し、いとも簡単に再現するとは想像もしていなかった。

(まいったな……)

 予想と違う、むしろ予想を遥かに上回ってくれる、と、ユリウスは驚きと同時にどこかむず痒く、暖かい気持ちがせり上がってくるのを感じた。

 ユリウスに少しずつ流し込むように食べさせている間、リーゼロッテはずっと考えていた。

(もしかしたら……書室で見たお母様は、レシピに書いてない最後の部分を伝えようとしていたのかもしれないわ)

 貴婦人を包む金の光が若干気になったが、魂だけの存在は光るのかもしれない。彼女は自分をそう納得させた。

 彼女はユリウスの穏やかな表情を見つめながら、今度書室を掃除するときは彼の母が好きだった花を飾ろう、と密かに決めたのだった。
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