悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

文字の大きさ
206 / 231
5章.妹君と辺境伯は時を刻む

205.リーゼロッテは鍵をかける②

しおりを挟む
 それからしばらく、悲鳴は聞こえてこない。

 リーゼロッテは部屋の中程で小さくなっていた。

 騒ぎが収まったのかと確かめようにも、今朝のことがある。

 扉も窓も近づかない方が無難だろう。

 デボラが帰ってくるまでの辛抱だ。

 緊張の糸を途切れさせないよう、リーゼロッテは身動き一つせず待ち続けた。

「リーゼロッテ様……いらっしゃいますか? 近衛兵長でございます」

 一際大きなノックが響き、リーゼロッテは肩を震わせた。

 聞いたことがないが男性の声だ。

 ようやっと聞こえた自分以外の声に、思わずほっと声を上げようとする──しかしそれは直前で思いとどまった。

 聖殿は基本的に男子禁制だ。

 それは有事の際も同様で、何かあった場合は女性の兵が来ると神官のヘッダに聞いたことがある。

 しかも近衛兵ならばフリッツの息は少なからずかかっているだろう。

 性急なノックが響く中、法衣の内ポケットを確認する。

 一方にはデボラから渡されたナイフ。

 しかしこれは使いたくはない上に、今使うべきものでもないように思えた。

 もう一方にはユリウスからの返事が書かれた羊皮紙だ。

 触れるだけで力をもらえるような気がして、空いた内ポケットに潜ませていた。

(ユリウス様……私に勇気を……勇気をください)

 テオから話を聞いてから、フリッツを恐ろしく感じていたリーゼロッテは、羊皮紙に触れながらノックが止むのを待った。

 しばらくすると、兵長と名乗る人物は諦めたのか、それともここにはいないと判断したのかノックを止めた。

 硬質で規則正しい靴音が遠ざかっていく。

 ほっと胸を撫で下ろしたリーゼロッテは、腰を下ろすと大きく息を吐いた。

 と、緊張を解きかけたその時だった。

 遠のいたと思った靴音が徐々に近づいてくる。

 しかも靴音は先ほどよりも多い。

(まさか……強行突破をするつもりでは……?)

 厚い扉といえど、さすがに複数人で来られたら蹴破られてしまうだろう。

 リーゼロッテはどこか物陰に、といつも手紙を書いている机の下に隠れた。

 やがて靴音はリーゼロッテの部屋の前で止まったかと思うと、鍵穴に何かを差し込む音が聞こえた。

 かちり、と解錠を知らせる音が響く。

(……え、どうして……?! 鍵はここに……!)

 リーゼロッテは隠れながらテーブルの上に目をやる。

 銀色に光る鍵は変わらずそこにあった。

 ゆっくりと、音もなく扉が開き、フリッツと数人の兵士が現れた。

「探せ」

「はっ」

 温度のない短い声がする。

(どうか……見つかりませんように……)

 身を縮め、息を潜めていたものの、あっけなく発見されてしまった。

「リーゼロッテ様、探しましたよ」

 フリッツの前に連れられたリーゼロッテは、意を決して彼の顔を見つめた。

 燭台の火に照らされているはずなのに、彼の顔色は何故か酷く青白く見える。

「ふ……フリッツ……様……どうしてここに……鍵は……」

「聖殿の管理は私がしているようなものだ。合鍵くらいどうとでもなる」

 言い切った彼はゆっくりとリーゼロッテに歩み寄る。

 後退りながら、リーゼロッテは身構えた。

(……怖い……ですが……やらなければ……)

 震える手でナイフを入れた内ポケットに手を伸ばしかけた刹那、歩みを早めたフリッツがその手を掴んだ。

「悪いが、貴女を拘束させてもらう」

「………どういうことでしょうか?」

「貴女には内通の疑いがある」

「な……いつう?」

「あのメイドも医者も、辺境伯から借り受けたものだろう。おかしいと思っていた。医者はともかくメイドの一人や二人、ハイベルク家から出すものであろう。あの二人も時期に拘束される」

「!……違います! 内通だなんて……!」

 リーゼロッテはフリッツに掴まれた腕を振り解こうとした。

 しかし思いの外強い力に身をよじるがびくともしない。

 抗議の声を上げれば上げるほどその力は強まり、フリッツの顔に憎悪が滾ってくる。

「し、信じてください……!」

「残念だが、証言者がいる。神官をこちらに」

 彼の呼びかけに、扉の奥から連れられてきたのは──。

「……ヘッダさん……? どうして……?」

 呆然とするリーゼロッテをヘッダは暗い瞳で見つめていた。

「……今朝、湯浴みの片付けから戻った時に……リーゼロッテ様のお部屋から黒装束の者が複数、出てくるのを見ました」

「そんな……」

 責める意図すらなさそうな平坦な声色でヘッダは言うと、いつもしているように口を固く結んだ。

 ヘッダの証言を聞いていたフリッツは、リーゼロッテに向き直る。

「……だ、そうだ」

「誤解です! あれは襲われたのです!」

「どうかな。わざと襲われたと見せかけたのかもしれない。マリーも先ほど、襲われかけた。大方、聖女としての実績のあるマリーが王妃になることで聖殿での自分の立場が弱くなるとでも考えたのだろう?」

「そんな……」

 リーゼロッテは眉尻を下げ、首を横に振った。

 未だ彼女の腕はフリッツに掴まれている。

 ナイフを取り出そうにも逆の手では内ポケットは取り出しにくい。

 まして兵の前だ。

 ナイフなど出そうものなら途端に押さえつけられてしまうだろう。

 それ以前に、反撃すら許してくれなさそうな彼のおどろおどろしいほどの負の感情の前に息が詰まりそうだ。

「抵抗したらユリウスがどうなるか……分かるな?」

 嫌悪感を含んだ低く刺々しい言葉が耳元で響き、リーゼロッテの口を塞がせる。

 ユリウスは、リーゼロッテの父である前ハイベルク伯爵を図らずも殺害した、貴族殺しの容疑がある。

 彼女が入殿し、ハイベルク家存続のために前当主は原因不明の失踪として片付けられていた。

 しかし、それは王太子であるフリッツが裏に手を回したからにすぎない。

 言うことを聞かなければ、ユリウスを投獄する──彼はそう言っているのだ。

 言葉の意味を理解したリーゼロッテは振り解こうと動かす腕を止めた。

 俯きユリウスを想う。

 他人にも自分にも厳しく、どこか儚さのある美しさで、表情を滅多に変えない冷静な彼。

 しかし実直で、誰よりも領民や使用人たちを思い遣り、時に危険を顧みず行動し、ふと寒さが緩むように笑う表情を彼女は知っている。

 彼の厳しさも、幼い頃からの苦労があったからだと彼女は分かっている。

(……ユリウス様には……もうこれ以上、何も背負わせない……)

「…………わかり、ました。殿下に従います」

 顔を上げたリーゼロッテはフリッツを正面から見据えた。

 堂々とした立ち振る舞いに、兵の幾人かが息を呑む。

 話はまとまった、とばかりに近衛兵長がフリッツに進言した。

「では殿下、あとは私たちに……」

「いや、もう下がれ」

 フリッツから出た言葉に、近衛兵長は目を丸くする。

「は……い……? ですが……」

「彼女は曲がりなりにも聖女だ。ここから出すわけにはいかない。聖殿の奥の牢に入れ、私直々に取り調べを行う。神官、案内を」

「……承知いたしました」

 ヘッダが機械的に頭を下げると、近衛兵長はそれ以上何も声を上げられない。

 戸惑いながらも兵に引き上げを命じると、部屋から出て行った。

「……さて……着いてきてもらおう。逃げようものなら……」

「逃げません」

 強く言い放ったリーゼロッテを忌々しそうに一瞥すると、フリッツは踵を返した。
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...