悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ

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5章.妹君と辺境伯は時を刻む

226.ユリウスは嫉妬する②

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 馬車が出発してからしばらくして、ユリウスは何一つ声を発しなくなった。

 それどころか向かい合って座るリーゼロッテとも視線を合わせようとせず、終始険しい表情で考え込む素振りを見せている。

 何か言いかけようと口を開くが、言葉にできないのか結局口を噤む。

 彼の言葉を待っていたリーゼロッテは、窓から差す光すら煩わしく、思い悩む彼の邪魔をしないようそっとカーテンを閉めた。

 原因は分かっている。

 おそらくテオの仕業だろう。

 彼に何を言われたのかは分からないが、それでもここまでユリウスが言うのも躊躇うような悩みなど、一体何なのだろうか。

 リーゼロッテは気になって仕方がなくなり、意を決してユリウスに声をかけた。

「あの……ユリウス様、いかがされましたか?」

「……ん?」

「その、ずっと黙っていらっしゃるので……」

 つい今しがた気づいたように顔を上げたユリウスは、苦悩に満ちた表情を隠すこともなく彼女を見つめた。

 むしろ彼女を視界に入れたことで、余計にその苦悩が増したように思える。

 彼は不自然に視線を逸らすと、僅かに頭を下げた。

「……すまない……少し考え事をしていた」

「考え事、ですか……?」

 先ほど以上に重々しい沈黙が流れる。

 思い悩むユリウスを盗み見た。

 彼の表情を隠すように白髪はくはつが垂れ、紫電の瞳はいつもの鋭さや輝きが足りない。

 暗い表情に見えるのは、カーテンで遮光しているせいだけではないだろう。

「……リーゼ」

 ややあって、逡巡するかのように視線を上げた彼は重い口を開いた。

「はい」

「……テオと、何かあったか?」

「何か……とは?」

 意味ありげな言葉に、リーゼロッテは首を傾げる。

 聖殿で暮らしている間、テオと何かあったかと言われると急には出てこない。

 ユリウスとの思い出の品を保存していてもらったり、デボラとエルを呼んでもらったり、比較的自由に過ごさせてもらった。

 まるでテオと諍いがあったかのような聞き方に、感謝こそあれ不満などほとんどなかったリーゼロッテは考えど考えどユリウスの聞きたい『何か』は出てきそうにない。

 リーゼロッテの困ったような顔に、ユリウスは切羽詰まった表情で言い淀む。

「……その……テオが……リーゼの身体を……」

 これ以上は言いたくない。

 ユリウスは奥歯を噛み締めると言葉を飲み込んだ。

 きょとん、とした表情の彼女が愛らしいはずなのに、何故か今ばかりはその無垢さに苛立ちにも似た何かが込み上げてくる。

 それもこれも全て、悪戯に囁いたテオの言葉にある。

(くそ……っ!)

「ゆ、ユリウス様っ?!」

 ユリウスは苛立ちを押し付けるように、リーゼロッテの顔の横に両手を乱暴についた。

 ぎしり、と彼の片足を加えた彼女の座席が軋む。

 閉じ込められた形のリーゼロッテは戸惑いつつも、どこか追い詰められた様子のユリウスを見つめた。

 その視線すらも居た堪れないのか、ユリウスは顔を横に逸らす。

「……すまない。その……テオから……リーゼを……だ、抱きしめた、と聞いた」

「……え……あ……!」

 絞り出すような声に、思い当たることのあったリーゼロッテは声を上げる。

 確かにそんなこともあったが、それは密偵を撒き、監視を外すためにしたこと──いや、されたことだ。

 ユリウスの様子に合点のいったリーゼロッテは、「違います」と声を上げかけた。

 しかし、それは顔を上げたユリウスの切なそうな瞳に止められる。

「……教えてくれないか……? リーゼは……テオのことをどう思っている? 離れている間に何があった?」

「ユリウス様……」

「……私はリーゼに触れても良いのか?」

 いつも自信に満ち溢れた彼の珍しく気弱な問いに、リーゼロッテの胸はきゅう、と締め付けられる。

 今すぐにでも抱きしめ、彼を安心させたい。

 離れて過ごした分を取り戻すためにも愛の言葉を口にしたい。

 思わず手を彼の背に伸ばしかけたリーゼロッテは、その手をぴたり、と止めた。

 ──ですが、それでは結局、ユリウス様の不安を有耶無耶にすることと同じでは……?

 溢れる感情を押し止めたリーゼロッテは、答えを求めるユリウスの瞳を見つめた。

「……はい。その、テオ様がどうおっしゃったのか分かりませんが……実はその件は訳がございまして……」

 ゆっくりと、しかし誤解のないように丁寧に密偵のことを説明する。

 その説明を、ユリウスは黙って聞いていた。

「……ということなのです。ですから、ユリウス様がお気になさることは何もございません」

 説明が終わり、ユリウスは脱力するように下を向いた。

(テオめ…………図ったな……)

 彼が耳打ちで聞かされたのは『リーゼロッテさんを抱きしめちゃった。ごめんね』とだけだ。

 密偵のことなど一言も聞いていない。

 詳しいことを聞く前に馬車が発車し、ユリウスは悶々とした思いを抱え、膨らませるしかなかった。

(全く……リーゼに情けないところを……それどころかこんな迫るようなことまで……)

「……ユリウス様?」

 しきりに反省する彼を、リーゼロッテは覗き込むように首を傾ける。

「何でもない……そうか、すまなかった。怖い思いをさせた」

 ユリウスは顔を上げて謝ると、座席に戻ろうとついた両手を離した。

 しかし彼女はその手を取ると、自らの頬に当てる。

 不意に与えられた彼女の滑らかな肌の感触と温もりに、片足を退けようとした彼の身体は硬直したように固まった。

「……いいえ。怖くなど……誤解をされたままの方が怖いです。私はずっと、ユリウス様をお慕いしております。ユリウス様なら何をされてもその……」

「……リーゼ……」

 赤らむ頬から彼女の体温の上昇が感じられ、ユリウスもまた彼女への想いがとめどなく湧き上がるのを感じた。

 見上げてくる彼女がたまらなく愛おしい。

 それと同時に、先ほど感じた狂おしいほどの嫉妬が微かに混じり、ユリウスは再び彼女の座席に体重をかけた。

「ただ……それとこれとは別だ」

「ユリウスさ………」

 同意も反論も、逃げることすら許さないとばかりに自らの唇を押し当て、彼女の口を塞ぐ。

 口の中も、息も、全ても奪い尽くすような深い口付けに、時折彼女の喘ぐような呼吸が混ざる。

 リーゼロッテの蕩ける表情が扇情的に映り、煽られたようにより一層深くユリウスは口付けた。

(テオに触れられたところなど……私で全て……満たされて欲しい……)

 腰に手を回し、覆い被さるように抱きしめると、彼女もまた彼の背中に手を這わせるようにして抱きしめる。

 貪り合うような野生的なキスを交わし、どちらともなく唇を離す。

 少し上目遣いの潤んだ瞳が、乱れた呼吸に上気した頬が、力を緩めない肩に回した腕が、リーゼロッテの全身から求められているようにユリウスには感じられた。

「……悪いが……止めてやれそうに、ない」

 荒い呼吸の中、掠れた声で囁くと、彼らは再び唇を重ね合わせた──。
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