71 / 231
3章.妹君と少年伯は通じ合う
70.お姉様は嘲笑される①
しおりを挟む
王太子フリッツは、遂にこの日が来てしまったかとため息をついた。
創環の儀──王族とその婚約者がお互いの魔力で指輪を作る、内々に行われる儀式だ。
その見届け人として宰相と聖女が同席することになっている。
マリーにあの女と共同で行う作業など見せたくはなかったが、それでも国王の崩御もいよいよ近くなり、宰相にも急かされている今、行わないわけにはいかなかった。
先に儀式が行われる王城地下に着いたフリッツは大きくため息をついた。
「フリッツ様、大丈夫ですか?」
聖女マリーが彼の顔を覗き込む。
ピンクゴールドのふわりとした巻き毛が揺れた。
彼は彼女の髪を撫でて口付けたい衝動に駆られたが、粛々とした表情で押さえ込んだ。
「大丈夫だよ、マリー。私の方こそごめん。こんなことに付き合わせてしまって」
「いいえ、フリッツ様が幸せになられること、マリーは嬉しく存じます」
ほう、とため息が漏れそうな笑みの彼女が彼には我慢して笑っているように見えた。
本来ならば自分を貶めようとした人間となど顔も合わせたくないだろう。
それでも過去の件を一旦腹の内に収めて来てくれたのだ。
そんな健気な彼女の愛情を感じたフリッツは熱い視線を彼女に送った。
「マリー……」
彼女に手を伸ばそうとしたその時。
「お待たせしてしまいましたか? フリッツ様、それと……マリー様」
扉が開き、高飛車な声が響き渡る。
その聞き覚えのある彼女の声に、フリッツは渋い表情を作った。
この不快な声は振り向かなくともわかる。
「……花のようだね、ディートリンデ」
「ありがとうございます、フリッツ様も素敵ですわ」
声の主──ディートリンデに声をかけると、彼女は笑顔を作り恭しく淑女の礼を返した。
彼女が身につけているのは簡素な白のワンピースドレスだ。まさに花嫁の色である。
フリッツもまたシンプルな白のタキシードに身を包んでいる。
これが式となると様々な装飾がなされ豪奢になるが、儀式ではこの様相と決められていた。
真っ白なドレスを着る彼女は本当に花のようだ、とフリッツは思った。
薄暗い地下の中で光ってすら見える。
何も知らない人からすると、目を引く美人の彼女は無垢で純粋な女性にしか見えないだろう。
そしてたちまち、時折妖艶な表情を見せる彼女の虜になるのだ。
しかし、彼の目には善良そうな顔をして獲物を罠にかけ食す禍々しい食虫花にしか見えない。
嘘は決して言っていないが、褒めてすらいない。
それを素直に褒め言葉と受け取るディートリンデのことを滑稽とすら感じている。
嬉しそうに微笑んでいた彼女は、はたとマリーに目を向けると一瞬冷たい目をした。
「……ですが、本来私のエスコートはフリッツ様ではなくて? 何故マリー様とお二人で先にいらっしゃったのかしら?」
「本来のエスコートは君の父君だ。それが体調が悪くどうしても来られないということだから宰相に頼んだまで。聖女は王族がエスコートする決まりだ」
将来王妃となる者なら知っているはずだが、という皮肉はあえて飲み込んだ。
マリーに聞かせたくなかったからだ。
たとえ一時でも、彼女にディートリンデと結婚するなどと思われたくない。
「……そうでしたわ。私とした事がうっかりしておりました。申し訳ございません」
しずしずと頭を下げたディートリンデは美しい。
美しいが、それはすべて計算し尽くした美しさだ。
マリーの心根から醸される美しさとは比較にならない。
無言で睨め付けるようにディートリンデをじっと見つめると、彼女は嘘くさい微笑みを浮かべた。
「そろそろ始めてもよろしいでしょうか」
おほん、とわざとらしい咳払いをした宰相が二人を祭壇へと促す。
「では……フリッツ様、エスコートをお願い致しますわ」
マリーへの当て付けのように刺々しく言葉を発した彼女は涼やかに微笑んだ。
その微笑みがさらにフリッツを苛立たせる。
渋々、しかし表情には出さず腕を差し出すが、へばり付くようにねっとりと腕を絡めたディートリンデに怖気が走った。
早くこんな儀式、終わりにしてやる──その一心で歩みを進めた。
「……やっと、でございますね。儀式を延期されていたときはどうなることかと思っておりましたが、こうして儀式の日を迎えられましたこと、ディートリンデは嬉しく思っておりますわ。ずっと、ずっとお待ち申しておりました」
感慨深く語らう彼女に、フリッツは何をいけしゃあしゃあとと顔を引きつらせた。
「……延期になったのは誰のせいだ」
「あら、それは私の不肖の妹のせいですわ? ですが聖女様ももう怒っていらっしゃらないとのことでしたし、そろそろ妹も辺境から帰ってきてもらわないとですわね。結婚式には是非とも出席してもらわなければならないですし……」
「……そろそろ口を閉じろ。早く終わらせるぞ」
「まあフリッツ様。早く指輪を作りたいのですわね。私も同じ気持ちですわ」
「いい加減黙れ」
たまらず憎しみのこもった視線で睨みつけるが、彼女は見向きもしない。
ただ口に笑みをたたえてフリッツの命令に応じるように沈黙した。
祭壇は数段の階段登ったところにある。
長方形の台座の上にそれぞれの左手をかざし、魔力を注ぎ指輪を作る。
その指輪が結婚という契約の証になるのだ。
故にこの儀式の重要度は高い。
二人は台座に手をかざすと魔力を注ぎ始めた──はずだった。
創環の儀──王族とその婚約者がお互いの魔力で指輪を作る、内々に行われる儀式だ。
その見届け人として宰相と聖女が同席することになっている。
マリーにあの女と共同で行う作業など見せたくはなかったが、それでも国王の崩御もいよいよ近くなり、宰相にも急かされている今、行わないわけにはいかなかった。
先に儀式が行われる王城地下に着いたフリッツは大きくため息をついた。
「フリッツ様、大丈夫ですか?」
聖女マリーが彼の顔を覗き込む。
ピンクゴールドのふわりとした巻き毛が揺れた。
彼は彼女の髪を撫でて口付けたい衝動に駆られたが、粛々とした表情で押さえ込んだ。
「大丈夫だよ、マリー。私の方こそごめん。こんなことに付き合わせてしまって」
「いいえ、フリッツ様が幸せになられること、マリーは嬉しく存じます」
ほう、とため息が漏れそうな笑みの彼女が彼には我慢して笑っているように見えた。
本来ならば自分を貶めようとした人間となど顔も合わせたくないだろう。
それでも過去の件を一旦腹の内に収めて来てくれたのだ。
そんな健気な彼女の愛情を感じたフリッツは熱い視線を彼女に送った。
「マリー……」
彼女に手を伸ばそうとしたその時。
「お待たせしてしまいましたか? フリッツ様、それと……マリー様」
扉が開き、高飛車な声が響き渡る。
その聞き覚えのある彼女の声に、フリッツは渋い表情を作った。
この不快な声は振り向かなくともわかる。
「……花のようだね、ディートリンデ」
「ありがとうございます、フリッツ様も素敵ですわ」
声の主──ディートリンデに声をかけると、彼女は笑顔を作り恭しく淑女の礼を返した。
彼女が身につけているのは簡素な白のワンピースドレスだ。まさに花嫁の色である。
フリッツもまたシンプルな白のタキシードに身を包んでいる。
これが式となると様々な装飾がなされ豪奢になるが、儀式ではこの様相と決められていた。
真っ白なドレスを着る彼女は本当に花のようだ、とフリッツは思った。
薄暗い地下の中で光ってすら見える。
何も知らない人からすると、目を引く美人の彼女は無垢で純粋な女性にしか見えないだろう。
そしてたちまち、時折妖艶な表情を見せる彼女の虜になるのだ。
しかし、彼の目には善良そうな顔をして獲物を罠にかけ食す禍々しい食虫花にしか見えない。
嘘は決して言っていないが、褒めてすらいない。
それを素直に褒め言葉と受け取るディートリンデのことを滑稽とすら感じている。
嬉しそうに微笑んでいた彼女は、はたとマリーに目を向けると一瞬冷たい目をした。
「……ですが、本来私のエスコートはフリッツ様ではなくて? 何故マリー様とお二人で先にいらっしゃったのかしら?」
「本来のエスコートは君の父君だ。それが体調が悪くどうしても来られないということだから宰相に頼んだまで。聖女は王族がエスコートする決まりだ」
将来王妃となる者なら知っているはずだが、という皮肉はあえて飲み込んだ。
マリーに聞かせたくなかったからだ。
たとえ一時でも、彼女にディートリンデと結婚するなどと思われたくない。
「……そうでしたわ。私とした事がうっかりしておりました。申し訳ございません」
しずしずと頭を下げたディートリンデは美しい。
美しいが、それはすべて計算し尽くした美しさだ。
マリーの心根から醸される美しさとは比較にならない。
無言で睨め付けるようにディートリンデをじっと見つめると、彼女は嘘くさい微笑みを浮かべた。
「そろそろ始めてもよろしいでしょうか」
おほん、とわざとらしい咳払いをした宰相が二人を祭壇へと促す。
「では……フリッツ様、エスコートをお願い致しますわ」
マリーへの当て付けのように刺々しく言葉を発した彼女は涼やかに微笑んだ。
その微笑みがさらにフリッツを苛立たせる。
渋々、しかし表情には出さず腕を差し出すが、へばり付くようにねっとりと腕を絡めたディートリンデに怖気が走った。
早くこんな儀式、終わりにしてやる──その一心で歩みを進めた。
「……やっと、でございますね。儀式を延期されていたときはどうなることかと思っておりましたが、こうして儀式の日を迎えられましたこと、ディートリンデは嬉しく思っておりますわ。ずっと、ずっとお待ち申しておりました」
感慨深く語らう彼女に、フリッツは何をいけしゃあしゃあとと顔を引きつらせた。
「……延期になったのは誰のせいだ」
「あら、それは私の不肖の妹のせいですわ? ですが聖女様ももう怒っていらっしゃらないとのことでしたし、そろそろ妹も辺境から帰ってきてもらわないとですわね。結婚式には是非とも出席してもらわなければならないですし……」
「……そろそろ口を閉じろ。早く終わらせるぞ」
「まあフリッツ様。早く指輪を作りたいのですわね。私も同じ気持ちですわ」
「いい加減黙れ」
たまらず憎しみのこもった視線で睨みつけるが、彼女は見向きもしない。
ただ口に笑みをたたえてフリッツの命令に応じるように沈黙した。
祭壇は数段の階段登ったところにある。
長方形の台座の上にそれぞれの左手をかざし、魔力を注ぎ指輪を作る。
その指輪が結婚という契約の証になるのだ。
故にこの儀式の重要度は高い。
二人は台座に手をかざすと魔力を注ぎ始めた──はずだった。
11
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜
ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。
しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。
生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。
それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。
幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。
「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」
初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。
そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。
これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。
これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。
☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる