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5章.妹君と辺境伯は時を刻む
166.リーゼロッテは居心地が悪い③
しおりを挟むマリーが微かにはにかんだように笑うと、隣で見ていたフリッツが刺々しい視線をテオに向けた。
「ところで兄上、先程から時の魔力について聞いた、とおっしゃっておりましたが、一体どなたからお聞きになられたのですか?」
「ん? ああ、言ってなかったっけ? エルメンガルト様だよ」
テオの答えに、フリッツは微かに息を呑んだ。
「エルメンガルト……あの最強の呪術師の……? ですが彼女は王族嫌いなのでは……?」
「うん。今は魔法医をしているって話だけどね。たまたま辺境に行った時に知り合ったんだ。ちょうどリーゼロッテ様に魔力制御を教えていらっしゃった頃だったからその時に聞いたんだよ」
「……なるほど……呪術師から魔法医に……」
フリッツはやや圧倒されたといった表情で呟く。
微かに顔が引き攣っているように見えるのは、リーゼロッテの気のせいだろうか。
そんなフリッツの反応を楽しむように、テオは上機嫌で続ける。
「ちょうどいいからリーゼロッテ様の療養に付き合ってもらおうと思って、明日からこの聖殿に来るよう頼んでるよ」
テオの言葉に、一瞬全員の動きが止まった。
黙々とデザートを食していたクリスタでさえ、その匙を持つ手を止めている。
「……兄上、今なんて……」
「うん、だからエルメンガルト様が明日から聖殿に滞在されるからよろしく。そうだな……部屋は五の宮がいいか。ちょうどリーゼロッテ様の部屋の隣だし、使ってないからいいだろう?」
「いや、兄上、私はエルメンガルト様の件は聞いておりません」
勝手にどんどん決めていくテオを止めるようにフリッツは声を上げるが、テオはそんなことはお構いなしだ。
「うん、今言ったからね」
有無を言わさないにっこりとした笑みに、フリッツは閉口した。
「それに、必要なものは聖女付きの裁量で決めて取り寄せられるはずだよ。それこそ必要だと思った人間すら呼び寄せてた。今までフリッツもそうしてきただろう?」
「……そう、でした、ね……」
思い当たる節があるのか、フリッツの返答が歯切れ悪いものになる。
テオの言葉はフリッツを囲い込むように追い詰めている──まるで貴族で流行りのボードゲームのようだ、とリーゼロッテは思った。
「マリー様の聖女解任も考えてるんだろう? となると君はマリー様と共に聖殿を去ることになるんだ。君がいる内に君のやり方を少しでも踏襲しないとね」
「え……?」
寝耳に水だったのか、マリーの呆けた声が出る。
微かな喜びが混じる困惑の表情は、複雑そうにテオを見つめた。
「そ、そうです。リーゼロッテ様の国民へのお披露目が済み次第、長年聖女の勤めを果たしてくれていた彼女をその任から解きます」
「良かったねえ、マリー様。ようやく家に帰れるね」
「は……はい……」
微かに頬を染めたマリーの声をかき消すように、フリッツは高らかに宣言する。
「いえ、兄上。彼女は私の妻に、と考えております」
「え……」
フリッツの言葉に、マリーの顔がみるみるうちに青ざめていく。
震える手でコルセットで引き締められた腹に手を当てると、すぐに顔を隠すように俯いた。
「あれ? でも彼女は公爵家の養子とはいえ元平民だよ? 元平民の彼女が国母、となると国内貴族の反発を喰らいそうだねぇ。正妃を別に娶るとか考えないと」
「彼女以外あり得ません」
リーゼロッテにさえ分かるほどの呆れ声で苦言を呈するテオの声をフリッツは遮る。
そのまま彼は席を立つと、マリーの膝下に跪いて手を取った。
なされるがままのマリーは片手で腹部を押さえたまま俯き続けている。
(マリー様……お辛そう……)
リーゼロッテは率直にそう思った。
どうも先ほどから見ているに、フリッツとマリーはどこか噛み合っていない。
フリッツは気にしていないようだが、マリーが無理に合わせているように見える。
マリーの意思などどうでもいいと思っているのか、それとも──。
「……マリー、僕と」
「ダメだよ」
恍惚とした表情のフリッツを、今度はテオが遮った。
珍しく一段低い声が、怒気を孕んでいるように聞こえたリーゼロッテは、思わずテオの顔を見た。
テオは相変わらずの笑みを浮かべているが、その目がちっとも笑っていない。
冷笑、と言うよりも激怒しているようにも見えた。
「大事なプロポーズをこんなところでやられちゃ、マリー様も困っちゃうよね? フリッツももう少し女心とシチュエーションを考えないと」
「そうですわ。テオドールお兄様の言う通り、他所でやってくださいまし」
テオの言葉に同意したクリスタがぴしゃりと言い放つと、さすがに分が悪いと感じたのか、
「……分かったよ」
と、フリッツは立ち上がり、不貞腐れたように膝の埃を軽く払った。
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