悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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4章.妹君と辺境伯は揺れ動く

139.リーゼロッテは立ち向かう①

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「……お父……様……? ここは……?」

「それを知る必要はない。お前は一生ここで暮らすのだ」

「!」

 些か満足げに答えた彼に、リーゼロッテは息を呑む。

 感情を表に出さないよう気を付けている男の瞳が、打ち震えるように怪しく光るのを見て、彼女は思わず身震いをした。

「やっと……やっと手に入れたのだ。時の聖女よ」

「……なぜ……それを……」

「意外か?」

 機嫌良さげな彼の問いに、リーゼロッテは躊躇いがちに頷いた。

 ユリウスの話では、時の聖女については分からないことの方が多い上に、王城の禁書の一部にしか記載がないという話だったはずだ。

 それを名家とはいえ、一伯爵であるヘンドリックが知っているとは──。

「確かに、時の聖女のことを書いた文献は残されていない。人の知識の中にもな。残っていたとしても王が管理しているだろう……そう、な」

「まさか……」

「ハイベルクの先祖は日記が趣味の者が多くてなぁ……その中にあるのだよ。時の聖女の記載がね」

 彼はそう言うと、思いを馳せるように目を瞑った。

「曰く、『金の魔力を用いて時を遡る、その力絶大なり。兵士の時を巻き戻し、魔道士の魔力にも干渉する。たとえ国が破壊され蹂躙されようと、その魔力で全てを元通りに戻すだろう』……」

 何度も何度もその一節を読み返したのだろう。

 すらすらと述べる彼にリーゼロッテは薄ら寒いものを感じ、微かに震える。

 目を開けた彼はどこか恍惚とした表情で立ち上がると、もう一つのベッドの方へと歩みを進めた。

「はるか昔の戦争の時代に書かれたものだ。癒しの聖女は傷を治すだけだが、時の聖女は傷を負う前、もっと言えば戦場に立つ前の気力体力に戻せる……素晴らしい力ではないか。その力があればなんでも叶う。そう……」

 その上掛けをばさり、と取ると、そこにはリーゼロッテもよく知る人物が現れ言葉を失った。

「……私の妻、エルーヴィラを蘇らせることも……」

「おかあ……さま……!?」

 およそ腰までのややウェーブのかかった榛色の髪は、アンゼルムの瞳を彷彿とさせる。

 目を閉じていても分かるほど人の良さそうな顔立ちに、ナターリエとはまた違った素朴ながらもどこか気品を感じさせている。

 ほっそりとした手足を、薄手のネグリジェが覆い、今にも起きてきそうな気配さえ感じた。

 ──産後の肥立ちが悪く、亡くなった時のままのエルーヴィラがそこにいた。

「眠っているみたいだろう。生前のそのままだ」

 ヘンドリックはうっとりするようにエルーヴィラの頬を撫でる。

「どうして……」

 茫然と呟くリーゼロッテには目もくれず、ヘンドリックは愛おしげにエルーヴィラを撫で続ける。

「……日記は便利でな。ある代の当主は禁呪を研究していたそうだ。死体に生贄を捧げることで死体が腐らない禁呪をな」

「………生贄…………まさか……」

 リーゼロッテの脳裏に、母の奥でいつも控えていたひとりのメイドが思い起こされる。

(たしか……彼女はお母様の死を悔いて失踪したと……でも……まさか……)

 彼女の蒼白の顔をヘンドリックは一瞥すると口端を醜く歪めた。

「ちょうど手頃なメイドがいてな、身寄りもないならば足もつかぬ。彼女も最後まで主人に尽くせて嬉しい限りだろう」

「そんな……お父様……」

(……お母様の死から狂って……)

 愕然とする彼女をよそに、ヘンドリックは一歩一歩、リーゼロッテへと近寄る。

「あとは時の聖女を待つだけ。なに、私が生きている限りは生贄を捧げれば彼女はこのままの姿で

「………………」

 父が近寄るごとに、彼女は可能な限り後ろへと下がる。

 手枷がじゃらり、と重い音を鳴らす。

「お前も母が戻れば嬉しいだろう。さあ、私の妻の時を戻しておくれ。時の聖女よ」

「それは……」

 口ごもる彼女にずずい、と近寄ると、ヘンドリックは鎖を引っ張り上げた。

 思いの外強い力で引かれ、手枷が腕に食い込む。

 声無き悲鳴を上げるリーゼロッテの顔を、彼は今まで彼女に見せたこともないような優しい笑顔で覗き込んだ。

「何を迷う必要がある? お前にとってもいい話であろう? 母が戻ってくるのだぞ?」

「……」

「さあ」

 黙り込むリーゼロッテを急かすように声をかける。

 優しい声音が恐ろしく、彼女は俯いた。

(お父様は、狂ってしまわれた。お母様のために……)

 彼女自身、母が亡くなってから何度、母に会いたいと願ったことか分からない。

 幼い頃からのそれが叶うのならば、自分はここで力を使うべきなのだろう。

 しかし──。
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