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2章.妹君と少年伯は互いを知る

43.妹君は思いつく②

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 リーゼロッテが店の奥で糸を選んでいる頃、ユリウスはアクセサリーの棚を見ていた。

 といっても、入口から真正面にその棚があったからで特に深い意味はない。時間潰しに丁度いいとさえ考えていたのだが──。

(ん……?)

 棚の端に控えめに置かれた商品が目に入る。

 花の形に整えられた輝石をあしらった髪飾りだ。

 その意匠は繊細で、輝石は深海のように深く、緑が少し入ったような複雑な青だった。

(……リーゼの瞳の色に似ているな……)

 市内の光景を物珍しい様子で見る彼女を想い、無意識に頬が緩む。

「……そちらのバレッタをお気に召されましたか?」

 いつの間に戻ってきていたのか、背後に店主が人の良い笑顔を浮かべていた。

「そちらの品は西の舶来の品にございます」

「……あちらの職人はいい仕事をするな」

「ええ。お嬢様の美しい髪によくお似合いになられましょう」

 答えに詰まり、にこにこと微笑む店主を見た。

 言葉通りで、他意はない──まるでそう言わんばかりの完璧な笑顔だ。

 自分の考えを見透かされているように思ったユリウスは、バレッタを手に取るとため息をついた。

「……エーミールには負ける。さすが毎日異国人を相手にしてるだけあるな」

「お褒めに預かり光栄でございます」

 観念したようにバレッタをエーミールに手渡す。彼の変わらぬ笑みにユリウスは肩をすくめた。

「……こうして坊っちゃまとお話しするのも久しぶりでございますね。ここ数年は坊っちゃまは馬車の中の深窓の令嬢ともたとえられておりましたし」

「坊っちゃまはやめてくれ。もうそんな歳じゃない。それに深窓の令嬢とはなんだ」

「そうでしたね。深窓の令息でございますね」

 くすくすと笑う彼に、さらに脱力した。

「……ところでエーミール。最近この辺りで亜人は見たか?」

「亜人……でございますか……」

 エーミールは口元に拳を当て、考えるそぶりをした。

「見た、といえる者はユリウス様のところの御者くらいでございますね。馬車を御する彼のおかげで亜人に対する拒否感は薄れてきていますが、市内ではまだまだ亜人の姿は見られないかと」

 彼の言葉に今度はユリウスが考え込んだ。

 ユリウスは亜人失踪について調べていた。

 騎士団の増員も見込めない今、国境警備や亜人集落警備で手一杯の彼らと比べ、動けるのは彼しかいない。

 失踪するにしても誘拐されるにしても、交通の要所でもある市内や街道を通るはずだ。

 それが全くないというのも不思議な話だった。

「……亜人、といえば」

 エーミール思い出したかのような声を上げた。が、すぐさま口を閉じると難しい顔を作る。

「なんだ」

「いえ……その、こんなことを言うと怒られてしまいそうですが」

 前置きから一息つくと、一段声を落とした。

「……ユリウス様は最近出来た商会をご存知ですか?」

「ああ、ベトルーガ商会か……確かリデル家が隣国との貿易の足掛かりにしたいと書簡を送ってきたな」

 リデル伯爵から書簡が届いたのは丁度、リーゼロッテが来る前だ。

 リデル家のみならず、商人から貴族に成り上がった者は多い。

 彼らは爵位は持つが、領地を持たない。領地からの収入がない分、商いを続ける必要がある。

 そのため、貿易の要所とされる国内のいくつかの都市に商会という名の拠点を持つのが彼らのやり方であった。

「そのベトルーガ商会ですが……表向きは毛皮を取り扱っている商会なのですが、その取扱量が少ない上に品質もまばらでとても良いものとは思えないのです」

「……変、だな。あちらの国は毛皮の需要もあるが、国内で賄っていたはずだ」

 二人の男は首を傾げた。

 リデル伯爵は殊更やり手とは言いにくい商人だと聞くが、それにしても少々おかしい。

(しかし流石にいきなり立ち入り検査などは出来ない……)

「……わかった。少し寄ってみることにする」

「お気をつけて」

「ああ、それよりも……」

「あのっ」

 二人が振り向けば、奥の棚から顔を出したリーゼロッテがそこにいた。

「どうされましたか?」

「あの……店主様ちょっとその……」

 遠慮がちに手招きする彼女の姿に、エーミールは「本当に、可愛らしいお嬢様でございますね」とユリウスにだけ聞こえるように囁いた。
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