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2章.妹君と少年伯は互いを知る
44.妹君は糸を引く①
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「奥の作業台を使わせていただくことは可能でしょうか?」
エーミールを呼び、そう聞いたリーゼロッテだが、まさか彼と裁縫をするとは思ってもいなかった。
対面に座るエーミールに目をやると、視線に気づいたのか彼はにっこりと微笑んだ。
「あの……ユリウス様は……」
「ユリウス様は他の商店にも顔を出してくるとおっしゃっていました。ゆっくり品を見るようにと仰せつかっております」
お嬢様が何か作ろうとしていることは黙っておりますのでご安心を、と彼は表情を全く変えずに付け加えた。
リーゼロッテは自分の腹の中を読まれているような気持ちになり頬を赤く染めた。
(う……エーミールさんはなんでもお見通しなのね)
余計な気を散らさないように、微かに首を振ると、再び手元に集中し始める。
そんな彼女の様子に、エーミールはくすりと笑うと、自身も手元を動かし始めた。
「……ユリウス様はお変わりになられましたね」
懐かしむような声に、ふとリーゼロッテは顔を上げた。
先ほどと変わらない笑みの中に、ほんの少しの寂しさを感じるのは、きっと手元から視線を一切上げないからだろう。
「ああ、これは私めの独り言でございますので、聞き流していただいて結構ですが」
そう言うと、裁断ハサミで布地を切っていく。白い布が二つに断たれた。
「……戦争からお帰りになられたユリウス様はそれはもう、刺々しいという言葉では足りないくらい鋭利な刀身のようでございました。美しく、鋭く、そして冷酷……私に武の心得はございませんが、殺気というのはああいうものかと思わず感心してしまうほどでした」
「……」
「お嬢様はユリウス様よりお若いのでご存じないかと思われますが、先の戦争の発端となった出来事がございました……先代辺境伯ご夫妻が、かの国への道中、馬車ごと橋から落ちてしまわれたのです」
「……!」
リーゼロッテは息を呑んだ。
事故で亡くなったとは知っていたが、まさかそれが戦争の発端だったとは思ってもみなかった。
彼の淀みなく布を断つ音だけが響く。
「ご夫妻は友好国の締結のため、一足先にかの国に入り、国王陛下をお迎えする予定でした。当時私は貿易商として同行しておりましたが、馬の調子が悪く本隊には遅れをとっていました。橋に差し掛かる手前で大きな地響きのような音を聞き、急いで橋に向かった時にはもう……橋は落ちてしまった後でした……」
「……」
「……後ほど橋を調べたら、一定以上の荷重がかかると縄が切れるように細工されていたそうです。その細工がかの国側にされていたことで友好国の取り付けは白紙に……ユリウス様は幼く、後見も立てないとのご判断から、一時このシュヴァルツシルトは王家の直轄領となりました」
当時後見に名乗り出てくださった貴族もいたようですが、とエーミールはハサミを置きながら付け加えた。
リーゼロッテは黙って聞いていたが、その理由がわかる気がした。
『直感』で誰かの何かが見えてしまったのかもしれない。
辺境を謀略に利用される、と考えた彼が王家に領地返上したと今なら想像がついた。
「それから両国の関係は一気に悪化し、戦争が始まり……そこから先はお嬢様もご存知かと思います」
彼女は僅かに頷いた。
それは終始一方的な展開だった。
この国から開戦宣言がなされ、軍事力を総動員し隣国を蹂躙した。
隣国も前々から準備はしていただろうが、この国に比べれば弱小国な上、戦争の原因を作ったとして助けてくれる同盟国も現れなかったらしい。
今では隣国は属国扱いだが、反乱分子も多いと聞く。
故に、長く辺境を治めた一族であり、戦争の発端ともなった事件の孤児であり、戦争の功労者でもあるユリウスの存在が、隣国への圧力となり得るのだ。
「……ユリウス様はずっと塞いでいらっしゃいました。綺麗な紺の御髪は戦争の影響か色が抜けて白くなり、市民とも交流されることを避けているのか馬車から外を眺めるだけ。あの屈託ない笑顔はもう見られないのかと思っておりましたが……」
エーミールは手元を止め顔を上げた。
話の流れに反して優しそうな微笑みに、リーゼロッテは首を傾ける。
「……馬車から降りられ、あの頃のような笑顔に戻られているのも、お嬢様のおかげでしょう。僭越ながら市民を代表してお礼申し上げます。ありがとうございます」
恭しく頭を下げる彼に、リーゼロッテは慌てた。
「そんな、私などなにもしておりません。ユリウス様は最初から優しく、穏やかでいらっしゃいました……から……その、私の方こそユリウス様に助けていただいてばかりでして……」
慌てて釈明する様子を謙遜だと受け取ったのか、彼の笑みはさらに深くなる。
(なんだかすごく勘違いされているような……)
実際何もしていないと彼女は思っていた。
ユリウスが今回馬車を降りて市民と話そうと思ったのは、彼の魔法が解けたからだ──彼女はそう認識していた。
しかし誤解を解こうにも話してはいけない部分が多すぎて、なんと言っていいかわからない。
「さ、ユリウス様がお帰りになられる前に、仕上げてしまわなければなりませんね」
リーゼロッテがまごまごしている様子に目を細めた彼は、手をひとつ叩いた。
エーミールを呼び、そう聞いたリーゼロッテだが、まさか彼と裁縫をするとは思ってもいなかった。
対面に座るエーミールに目をやると、視線に気づいたのか彼はにっこりと微笑んだ。
「あの……ユリウス様は……」
「ユリウス様は他の商店にも顔を出してくるとおっしゃっていました。ゆっくり品を見るようにと仰せつかっております」
お嬢様が何か作ろうとしていることは黙っておりますのでご安心を、と彼は表情を全く変えずに付け加えた。
リーゼロッテは自分の腹の中を読まれているような気持ちになり頬を赤く染めた。
(う……エーミールさんはなんでもお見通しなのね)
余計な気を散らさないように、微かに首を振ると、再び手元に集中し始める。
そんな彼女の様子に、エーミールはくすりと笑うと、自身も手元を動かし始めた。
「……ユリウス様はお変わりになられましたね」
懐かしむような声に、ふとリーゼロッテは顔を上げた。
先ほどと変わらない笑みの中に、ほんの少しの寂しさを感じるのは、きっと手元から視線を一切上げないからだろう。
「ああ、これは私めの独り言でございますので、聞き流していただいて結構ですが」
そう言うと、裁断ハサミで布地を切っていく。白い布が二つに断たれた。
「……戦争からお帰りになられたユリウス様はそれはもう、刺々しいという言葉では足りないくらい鋭利な刀身のようでございました。美しく、鋭く、そして冷酷……私に武の心得はございませんが、殺気というのはああいうものかと思わず感心してしまうほどでした」
「……」
「お嬢様はユリウス様よりお若いのでご存じないかと思われますが、先の戦争の発端となった出来事がございました……先代辺境伯ご夫妻が、かの国への道中、馬車ごと橋から落ちてしまわれたのです」
「……!」
リーゼロッテは息を呑んだ。
事故で亡くなったとは知っていたが、まさかそれが戦争の発端だったとは思ってもみなかった。
彼の淀みなく布を断つ音だけが響く。
「ご夫妻は友好国の締結のため、一足先にかの国に入り、国王陛下をお迎えする予定でした。当時私は貿易商として同行しておりましたが、馬の調子が悪く本隊には遅れをとっていました。橋に差し掛かる手前で大きな地響きのような音を聞き、急いで橋に向かった時にはもう……橋は落ちてしまった後でした……」
「……」
「……後ほど橋を調べたら、一定以上の荷重がかかると縄が切れるように細工されていたそうです。その細工がかの国側にされていたことで友好国の取り付けは白紙に……ユリウス様は幼く、後見も立てないとのご判断から、一時このシュヴァルツシルトは王家の直轄領となりました」
当時後見に名乗り出てくださった貴族もいたようですが、とエーミールはハサミを置きながら付け加えた。
リーゼロッテは黙って聞いていたが、その理由がわかる気がした。
『直感』で誰かの何かが見えてしまったのかもしれない。
辺境を謀略に利用される、と考えた彼が王家に領地返上したと今なら想像がついた。
「それから両国の関係は一気に悪化し、戦争が始まり……そこから先はお嬢様もご存知かと思います」
彼女は僅かに頷いた。
それは終始一方的な展開だった。
この国から開戦宣言がなされ、軍事力を総動員し隣国を蹂躙した。
隣国も前々から準備はしていただろうが、この国に比べれば弱小国な上、戦争の原因を作ったとして助けてくれる同盟国も現れなかったらしい。
今では隣国は属国扱いだが、反乱分子も多いと聞く。
故に、長く辺境を治めた一族であり、戦争の発端ともなった事件の孤児であり、戦争の功労者でもあるユリウスの存在が、隣国への圧力となり得るのだ。
「……ユリウス様はずっと塞いでいらっしゃいました。綺麗な紺の御髪は戦争の影響か色が抜けて白くなり、市民とも交流されることを避けているのか馬車から外を眺めるだけ。あの屈託ない笑顔はもう見られないのかと思っておりましたが……」
エーミールは手元を止め顔を上げた。
話の流れに反して優しそうな微笑みに、リーゼロッテは首を傾ける。
「……馬車から降りられ、あの頃のような笑顔に戻られているのも、お嬢様のおかげでしょう。僭越ながら市民を代表してお礼申し上げます。ありがとうございます」
恭しく頭を下げる彼に、リーゼロッテは慌てた。
「そんな、私などなにもしておりません。ユリウス様は最初から優しく、穏やかでいらっしゃいました……から……その、私の方こそユリウス様に助けていただいてばかりでして……」
慌てて釈明する様子を謙遜だと受け取ったのか、彼の笑みはさらに深くなる。
(なんだかすごく勘違いされているような……)
実際何もしていないと彼女は思っていた。
ユリウスが今回馬車を降りて市民と話そうと思ったのは、彼の魔法が解けたからだ──彼女はそう認識していた。
しかし誤解を解こうにも話してはいけない部分が多すぎて、なんと言っていいかわからない。
「さ、ユリウス様がお帰りになられる前に、仕上げてしまわなければなりませんね」
リーゼロッテがまごまごしている様子に目を細めた彼は、手をひとつ叩いた。
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