悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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3章.妹君と少年伯は通じ合う

71.お姉様は嘲笑される②

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「……あれ……? なんで?」

 ディートリンデが珍しく狼狽うろたえている。

 というよりも、フリッツは彼女が焦った声を上げるのを初めて聞いた。

 いつもすまし顔で、時折マリーや自分を、いや世界を嘲笑うような笑みを浮かべる彼女が、慌てている。

 その高笑いしたくなる事実が、彼に何が起きたのか確認させることをほんの少し遅らせた。

「どうして、どうして魔力が……! フリッツ様!」

 ディートリンデがその眉尻を下げ、彼の腕に飛び込んだ。

 油断していたせいかそのまま二人でバランスを崩し、尻餅をついてしまう。

 この女……! と激昂しそうになった彼は、その言葉を飲み込む代わりにディートリンデを突き飛ばすように引き剥がした。

「……何があった」

「私の目には……失礼ながら殿下の魔力しか確認できませんでした」

 要領を得ない彼女に代わり、宰相が彼の疑問に答えた。

 宰相の後ろで、マリーも遠慮がちに頷いている。

 どういうことだ。

 フリッツは訝しんだ。

 あれだけ指輪を作りたい、結婚したいと言っていたディートリンデが意図的に魔力を使わなかったとは考えにくい。

 フリッツの魔力は正常に台座に流れ込んだことを見るに、台座の不具合という可能性も低いだろう。

 しかし彼女が魔力を注ごうとしても注げなかった、ということは──。

「……ディートリンデ。もしかして、魔力が消えたのか?」

 彼の指摘に、混乱していた彼女の顔が一気に青ざめた。

 かと思いきや瞬時に真っ赤になると、わなわなと震え出す。

「ち、違いますわ! 成績上位で卒業した私の魔力が消えるなど、あり得ませんわ! あってはならないことですわ!」

 ヒステリックに叫ぶと、マリーに照準を合わせた。

「そ、そうですわ! マリー様ですわ! やはりハイベルクのことを許しておられなかったのですね!? マリー様が私の魔力だけ弾くよう、台座になにか細工をされたのですわ!」

 震える手でマリーを指差す彼女に、フリッツは卒業パーティーの時のことを思い出した。

 そういえばあの時は妹をすんなり差し出した。

 しかし、あの時こんなにも狼狽していただろうか。

 むしろ予想通り、計画通りといった表情で嬉々として妹を指し示していたように今更ながら思った。

「そんな……、違います。私ではありません」

 マリーの否定する声に我に返ったフリッツは、ひとつ咳払いをすると彼女を守るように立ちはだかった。

「ああ、違うとも。いくら聖殿から近いとはいえ、ここは王族の許しがなければ入ることさえ叶わない。細工などできない」

「私めにはディートリンデ様の魔力自体が発動しなかったように見えましたが……」

 フリッツに続いて宰相が口を開くと、ディートリンデは彼をきっ、と睨みつけた。

「いえ、これは台座がおかしいのです! 長い間使ってるせいで女性側の魔力を受け付けない不具合でも出てきたのではないですか!?」

 無茶なことを言い出した彼女に、フリッツと宰相は顔を見合わせた。

 お互い、何も言わずとも考えていることが表情からわかる。呆れだ。

 未来のこの国の王妃としてあるまじき子供じみた振る舞いに、もはや怒りを通り越して呆れしか浮かばない。

 ふと、フリッツの視界の端に所在なさげに佇むマリーの姿が入った。

 ……これは立場を分からせる絶好の機会ではないか。

 フリッツは人知れず口端を吊り上げた。

「……では確かめてみるか。マリー」

「は、はい」

「こちらへ」

 急に呼ばれて不安そうな彼女に微笑むと、彼女の腰を引き寄せた。

「ふ、フリッツ様?」

「ちょっと、フリッツ様?!」

「マリー、どうやらディートリンデは台座の不具合が気になるらしい。私と一緒に魔力を注いで確かめてもらえないだろうか?」

 ディートリンデから上がる抗議の声を無視し、彼はマリーに語りかける。

 マリーは逡巡するように視線を方々に巡らすと、小さな声で「……分かりました」と答えた。

 あまりに愛らしいその慎ましさに、そのまま抱きしめたい衝動に駆られたがぐっと堪えた。

「フリッツ様! おやめください!」

「……宰相」

「は」

「終わるまで抑えておけ」

「……御意」

 食ってかかる勢いのディートリンデを、宰相がうんざりした表情で羽交い締めにする。

 戸惑うマリーに「今は集中しよう」と声をかけると、彼は台座に魔力を注入した。

 フリッツの緑の魔力と、マリーの黄色の魔力が混ざり合い、台座が煌々と輝き出す。

 やがて光が収まり、台座の上には二つの銀に輝く指輪が仲良く並んでいた。

「……できた」

 フリッツの口元に笑みが浮かぶ。

 台座が正常だったと証明できた笑み──ではなく、愛しのマリーとの指輪を作れた喜びが溢れる。

 もはや彼にはディートリンデが悔しい思いをしていようが、ショックで項垂れていようが、怒りに震えていようがどうでもよかった。

 この二つの指輪が、マリーと自分との愛を証明してくれる。

 そのことが嬉しかった。

 フリッツは二つの指輪を手に取ると、愛おしそうに見つめた。

「フリッツ様……あの……」

 言い淀むマリーは居心地悪そうにちらちらと抱かれた腰あたりに視線を向けている。

「ああ、すまない」

 本当はもっと抱き寄せてしまいたかったが、彼女もこれ以上ディートリンデの不興を買いたくないだろう。

 嫉妬深い彼女ならばたとえ聖殿に守られたマリーにも手を出してくるに違いない。

 大変名残惜しかったがその手をぱっと離した。

「さて……台座に不具合はなかったようだが」

「…………」

 ディートリンデはただじっと耐えるように立ち尽くしている。

 それもそうだろう。

 この国では貴族、特に男子は魔力が必須だ。

 魔力がなければ貴族同士や王族との契約ができない。

 そのため、たとえ長男であっても魔力が完全になければ相続権が発生しなかった。

 女子はそうでもないが、それでもこれは王族との婚姻だ。

 王妃の魔力を要する公務などもある。

 王妃が魔力を持たないなど、あってはならないのだ。

 非常に滑稽だ。

 あのディートリンデがなす術もなくただ棒きれのように立っているだけ。

 彼女の姿に気を良くしたのか、フリッツは口を開いた。

「指輪は作られた……創環の儀はこれで終了でよいか?」

「殿下……?」

「ディートリンデ嬢もきっと、不本意な結果に終わったことだろう? とりあえずこの指輪を予備として置いておこう。なに、また秘密裏に創環の儀を行えば良いではないか。今日は調子が悪かったのだ」

 とびきり優しくディートリンデに言い含める。

 それでも彼女は唇を噛んで俯いただけだった。

 彼が知る上では、一度魔力を失った人間が再び魔力を得ることなど不可能だった。

 未来の王妃となるべく勉強してきた彼女もそれは知っているだろう。

 もう一度、いや何度創環の儀を行おうが失敗する。

 失敗する姿を見て、少しでも積年の恨み、溜飲を下げたい。

 婚約解消するのはそれからでもいい。

 なにも焦る必要はない。

 もう彼女の負けは決まっているのだから。

 ──ああ、今日はすこぶる気分がいい。
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