悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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3章.妹君と少年伯は通じ合う

63.料理人は歯痒い①

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「一番近くの大規模集落って…………!」

 誰も止める間も無く、ザシャは跳ぶようにかけると見習い騎士に食ってかかった。

「お、おい君……!」

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 隊長が慌てて止めるが振り解かれる。

 見習い騎士の胸ぐらを掴んだザシャは、必死の形相で彼を揺らした。

「一番近くの大規模集落って街道沿いのあの集落か!?」

「そ、……そうだ。さっき見回りついでに集落内も見ておこうと中に入ったら……人の気配が全くなかったんだ……」

 あまりの剣幕に戸惑う見習い騎士を、なおも噛みつく勢いで言い連ねる。

「なんかの間違いだろ? オレは昨日、あの集落で知り合いと会話したんだよ。あの集落が気に入ってるって言ってたんだ!」

「ザシャ」

 ユリウスが彼の肩をしっかりと掴んだ。

「……落ち着け」

 鋭い瞳を向けるザシャを冷静な表情で受け止めると、ユリウスは方々に指示を出し始めた。

「ひとまず、状況確認をしたい。ザシャは同行しろ。話は道中聞く。そこの、馬を用意してくれ」

「御意!」

 慌ただしく散開する見習い騎士たちの中で、半ば呆然としていたリーゼロッテの視界がぐにゃり、と歪む。

(あ……また……)

 全身から急激に力が抜けたように、彼女は後ろに向かって昏倒した。

 意識を手放す直前、ユリウスが珍しく慌てた表情で駆け寄ってくるのが見えた気がした。










 もう何度目だろうか。

 僅かな物音に目を開けると、シミひとつない白塗りの天井が目に入った。

 いつもの自室の天井だ。

「気がついた?」

 少し高めの、聞き覚えのある声がかけられる。

 声の方に顔を向けると本をぱたり、と閉じたテオが微笑んでいた。

「テオ……様……?」

「あ、いいって。まだ起きちゃダメだ。倒れたんだから」

 身を起こそうとした彼女に、テオは身振り手振りで制した。

 リーゼロッテは倒れる前の微かな記憶を掘り起こす。

 確か玄関ホールで近くの集落の亜人がいないと騒ぎになっていたが、そこから先はうろ覚えだ。

 しかし緊迫した雰囲気で、人が集まっていたことだけは分かる。

 あの騒ぎの中で更にリーゼロッテが倒れたとなると、すぐにでも出発したかったであろうユリウスに多大な迷惑をかけたのではないだろうか。

(なんてことを……)

 リーゼロッテは上掛けに顔を埋めた。

「あの、ユリウス様は……」

「彼なら今頃集落についてる頃かな。僕らはお留守番」

 一瞬考えるそぶりを見せたテオは、軽くウィンクした。

 テオのおどけた表情に思わず笑みが溢れるも、反面出かけてしまったのかと寂しい気持ちもある。

(駆け寄ってくださったのも……夢……だったのかも……)

 一瞬落ち込みかけたが、すぐに首を振った。

 彼は辺境伯だ。

 辺境伯として仕事をまっとうするのは当たり前のことである。

「でもどうして……」

「僕がここにいるのかって顔だね」

 したり顔で頷いた彼は続けた。

「見習い騎士の派遣が決まっちゃったからね。僕はユリウスの補佐役としてこの件に関わる。途中で子供の姿になられても困るからね。しばらくこの屋敷にも逗留させてもらうつもりだよ」

「そう……ですか……」

 あっけらかんと言い放つ彼に、リーゼロッテは曖昧に頷いた。

 軍属でもない彼女にはテオの実力がどの程度なのか分からないが、それでもユリウスが補佐と認める程には強いのだろう。

 少なくとも、留守を預ける程度には。

「喉が渇いたかい? と言っても、僕はユリウスみたいにお茶は淹れられないんだけどね」

 どこか楽しむような彼の気安い口調に、リーゼロッテは思わず疑問を口にする。

「どうして……ユリウス様がお茶を淹れられると……」

 その質問に、一瞬ぴたり、とテオが固まったように見えた。

(わ、私また何か聞いてはならないことを聞いてしまったのでは……)

 昨日失敗したばかりではないか、と彼女は自分の無神経さが嫌になる。

「あー…………実はご両親が亡くなってからうちの家で彼を預かってたんだよねー……彼と知り合ったのもその時でさ」

 珍しく言いにくそうに口ごもった彼に、リーゼロッテは小首を傾げた。

 そういえばユリウスも歯切れ悪く「許されれば話す」と言っていた。

(もしかしたらテオ様のお父様から口止めされている……? でもなんのために……?)

 諸々の疑問は浮かぶが、テオの家の当主がそれほど厳格な性格なのだとしたら、ユリウスがあまり口が固そうにない彼に秘密を教えたのも分かる気がする。

「ま、その話はいいとして。病人はもう少し寝てなさい、ってね?」

 話を切り上げられた──と彼女は感じたが、それでも寝不足の身体は睡魔には勝てない。

 テオが退室した後、再び瞳を閉じた彼女は安らかな寝息を立て始めた。

「……君はこの国……僕にとって大切な人間だからさ」

 人当たりの良い笑みを消したテオの呟きは、扉を隔てたリーゼロッテにはもう聞こえなかった。
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