悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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3章.妹君と少年伯は通じ合う

64.料理人は歯痒い②

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 集落についたユリウスたちは丁寧に見回ったが、結局人影ひとつ見当たらなかった。

(ザシャの話からして、失踪の線は薄い……やはり誘拐か……しかし)

 集落中の家という家をくまなく調査したが、荒らされた形跡はない。

 むしろつい昨日までそこで誰かが生活していたように、テーブルには食べかけの食事や読みかけの本が置き去りにされていた。

 亜人だけがすっかり居なくなっている。

 一言で誘拐とも言い切れない状況に、見習い騎士たちからの報告を一通り受けたユリウスの表情は険しいものになっていった。

 もう一つ、懸念材料がある。ザシャだ。

 言葉少なく項垂うなだれたザシャは、集落の入り口から動かない。

 集落に到着してから、彼は集落内で見習い騎士たちと一緒に住民を探していた。

 しかし、ついに一人も見つからないと知ると広場で呆然と立ち尽くしていた。

 あまりに憔悴していたため、見習い騎士に抱えられてここまで連れてこられたくらいだった。

 見習い騎士たちが捜索している間、彼に声をかけたが、

「ユリウス様……甘い匂い、しませんか……?」

と脈絡もない一言を返されただけだ。

 もちろん甘い匂いなど感じられず、ただ前日に降った雨とそれに打たれた草木の萌える強烈な匂いしか感じられなかった。

(連れて来たのは失敗だったか……いや……もしかしたら)

 ユリウスは彼から視線を外すと「先に屋敷に戻れ」と見習い騎士たちに命じた。

 ぞろぞろと、どこか力なく集落から離れる彼らの中で、アンゼルムはユリウスを睨んでいた。

「ザシャも戻るぞ」

「………ユリウス様は……いいんですか」

 ぽつりと呟いたザシャの言葉に、ユリウスは微かに眉をひそめた。

 ザシャがふらりと立ち上がる。

 俯いた姿勢からは彼の表情は見れないが、少なくとも声色からいい感情は持たれていないことだけは分かる。

「何がだ」

「あいつ……リーゼロッテのことですよ。いいんですか、あんなよく分からない男に任せて」

(よく分からない男……テオのことか)

 言い得て妙だな、とユリウスは内心苦笑した。

 確かにテオは掴みどころがない。

 が、実力はユリウスと並ぶほどの力を持っている。

 この件が失踪か誘拐か分からない今、屋敷を任せるとしたら彼しかいない。

 リーゼロッテに関して不審なことを言ってはいたが、彼女に嫌われてまで行動を起こすような馬鹿な男ではない──今のところは。

「……あの男は信用できる。少なくとも弱った女性に無理強いなどしない」

「だからって……!」

 ザシャは怒りで歪められた顔を上げ、声を荒げた。

「私は領主だ。この地の民のためにいる」

 冷静に言い切ったユリウスはザシャから顔を背けた。

 その横顔が白く、冷たく感じたザシャは小さく舌打ちした。

 先ほどからザシャから怒りを向けられているのは分かる。

 しかし、ユリウスにはその怒りの根本が何なのかいまいち把握しきれない。

 最初は集落を守れなかった悲しみか、と思っていたが、そうでもなさそうな彼の様子にユリウスは怪訝そうに見つめた。

「ザシャ……大丈夫か?」

「……ユリウス様……私を……いや、オレをあの屋敷から追い出してくれ」

 吐き捨てるような言葉に、ユリウスは一瞬言葉を失った。

「……何を言っている」

「……あんたはあいつを見ないフリしてるし、あいつは……オレの事なんか見ない……! わかってんだよそんなこと!!」

 腹の内から吐き出すような叫びが集落に響く。

 自分の胸を掻きむしるように掴むと、ザシャはその場に膝をついた。

「何を言っているのか分からんが……」

「本気で言ってんのか? すっとぼけんな! なんで、今更……!」

「私は使用人に不遜な態度を取られたくらいで解雇するような人間ではない。わざとそんな態度を取ったところでザシャを解雇などしない」

 彼の毅然とした態度に、ザシャはほぞを噛んだ。

 まるでお前の考えなどお見通しだ、と言わんばかりの紫電の瞳が苛立たしい。

(なんでオレの考えは分かって、あいつの気持ちは分かんねぇフリしてんだよ……!)

 ギリ、と歯噛みする音が頭に響く。

「……オレが……あいつを……リーゼロッテを食いたいと思ってたとしてもか……?」

 俯いたザシャにも届くほどの、息を呑む音が聞こえた。

「……いつからだ」

 極力冷静に声を低くしたユリウスだったが、握り締めた拳が熱く震えた。

「……昨日の夜、飯作ってる時。ロルフが来なきゃ噛み付いてた」

 ザシャの呟きに、ユリウスは天を仰いだ。

(……顔色が悪かったのはそのせいか……)

 もしロルフに呼びにいかせなかったら彼女は──。

 最悪を想像し、ユリウスは苦々しい表情でザシャを見つめた。

「オレの言ってる意味……あんたなら分かってるよな。だから早く言ってくれ。出て行けって」

 膝立ちの彼の胸ぐらをユリウスは乱暴に掴み上げた。

 二人の怒気を孕んだ視線が絡み合う。

 お互い何も言わない。言えない。そんな長い沈黙が続いた。

「…………チッ……」

 先に視線を外したのはザシャだった。

 ユリウスの手をぞんざいに振り解くと、彼は集落の中に消えていった。

「追わなくてよろしいのですか?」

 木に寄り掛かったアンゼルムが、ユリウスに声をかけた。

 その声色はどこか蔑むような声だ。

「……いい。余計な詮索はするな」

 そう吐き捨てると、ユリウスは屋敷に着くまで一度も後ろを振り返らなかった。
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