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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く

133.ユリウスは報告を受けた①

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 ディートリンデがヘンドリックにあしらわれたその頃、ユリウスの部屋にはアンゼルムが訪れていた。

「ユリウス様、頼まれていた件ですが」

「何か分かったのか?」

「ええ、この屋敷で一番の古株に聞いたところ、父が今のようになったのはかなり昔……ちょうど私が生まれ、母が亡くなったあたりだとか……」

 アンゼルムはそう言うと、僅かに視線を落とした。

 母親が死んだ原因は自分だと、アンゼルムは認識していた。

 しかし、父が豹変した時期も同時期となると、自分が家族を壊してしまったのではないかと嫌でも考えざるを得ない。

 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、ユリウスは沈痛な面持ちで口を開いた。

「……すまない、嫌な役をやらせてしまった」

「……いえ」

 アンゼルムは首を振ると顔を起こした。

「もう一つ、気になることを耳にしまして……母が亡くなってからすぐに、母付きのメイドが失踪しているそうです」

「……失踪……」

「ええ、なんでもある日忽然と消えたようにいなくなったとかで……使用人からの信頼も厚く、途中で仕事を投げ出すような人間ではなかったらしく、父に探そうと直訴した者もいたそうですが……」

「…………」

 言い淀んだアンゼルムは再び視線を落とした。

「……却下されたそうです。使用人ごときに割ける人員はない、と」

 予想通りの言葉に、ユリウスは静かに頷いた。

 いくら奥方付きといえど、自ら屋敷を去ったメイドをわざわざ探そうとする貴族はあまりいないだろう。

 余程秘密を抱えているか、重要なものを持ち出していない限り多くは放置される。

 ヘンドリックの対応に不審な点は無いように思えた。

「……そのメイドの生家は……?」

「元々どこかの貴族の娘だったらしいのですが、両親は早くに亡くなり、後継の兄とは不仲で実家には寄り付かなかったとか……その実家も、兄の代で没落して今はありません」

「身寄りもなし、か……」

「あまりお役に立てず、申し訳ございません」

 ユリウスの少々落胆した呟きに、アンゼルムは詫びる。

 そもそもハイベルク家は使用人の出入りが激しい。

 昔の事情を知っていた使用人以外は、殆どがここ五年以内に雇われた者だ。

 当時の状況を知るものが少ないために情報らしい情報も聞き出せなかった。

「いや、助かった。ありがとう」

 アンゼルムを労うと、ユリウスは思い出したように口を開いた。

「コルドゥラ、というメイドのことは何か知っているか?」

「コルドゥラ……ですか?」

 意外な名前に、アンゼルムは若干眉をひそめた。

 ディートリンデについてならまだしも、それに付き従うメイドについて聞きたがるユリウスの真意がわからない。

 もしや心変わりか、とも一瞬思ったが、彼の瞳は真剣そのものだ。

 とてもリーゼロッテを裏切りそうな男のそれではない。

 アンゼルムは記憶の糸をたぐったが、首を横に振った。

「……彼女はよくわかりませんね。年齢もわかりませんが、確か七、八年前からこの屋敷に使えているかと……」

「年齢すら?」

「ええ、父上や姉……ディートリンデは知っているかも知れませんが、私は全く。先にどこかの屋敷に使えていたと聞いたことはありますが、彼女は積極的に自分のことを話すタイプではありませんし……」

「そうか、すまない」

 口ごもるアンゼルムに、ユリウスは頷く。

 養成学校の寮で暮らしているアンゼルムも、最近のこの家の内情には明るくないだろう。

 それでもなにか知っていることがあればと思ったが、まさかそこまで徹底して隠しているとは思ってもみなかった。

「彼女が何か……?」

 訝しむアンゼルムは、考え込むユリウスに首を傾げた。

「……いや、少し気になってな」

(あの使用人、どこかで見た気がするが……)

 ユリウスは首を振ると、もうひとつ聞きたかったことを口にする。

「あとひとつ、庭で立ち入り禁止になっている区域などはないか?」

「立ち入り禁止……ですか?」

 しばし考えるように視線を巡らせたアンゼルムは、はっとしたように呟いた。

「……ありますね、ひとつ。温室が」

「温室……?」

「ええ。なんでも扱いが難しい植物や危険な花があるとかで。家族ですら立ち入ることが禁止されています。それがなにか?」

「…………」

 ユリウスは気になっていた。

『ユリウスが庭を散歩していた』と聞いたときのヘンドリックのあの慌てようは、違和感のあるものだった。

 いくら毒草や育てにくい植物があろうと、感情を表に出さないように気をつけている彼が声を荒げるなど、そこに何かあると言っているようなものだ。

「ユリウス様?」

「……いや、明日その温室まで案内してもらえないだろうか」

「ええ、結構ですが……中に入れるかどうか」

 戸惑うアンゼルムの言葉を遮るように、硬いノックの音が響く。

「ユリウス様、お食事の準備ができました。食堂までおいでください」

「分かった」

 使用人の声に返事をすると、ユリウスはアンゼルムに向き直った。

「アンゼルム、色々とすまない」

「いえ、姉上のためですから」

 すまし顔で答える彼に、ユリウスはふっと笑った。
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