悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く

132.お姉様は愕然とした②

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 その夜──。

 書斎で書類に目を通していたヘンドリックは、部屋の外がにわかに騒がしくなったことに気づき顔を上げた。

 同時に扉がけたたましく開け放たれ、騒音の元が飛び込んでくる。

「お父様!」

 髪を振り乱し、乱れた衣服のディートリンデが悲痛な叫びを上げた。

「なんだ、騒々しい……」

「あのリーゼロッテの婚約者、とんでもない人間ですわ……! どうか助けてくださいまし!」

 辺境伯が家に留まるなら、と家でできる仕事を持ち帰ってきたヘンドリックにとっては、わがままな娘は非常に煩わしい。

 しかし、それが今一番、屋敷から追い出したい男のことならば話は別だ。

「……聞こう」

 彼は書類をぱさり、と置き腕組みをした。

 父の興味を引けたディートリンデは、歌うように、しかし震え声を作って話し始める。

「あのユリウスとかいう男、リーゼロッテが出かけた隙に私に襲いかかってきて……私、怖くて怖くて声も出せず……」

「…………なんだと?」

 涙を堪えるように顔を伏せた彼女の頭上から、ヘンドリックの驚嘆が聞こえた。

「もしこのことを誰かに言ったら私もろともハイベルク家全員を殺すと……! どうかお父様のお力であの男を追い出してください!」

「……お前は……」

 ヘンドリックは頭を抱え、大きくため息をついた。

 その表情はディートリンデからは見えないが、頭を支えている腕が震えているように見える。

(こいつを騙すなんてチョロいわね。怒りで声も出ない、ってとこかしら?)

 まるで泣いているかのように両手で覆われたディートリンデの顔は、小馬鹿にしたように父を嘲笑っている。

 ややあって、父は口を開いた。

「……その話が本当なら、お前がシュヴァルツシルトに嫁げ」

「………………は……?」

 想定していた答えとは違った彼女は、泣いている演技中というのにも関わらず、間の抜けた声を上げる。

 そんな彼女を見つめる瞳は酷く冷静で、つまらない物を見る目だった。

「聞こえなかったか? わざわざ婚約者の家でお前を抱くほど気に入ったのだろう。お前がリーゼロッテだと言って辺境に嫁げ。代わりにリーゼロッテには王家に嫁いでもらう」

「え……だって……それじゃ……」

「王家に嫁ぐ者は処女でなくてはならない。純潔を守れぬ女を王家に差し出すわけにはいかぬ。こちらとしてもこれ以上、辺境伯と揉めるわけにはいかないのでな。お前が嫁ぐならば喜んで婚約を許そう」

(どういうこと……!? なんで……!?)

 父の冷徹さを初めて目の当たりにしたディートリンデはたじろいだ。

「そ、そんなことしてもフリッツ様はすぐ見抜くわ!」

「構わん。むしろ見抜かれた方が都合が良い」

 あっさりと言い放つ彼に、ディートリンデは一瞬呆けた。

 父の意図がわからない、と言った表情の彼女を、ヘンドリックはため息混じりに見つめる。

「……聖女なのだろう? リーゼロッテは。ならば嘘がバレたところで王家も無碍には扱うまい」

「でも! 第二の聖女だし……!」

「お前は何か勘違いしているな。あの子は……」

 なおも言い連ねる彼女を多少苛ついた声色で反論しかけたヘンドリックは、言葉を飲み込んだ。

「……まぁいい。とにかくそういうことだ。分かったら辺境へ向かう支度をしろ」

 不可解にぼかされた言葉に微かな違和感を感じたが、それを追求できるほどの余裕はディートリンデにはない。

「待って! 待ってよ! 納得いかないわ! お父様、お父様は私の味方じゃないの!?」

 金切り声を上げた彼女に、ヘンドリックは侮蔑の視線を送る。

「……私がお前の、味方?」

「ええ、だってリーゼロッテより私の方がなんでもできるって言ってくれてたじゃない! だからフリッツ様の婚約者にもしてくれたんでしょ? 私の方があの子より優秀だから……!」

「……はっ」

 心底馬鹿にしたように短く笑うと、彼は立ち上がり、ディートリンデを見下ろした。

 細く、枯れ木のような印象のヘンドリックが、この時ばかりはおどろおどろしい枝垂れた木のように不気味にゆらり、と佇んでいる。

「馬鹿を言うな。私がお前の味方だと……お前など味方ではない。それに、今のお前よりリーゼロッテの方がはるかに役に立つ」

「…………なんで……」

 彼女には分からない。

 なぜ父の中で姉妹の評価が逆転してしまったのか、が。

 そしてそのきっかけが、リーゼロッテを貶めようと聖女と報告したことにあることすら、彼女には分からなかった。

「それに……不都合を隠すために妹を身代わりにするなど、いつもの通りではないか。なにも今に始まったことではなかろう」

「……!」

 父の言葉に、彼女は言葉を失った。

「私は『ディートリンデは優秀だ』ということが対外的に示せれば良いだけだ。双子でどちらかが肩代わりできる以上、優秀である必要はない」

「……じゃあ……お父様は……全部……」

「知っていた。お前が底意地悪い嫌がらせをしているのも、不始末の肩代わりをさせているのも、本当はリーゼロッテの方が優秀なのも、全部」

 ディートリンデは恐怖で足がすくむ思いだった。

 ずっと騙し切っていると思っていた相手の手の内で、自分はずっと踊っていたのだ。

 彼は味方などではなく、ただ利害が一致しただけの共犯者だった。

「なんで……」

「そんなもの決まっている。お前の方が人の悪意を理解し、それに耐え得る程には強かだからだ」

 さも当然のように言い放つ彼に返す言葉も見つからない。

「リーゼロッテは気弱なところがある。貴族としてならばまだ生きていけるだろうが、王家、しかも他国と関わる国母としてなどとてもアレには無理だろう」

 ヘンドリックはただ茫然と佇む彼女から、興味をなくしたように目を逸らした。

「……だが私の考えすら見通せていなかったならば、お前もそれまでだったということ。まさかそこまで子供だとは思ってもなかったがな。今は駒として、リーゼロッテの方が上だ」

 断言された言葉が、ディートリンデの頭に響く。

 今まで彼女は大抵のことは思い通り──になった。

 しかし、ここ最近は思い通りにならないことばかりだ。

 リーゼロッテやユリウス、フリッツすらも彼女の想定通りの動きをしてくれない。

 そして、目の前の相手には到底敵わない。

 負けを悟った彼女は俯いた。

「……私の元で今まで通り甘い汁を吸い続けたいなら、最後まで優秀な娘を演じろ。くだらぬ嘘で自らの評価を汚すな。それができないなら……」

 背けていた視線をディートリンデに戻すと、ヘンドリックは冷たく呟いた。

「お前は用無しだ」

 いつもリーゼロッテに向けられていた冷たい視線や声を、まさか自分が付けられることになるとは思ってもなかったのだろう。

「……なんで……私ばっかり……もういい!」

 ディートリンデは拗ねた子供のように地団駄を踏むと、書斎から飛び出していった。

 その背中を若干うんざりとした表情で見つめていたヘンドリックは、

「……くだらん」

 とため息をついた。

 険しい表情で机の引き出しから煙管キセルを取り出すと、ゆっくりと窓辺に移動した。

 彼の視線の先には、裏庭に建つ硝子張りの温室がある。

「……もう時間はない……手段は選べぬ」

 煙管をひと吸いした彼は、白い煙を吐き出すとその煙たさを拒むように目を閉じた。
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