悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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2章.妹君と少年伯は互いを知る

36.妹君は戸惑う②

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「……こ、婚約者候補……? いいえ、そんなことは……ディートリンデ様からはなにも……!」

 目に見えて狼狽うろたえだしたダクマーを冷ややかに見ていたユリウスは口を開く。

「……さっきから何を言っている。未婚の貴族令嬢が未婚の私の元に奉公に来ているのだ。婚約者候補であることは明らかだ。いくら没落寸前のカウフマン男爵のご令嬢といえど、奉公人がどういう存在か知らぬわけではあるまい」

 自分の身分が知られていると分かるや否や、ダクマーは悔しそうにぐ、と声を洩らした。

 その顔は怒りか戸惑いか、それとも羞恥か、湯気が出るほど真っ赤に染まっている。

 それを横目に、一旦彼はリーゼロッテを離すと、軍服の上着を脱ぎ、彼女に羽織らせた。

「あ、ありがとうございます……!?」

 彼女が礼を言い切るか言い切らないかというところで、再び彼女をしっかりと、腕の中に閉じ込めた。

「で、ですが、いくら婚約者候補といえどハイベルク家の内情を話すなど……! それにその者は……罪人ですよ!?」

 動揺して言葉を選ぶことも忘れたダクマーに、ユリウスは不愉快そうに眉頭を歪める。

「それがどうした痴れ者め」

 険のある低い声がホールに響き渡る。

「貴族の端くれならば知っているであろう。奉公人とは本来、婚約を予定する男女の情報開示のためにある。ハイベルク家はただでさえ聖女迫害の罪状を突きつけられている状況だ。私がリーゼロッテに関する全ての情報開示を求めるのは当たり前のことだろう」

 吐き捨てるように言うと、彼はリーゼロッテを抱く力を少し強めた。

「……それに私は、彼女が罪人であるはずがないと確信している。むしろ自らの主人を罪人などとのたまう貴様の方が信用ならない。尚更同席する理由ができた」

 彼女の心臓は早鐘を打ち、激しく暴れ回る。

 もはや何を中心に驚き、困惑し、ハラハラすればいいのか分からない。

 あの取り繕うのが得意なダクマーが、ユリウスの弁に手も足も出ないことが霞むほどの衝撃的なことばかりが起こっている。

 彼が言うことは正論ではあるが、それは正しい意味での奉公人であればこそだ。

 追放者であるリーゼロッテが婚約者候補、ましてや婚約などあり得ない──彼女もダクマーも、いやハイベルク家全員がそう思っていたのだが、追放先の辺境伯が違うと言う。

 ダクマーは混乱し、目を白黒させていた。

 もしここで、正直に「リーゼロッテを脅していた」と言ってしまえばその場で物理的に首が飛ぶ。

 厳しい戦場を潜り抜けた歴戦の軍神で、国一番の偏屈という噂の彼が、本当に彼女と婚約しようと思っているなら、たかが没落貴族が使用人に生ませた娘など問答無用で斬り捨てるだろう。

 しかし聖女迫害の疑いをかけられた者と好き好んで婚約するような輩がいるだろうか。

 辺境伯の地位は高い。

 この国では侯爵家にも匹敵し、特に功績の多いユリウスは公爵家とも引けを取らないとも噂される。

 数々の噂も謎多き彼への畏怖の念があればこそだ。

 そんな人物が罪人と婚約など、自らの地位を捨てるようなことをするとは思えない。

 かと言って、その場で適当な嘘を取り繕っても見逃してくれそうなほど、生優しい男にも見えなかった。

 とんでもない男に気に入られている……、とダクマーは段々、リーゼロッテの底知れぬ人間性に恐怖心を持ち始めていた。

 一方、そんな感想を持たれているとは思っていないリーゼロッテは、必死にユリウスの言動の理由を考えていた。

(もしかして……ユリウス様は私を助けてくださろうと嘘を……?)

 彼の顔を見上げると、その意思の強そうな顎のラインが目に入る。

 中性的な顔立ちだが、逞しい腕に否が応でも男性だと認識せざるを得ない。

 今更ながら、リーゼロッテは恥ずかしくなり、頬を紅潮させた。

「……姉上様からの贈り物の件です。辺境伯のお手を煩わせるほどの大した話ではございません」

 絞り出すような震え声に、ユリウスはやはり無表情で応じる。

「大した話ではないなら、私が立ち会っても大したことはないだろう。話せ」

 彼は頑として譲らない。

 ダクマーは唇を噛んだ。

 平静を装うことすらできない彼女はわなわなと震えている。汗はしたたり、頻繁に目を瞑っていた。

 彼女は今、様々な謀略を張り巡らそうとしているが、目の前の殺気立つ男がそうさせてくれない。

 やがて観念したように

「……こちらを姉上様が渡すようにと」

と、鞄から再び小箱を取り出した。

「そうか。なら早く渡せ」

「……は……?……いや、でも」

「それを渡すことが与えられた任務なら正しく遂行しろ。……それとも」

 ユリウスは一旦区切ると、声をさらに低く、語気を強めた。

「……何かそれ以外にあるのか。与えられた任務が」

 彼の眼光は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、それをまともに受けたダクマーは尻餅をつくほどに恐れおののいた。

「……ひっ……な、なんでもありませんっ。こちら……こちらを渡すだけです……っ」

 真っ青の顔の彼女は、リーゼロッテの元に這うように近寄り、小箱を手に握らせると、「も、申し訳、ございませんでした……っ失礼いたします……!」と転げるように去っていった。
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