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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く

115.お姉様は画策する②

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 一方その頃。

 王都のハイベルク家には、珍しくヘンドリックが書斎で仕事に励んでいた。

 一体いつどこでどんな仕事をしているのかは分からないが、家を空けることの多い彼がいるのは珍しい。

 もっと言えば、いつ帰ってきているのかさえ分からない。

 仕事がない日もいつの間にか姿を消し、かと思えば従者も付けずふらり、と帰ってくることもあった。

 今のタイミングを逃せば次はいつになるか分からない。

 ディートリンデは書斎の扉をノックした。

「お父様、今よろしいでしょうか?」

「……なんだ」

 中から返ってきた答えは短く明らかに不機嫌だ。

 しかしそんなことはお構いなしに、彼女は扉を開けた。

 太く古臭い書物を積み上げたその奥に、ヘンドリックは声通りの不機嫌そうな表情を見せる。

 その表情すら、ディートリンデはものともしない。

「リーゼロッテの件ですが」

「……ああ、ちょうどその件でお前に伝えることがあった」

「あの子は聖女ですわ」

 ディートリンデの冷えた声は、書斎によく響いた。

「…………今なんと言った」

 ややあって、ヘンドリックは琥珀色の瞳を丸くさせてようやく言葉を絞り出す。

 ──食いついた。

 その反応に目を細めた彼女は、畳み掛けるように続ける。

「ですから、あの子、リーゼロッテは聖女ですわ。幼い頃でしたが私しかと見ましてよ。あの子が金色の魔力を発動して私の傷を癒しましたの。きっと癒しの聖女ですわ」

「……………金の魔力」

 低く呟いた声は口元に押し当てられた手によって遮られ、彼女には届かない。

 ハンカチを取り出した彼女はわざとらしく目元に当てる。

 涙など一滴も出ていないがそこは雰囲気だとばかりに、臭い演技に拍車をかけた。

「今までずっと、あの子のために黙っておりましたが、私が王太子妃になったあかつきにはあの子も聖殿に上げるよう殿下に進言するつもりですわ」

 ハンカチで押さえた口元は醜く歪んでいる。

 癒しの聖女は既にいる。

 第二の癒しの聖女は迫害対象にされたようなものだ。

 しかし子供に無関心な父ならば子供が害されようが構わないだろう。

 むしろ第二の聖女と知ってリーゼロッテに辛く当たるかもしれない。

 それとも、すんなりと聖殿に追いやろうとするか。

 いずれにしてもリーゼロッテは苦境に立たされることになるだろう。

 ディートリンデの笑みが深くなる。

「………そうか。分かった。よく言ってくれた」

 いつも冷え冷えするようなヘンドリックの声が、ほんの少しの温かみを帯びたことに彼女は気づかない。

「それで、お父様のお話というのは」

「……四日後、辺境伯とリーゼロッテを含め、食事会を開く」

 それだけ言うと、彼は背を向けてしまった。

 どうやら話はおしまいのようだ。

「……そうですか。分かりました。失礼いたします」

 小躍りしたい衝動を堪え事務的に挨拶を交わすと、ディートリンデは書斎から出て行った。

 ヘンドリックは動かない。

 その口元には娘たちにも見せたことのないような笑みが宿り、瞳は興奮で滾っている。

「やっと……見つけた………よもやこんな近くにいるとは……」

 笑いを噛み殺した彼の呟きは不気味に響いた。
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