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5章.妹君と辺境伯は時を刻む
192.リーゼロッテは忠告される①
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晩の祈りを終えたリーゼロッテは、自室で机に向かっていた。
金の羽ペンを手にしてはいるものの、羊皮紙にはなにも書かれていない。
書いた本人と送り先の相手にしか見えない代物ではあるが、先ほどからずっと一文字も書かれていない。
羽ペンを構えては思いとどまる。
あれこれと思いを巡らせるがどれもユリウスへの手紙に書くには重々しい内容になってしまう、とリーゼロッテはペンを置いた。
集中などできるはずがない。
聖女と神の真実に、テオの暗躍、それにフリッツの求婚──。
ここ最近、怒涛のように押し寄せた問題が彼女の頭をもたげていた。
(マリー様……大丈夫かしら……?)
テオの話からも、聖女と聖女付きの関係はそこまで特別なものではないことがわかる。
聖女付きは聖女を王家の利益のために利用している。
その見返りに聖女に尽くしているだけだ。
だからこそ、今まで成り立ってきた関係なのだろう。
しかしマリーとフリッツの関係はさらにマリーの服従が加わっているように見える。
聖殿に拘束され、意思など関係なく王族に束縛される──明らかにマリーの不利益が大きい。
(テオ様の策が婚儀までに間に合えばいいのですが……)
リーゼロッテはテオの言葉を思い出す。
『君が……君たちが手放せないものを、僕は手放す。ただそれだけの話だよ』
テオの言いたいことが何なのかはよく分からない。
ただ、何かを含ませた言い方だった。
(君……ってことは私……私と誰か、複数の人たちが手放せないものを、テオ様は手放すために聖女を解放する……?)
リーゼロッテは彼と顔見知りで、自分と共通項のある人物を挙げてみる。
しかしそのどれもしっくりこない。
(あとは……ユリウス様……でも……)
一番当てはまりそうな人物を想い、目を伏せた。
ユリウスと自分が手放せないものは互いに相手だ。
聖女の解放でマリーがフリッツからも解放されることも合わせると、この関係が一番考えられる。
ただ、そうなると──。
(テオ様はマリー様のことを想っていらっしゃるのに……それを手放す……と?)
悲しい結末を想像し首を振った。
マリーには幸せになってもらいたい。
どうにかしてテオに考え直してもらえはしまいか。
「……リーゼ、まだ寝てなかったのかい?」
「デボラさん……」
悶々と考えていたリーゼロッテの背後に、いつの間にかデボラが立っていた。
「明日も早いんだし、早く寝たほうがいいよ」
デボラは目配せするように窓を見る。
祈りの間を出た時には低い位置にいた月が、大分と高く上っている。
どうやらユリウスへの手紙を書こうとして随分考え込んでしまっていたようだ。
その間、デボラはエルの部屋で片付けをしていたらしい。
エプロンの裾についた汚れを見つめながら、リーゼロッテは呟くように聞いた。
「あ、あの……エル様はまだ起きていらっしゃいましたか?」
「うん? ああ、あの方はまだ起きてるとは思うけど……何か用かい?」
「少し……お話ができたらと思いまして」
(もしかしたら……マリー様やテオ様の助けになるかもしれません)
何を考えているか分からないテオだが、聖女についての知識は多い。
その彼が手放すしかないと考えているのならば、思い直してもらうにもまた、聖女についての理解がなければならない。
本人に聞くのも考えたが、あれ以上は教えてくれそうにないだろう。
彼女の深い碧玉の瞳に、何かを感じ取ったデボラは頷いた。
「そうかい。分かった。ちょっと聞いてみるよ」
金の羽ペンを手にしてはいるものの、羊皮紙にはなにも書かれていない。
書いた本人と送り先の相手にしか見えない代物ではあるが、先ほどからずっと一文字も書かれていない。
羽ペンを構えては思いとどまる。
あれこれと思いを巡らせるがどれもユリウスへの手紙に書くには重々しい内容になってしまう、とリーゼロッテはペンを置いた。
集中などできるはずがない。
聖女と神の真実に、テオの暗躍、それにフリッツの求婚──。
ここ最近、怒涛のように押し寄せた問題が彼女の頭をもたげていた。
(マリー様……大丈夫かしら……?)
テオの話からも、聖女と聖女付きの関係はそこまで特別なものではないことがわかる。
聖女付きは聖女を王家の利益のために利用している。
その見返りに聖女に尽くしているだけだ。
だからこそ、今まで成り立ってきた関係なのだろう。
しかしマリーとフリッツの関係はさらにマリーの服従が加わっているように見える。
聖殿に拘束され、意思など関係なく王族に束縛される──明らかにマリーの不利益が大きい。
(テオ様の策が婚儀までに間に合えばいいのですが……)
リーゼロッテはテオの言葉を思い出す。
『君が……君たちが手放せないものを、僕は手放す。ただそれだけの話だよ』
テオの言いたいことが何なのかはよく分からない。
ただ、何かを含ませた言い方だった。
(君……ってことは私……私と誰か、複数の人たちが手放せないものを、テオ様は手放すために聖女を解放する……?)
リーゼロッテは彼と顔見知りで、自分と共通項のある人物を挙げてみる。
しかしそのどれもしっくりこない。
(あとは……ユリウス様……でも……)
一番当てはまりそうな人物を想い、目を伏せた。
ユリウスと自分が手放せないものは互いに相手だ。
聖女の解放でマリーがフリッツからも解放されることも合わせると、この関係が一番考えられる。
ただ、そうなると──。
(テオ様はマリー様のことを想っていらっしゃるのに……それを手放す……と?)
悲しい結末を想像し首を振った。
マリーには幸せになってもらいたい。
どうにかしてテオに考え直してもらえはしまいか。
「……リーゼ、まだ寝てなかったのかい?」
「デボラさん……」
悶々と考えていたリーゼロッテの背後に、いつの間にかデボラが立っていた。
「明日も早いんだし、早く寝たほうがいいよ」
デボラは目配せするように窓を見る。
祈りの間を出た時には低い位置にいた月が、大分と高く上っている。
どうやらユリウスへの手紙を書こうとして随分考え込んでしまっていたようだ。
その間、デボラはエルの部屋で片付けをしていたらしい。
エプロンの裾についた汚れを見つめながら、リーゼロッテは呟くように聞いた。
「あ、あの……エル様はまだ起きていらっしゃいましたか?」
「うん? ああ、あの方はまだ起きてるとは思うけど……何か用かい?」
「少し……お話ができたらと思いまして」
(もしかしたら……マリー様やテオ様の助けになるかもしれません)
何を考えているか分からないテオだが、聖女についての知識は多い。
その彼が手放すしかないと考えているのならば、思い直してもらうにもまた、聖女についての理解がなければならない。
本人に聞くのも考えたが、あれ以上は教えてくれそうにないだろう。
彼女の深い碧玉の瞳に、何かを感じ取ったデボラは頷いた。
「そうかい。分かった。ちょっと聞いてみるよ」
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