65 / 231
3章.妹君と少年伯は通じ合う
64.料理人は歯痒い②
しおりを挟む
集落についたユリウスたちは丁寧に見回ったが、結局人影ひとつ見当たらなかった。
(ザシャの話からして、失踪の線は薄い……やはり誘拐か……しかし)
集落中の家という家をくまなく調査したが、荒らされた形跡はない。
むしろつい昨日までそこで誰かが生活していたように、テーブルには食べかけの食事や読みかけの本が置き去りにされていた。
亜人だけがすっかり居なくなっている。
一言で誘拐とも言い切れない状況に、見習い騎士たちからの報告を一通り受けたユリウスの表情は険しいものになっていった。
もう一つ、懸念材料がある。ザシャだ。
言葉少なく項垂れたザシャは、集落の入り口から動かない。
集落に到着してから、彼は集落内で見習い騎士たちと一緒に住民を探していた。
しかし、ついに一人も見つからないと知ると広場で呆然と立ち尽くしていた。
あまりに憔悴していたため、見習い騎士に抱えられてここまで連れてこられたくらいだった。
見習い騎士たちが捜索している間、彼に声をかけたが、
「ユリウス様……甘い匂い、しませんか……?」
と脈絡もない一言を返されただけだ。
もちろん甘い匂いなど感じられず、ただ前日に降った雨とそれに打たれた草木の萌える強烈な匂いしか感じられなかった。
(連れて来たのは失敗だったか……いや……もしかしたら)
ユリウスは彼から視線を外すと「先に屋敷に戻れ」と見習い騎士たちに命じた。
ぞろぞろと、どこか力なく集落から離れる彼らの中で、アンゼルムはユリウスを睨んでいた。
「ザシャも戻るぞ」
「………ユリウス様は……いいんですか」
ぽつりと呟いたザシャの言葉に、ユリウスは微かに眉をひそめた。
ザシャがふらりと立ち上がる。
俯いた姿勢からは彼の表情は見れないが、少なくとも声色からいい感情は持たれていないことだけは分かる。
「何がだ」
「あいつ……リーゼロッテのことですよ。いいんですか、あんなよく分からない男に任せて」
(よく分からない男……テオのことか)
言い得て妙だな、とユリウスは内心苦笑した。
確かにテオは掴みどころがない。
が、実力はユリウスと並ぶほどの力を持っている。
この件が失踪か誘拐か分からない今、屋敷を任せるとしたら彼しかいない。
リーゼロッテに関して不審なことを言ってはいたが、彼女に嫌われてまで行動を起こすような馬鹿な男ではない──今のところは。
「……あの男は信用できる。少なくとも弱った女性に無理強いなどしない」
「だからって……!」
ザシャは怒りで歪められた顔を上げ、声を荒げた。
「私は領主だ。この地の民のためにいる」
冷静に言い切ったユリウスはザシャから顔を背けた。
その横顔が白く、冷たく感じたザシャは小さく舌打ちした。
先ほどからザシャから怒りを向けられているのは分かる。
しかし、ユリウスにはその怒りの根本が何なのかいまいち把握しきれない。
最初は集落を守れなかった悲しみか、と思っていたが、そうでもなさそうな彼の様子にユリウスは怪訝そうに見つめた。
「ザシャ……大丈夫か?」
「……ユリウス様……私を……いや、オレをあの屋敷から追い出してくれ」
吐き捨てるような言葉に、ユリウスは一瞬言葉を失った。
「……何を言っている」
「……あんたはあいつを見ないフリしてるし、あいつは……オレの事なんか見ない……! わかってんだよそんなこと!!」
腹の内から吐き出すような叫びが集落に響く。
自分の胸を掻き毟るように掴むと、ザシャはその場に膝をついた。
「何を言っているのか分からんが……」
「本気で言ってんのか? すっとぼけんな! なんで、今更……!」
「私は使用人に不遜な態度を取られたくらいで解雇するような人間ではない。わざとそんな態度を取ったところでザシャを解雇などしない」
彼の毅然とした態度に、ザシャはほぞを噛んだ。
まるでお前の考えなどお見通しだ、と言わんばかりの紫電の瞳が苛立たしい。
(なんでオレの考えは分かって、あいつの気持ちは分かんねぇフリしてんだよ……!)
ギリ、と歯噛みする音が頭に響く。
「……オレが……あいつを……リーゼロッテを食いたいと思ってたとしてもか……?」
俯いたザシャにも届くほどの、息を呑む音が聞こえた。
「……いつからだ」
極力冷静に声を低くしたユリウスだったが、握り締めた拳が熱く震えた。
「……昨日の夜、飯作ってる時。ロルフが来なきゃ噛み付いてた」
ザシャの呟きに、ユリウスは天を仰いだ。
(……顔色が悪かったのはそのせいか……)
もしロルフに呼びにいかせなかったら彼女は──。
最悪を想像し、ユリウスは苦々しい表情でザシャを見つめた。
「オレの言ってる意味……あんたなら分かってるよな。だから早く言ってくれ。出て行けって」
膝立ちの彼の胸ぐらをユリウスは乱暴に掴み上げた。
二人の怒気を孕んだ視線が絡み合う。
お互い何も言わない。言えない。そんな長い沈黙が続いた。
「…………チッ……」
先に視線を外したのはザシャだった。
ユリウスの手をぞんざいに振り解くと、彼は集落の中に消えていった。
「追わなくてよろしいのですか?」
木に寄り掛かったアンゼルムが、ユリウスに声をかけた。
その声色はどこか蔑むような声だ。
「……いい。余計な詮索はするな」
そう吐き捨てると、ユリウスは屋敷に着くまで一度も後ろを振り返らなかった。
(ザシャの話からして、失踪の線は薄い……やはり誘拐か……しかし)
集落中の家という家をくまなく調査したが、荒らされた形跡はない。
むしろつい昨日までそこで誰かが生活していたように、テーブルには食べかけの食事や読みかけの本が置き去りにされていた。
亜人だけがすっかり居なくなっている。
一言で誘拐とも言い切れない状況に、見習い騎士たちからの報告を一通り受けたユリウスの表情は険しいものになっていった。
もう一つ、懸念材料がある。ザシャだ。
言葉少なく項垂れたザシャは、集落の入り口から動かない。
集落に到着してから、彼は集落内で見習い騎士たちと一緒に住民を探していた。
しかし、ついに一人も見つからないと知ると広場で呆然と立ち尽くしていた。
あまりに憔悴していたため、見習い騎士に抱えられてここまで連れてこられたくらいだった。
見習い騎士たちが捜索している間、彼に声をかけたが、
「ユリウス様……甘い匂い、しませんか……?」
と脈絡もない一言を返されただけだ。
もちろん甘い匂いなど感じられず、ただ前日に降った雨とそれに打たれた草木の萌える強烈な匂いしか感じられなかった。
(連れて来たのは失敗だったか……いや……もしかしたら)
ユリウスは彼から視線を外すと「先に屋敷に戻れ」と見習い騎士たちに命じた。
ぞろぞろと、どこか力なく集落から離れる彼らの中で、アンゼルムはユリウスを睨んでいた。
「ザシャも戻るぞ」
「………ユリウス様は……いいんですか」
ぽつりと呟いたザシャの言葉に、ユリウスは微かに眉をひそめた。
ザシャがふらりと立ち上がる。
俯いた姿勢からは彼の表情は見れないが、少なくとも声色からいい感情は持たれていないことだけは分かる。
「何がだ」
「あいつ……リーゼロッテのことですよ。いいんですか、あんなよく分からない男に任せて」
(よく分からない男……テオのことか)
言い得て妙だな、とユリウスは内心苦笑した。
確かにテオは掴みどころがない。
が、実力はユリウスと並ぶほどの力を持っている。
この件が失踪か誘拐か分からない今、屋敷を任せるとしたら彼しかいない。
リーゼロッテに関して不審なことを言ってはいたが、彼女に嫌われてまで行動を起こすような馬鹿な男ではない──今のところは。
「……あの男は信用できる。少なくとも弱った女性に無理強いなどしない」
「だからって……!」
ザシャは怒りで歪められた顔を上げ、声を荒げた。
「私は領主だ。この地の民のためにいる」
冷静に言い切ったユリウスはザシャから顔を背けた。
その横顔が白く、冷たく感じたザシャは小さく舌打ちした。
先ほどからザシャから怒りを向けられているのは分かる。
しかし、ユリウスにはその怒りの根本が何なのかいまいち把握しきれない。
最初は集落を守れなかった悲しみか、と思っていたが、そうでもなさそうな彼の様子にユリウスは怪訝そうに見つめた。
「ザシャ……大丈夫か?」
「……ユリウス様……私を……いや、オレをあの屋敷から追い出してくれ」
吐き捨てるような言葉に、ユリウスは一瞬言葉を失った。
「……何を言っている」
「……あんたはあいつを見ないフリしてるし、あいつは……オレの事なんか見ない……! わかってんだよそんなこと!!」
腹の内から吐き出すような叫びが集落に響く。
自分の胸を掻き毟るように掴むと、ザシャはその場に膝をついた。
「何を言っているのか分からんが……」
「本気で言ってんのか? すっとぼけんな! なんで、今更……!」
「私は使用人に不遜な態度を取られたくらいで解雇するような人間ではない。わざとそんな態度を取ったところでザシャを解雇などしない」
彼の毅然とした態度に、ザシャはほぞを噛んだ。
まるでお前の考えなどお見通しだ、と言わんばかりの紫電の瞳が苛立たしい。
(なんでオレの考えは分かって、あいつの気持ちは分かんねぇフリしてんだよ……!)
ギリ、と歯噛みする音が頭に響く。
「……オレが……あいつを……リーゼロッテを食いたいと思ってたとしてもか……?」
俯いたザシャにも届くほどの、息を呑む音が聞こえた。
「……いつからだ」
極力冷静に声を低くしたユリウスだったが、握り締めた拳が熱く震えた。
「……昨日の夜、飯作ってる時。ロルフが来なきゃ噛み付いてた」
ザシャの呟きに、ユリウスは天を仰いだ。
(……顔色が悪かったのはそのせいか……)
もしロルフに呼びにいかせなかったら彼女は──。
最悪を想像し、ユリウスは苦々しい表情でザシャを見つめた。
「オレの言ってる意味……あんたなら分かってるよな。だから早く言ってくれ。出て行けって」
膝立ちの彼の胸ぐらをユリウスは乱暴に掴み上げた。
二人の怒気を孕んだ視線が絡み合う。
お互い何も言わない。言えない。そんな長い沈黙が続いた。
「…………チッ……」
先に視線を外したのはザシャだった。
ユリウスの手をぞんざいに振り解くと、彼は集落の中に消えていった。
「追わなくてよろしいのですか?」
木に寄り掛かったアンゼルムが、ユリウスに声をかけた。
その声色はどこか蔑むような声だ。
「……いい。余計な詮索はするな」
そう吐き捨てると、ユリウスは屋敷に着くまで一度も後ろを振り返らなかった。
1
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる