11 / 67
第一幕 壱
誓いをもう一度
しおりを挟む
眠りについてどれくらい経ったのか分からないけれど、私は何となく違和感を覚えて目を覚ました。
時計の音と川のせせらぎが聞こえるだけの部屋は真っ暗で、まだ夜が明けるには早い時間だと分かる。
あれからあんまり寝れてないのかな。
ぼんやりと天井を見上げていた私は、再びうとうとと襲い来る眠気に抗う事もなく目を閉じた。が、すぐにパッと開いた。
足下の布団に、何か重みを感じる。
「……っ」
この部屋に寝泊まりしてるのは私だけだから、足下に重みなんて感じるはずがない。
一瞬、荷物が布団に乗っかったのかとも思ったけれど、翌日の着替えと荷物は頭元に置いてあるからそれもない。
何か、体が動かないんですけど!?
つまりこれは、属に言う金縛りと言うやつ!?
人生初めての金縛りに私はパニックに陥りながらも、自分の足元にある何かを食い入るように見つめる。この時ほど、見なければ良いのについ見てしまいたくなる人の性を恨みたくなった。
「……!?」
声を出せず、目線だけを何とか暗い足下に向けるとキラリと光る二つの眼が見え、ずっしりと重心をかけていたそれがゆっくりと動いた。
ゆっくり、ゆっくり……。それは足元から上に向かって這い登って来る。
えぇぇ!? ヤ、ヤダヤダ!
私は心の中でそう叫びながらも、這い登ってくるそれから目をそらせなかった。
音もなく腰の位置までそれが登って来た時、私はようやくギュッと目を閉じる。
身を固くして、早く立ち去る事を一心に願いながら息をもつめていると、それは胸の辺りでようやく動きを止めた。そして顔のそばに近付いてくる気配をひしひしと感じると、私はいよいよ恐怖から悲鳴をあげたくなる。
「……っや」
たった一言、掠れた声が喉の奥から出たのと同時に、頬に暖かな何かが触れた。
止めれば良いのに、その感触に思わず目を開いて、こちらを覗き込んでいるそれを見上げてしまった。
「……っ!?」
私はそれを見てますます身体を硬直させて再び声を失い、息をするのも忘れてしまった。
だって、そこにいたのは……。
「……加奈子殿」
覆い被さるようにして、こちらを見下ろしているのは狸奴だった。
「……り、狸奴!?」
這い登ってくるのが得体も知れず実体もない幽霊だと思ったら、その正体が黒猫の狸奴だと分かり、体から力が抜けていくのを感じた。いや、別の意味で緊張してしまうんだけど。
「ど、どどどどうしたの? こんな真夜中に」
「あなたと、主従関係を結びに来ました」
「え?」
突然のその言葉に、私は目を見開いてしまう。
だって、さっきは望んでないって言ってたのに……。
「何で、急に……」
「……私はただ、意固地になっていたのかもしれません」
寂しげに見下ろしてくる狸奴に、私はギクシャクしながらも彼を見上げた。
「自分の気持ちに素直になれと、先ほど妖狐殿にも主にも叱られました」
困ったように耳を垂れる彼の姿に、私は不覚にもドキドキしながら見入ってしまう。
一人で顔を赤くしてる自分がバカみたいだと思う。しかも相手は人間でもただの猫でもない、あやかしだって言うのに。
や、幸い暗いから、私の顔が赤いのは狸奴は分からないと思うけど……。
「り、狸奴……?」
「……幸之助」
「え?」
「我が真名は、幸之助。加奈子殿が私を受け入れて下さるのであれば、私は喜んであなたの為にこの身を捧げましょう」
とても真剣な眼差しで見下ろされそう囁かれると、恥ずかしさの方が勝るんですけど!?
「……こ、幸之助?」
ぎこちなく名を呼ぶと、幸之助はゆっくり顔を近付けてくる。
私が思わずギュッと目を閉じると、額に暖かな感触が伝わった。と、同時にまるで彼の名前と何か分からない強い結び付きを心の中で感じて恐る恐る目を開いた。
「……あ、あれ?」
目を開くと先ほどまでそこにいたはずの幸之助の姿はなくなっていた。
覆い被さる重みもなくなっていて、さっきのは何だったのかと思えるくらい……。
「……??」
私は訳が分からずむくりと起き上がって、暖かな感触の残る額に手を当てた。
翌朝、私は神社へと向かった。
相変わらず誰もいない閑散とした神社。ぐるりと辺りを見回すと、社の中から黒猫姿で2尾の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、幸之助が現れた。
「り……じゃなくて、幸之助?」
恐る恐る声をかけると、幸之助は私の足下に近づいて頭を擦り寄せて来た。そして私の前まで来るとチョコンと座ってこちらを見上げてくる。
「お待ちしておりました。我が主」
昨夜と同じく黒猫の姿のままなのに、幸之助は普通に人の言葉で会話してきた。
私は思わず辺りを見回して、誰もいない事を確認すると幸之助はクスクスと笑う。
「ご安心下さい。普通の人間には私の姿も声も、誰にも見えませんし聞こえませんから」
「あ、そ、そうなんだ……」
な、なんだろ。今は猫の姿だけど、なんか意識してしまう……。
真顔で、昨日の夜の事は何もなかったかのように話す幸之助から、込み上げる恥ずかしさに勝てずに、ぎこちなく返事をしつつ視線をそらした。
「主?」
私のその様子に、不思議そうな顔を浮かべてこちらを見てくる幸之助は、小首を傾げている。
な、何で私ばっかりこんな意識して、当人は平然としてるの!?
そう思ったら、追求したくなってきた。
「あ、あのね……。幸之助、昨日の夜私の額にキスしたでしょ」
「きす?」
まるで聞きなれない言葉だと言いたげに、不思議そうな顔でそう聞き返してきた幸之助は、しばし考えたあと真剣な顔で口を開いた。
「すみません。鱚はまだ食べた事がなくて……。主の額に寝てる間に鱚が乗ったんですか? 不思議な事があるものですね。仁淀川で鱚はとれないはずなんですが……。でも、少々羨ましい」
「ち、違うわよ! チューしたでしょって言ってるの!」
「ちゅう? ……今度はネズミですか?」
あまりにも真面目な顔で答える幸之助に、私は少し腹が立って、彼の身体を抱き上げ、ふわふわで小さな口元に人差し指を押し当てた。
「ここを額にくっつけたでしょって言ってるの!」
「……」
幸之助はしばし時が止まったかのように押し黙ると、ようやく理解したのか身体中の毛をブワッと逆立てて、黒猫なのに分かるくらい顔を赤らめてブンブンと首を横に振った。
「せ、せ、接吻などと、そんな、主に対してそのような無礼はできません!」
そんなに全力で否定されたらされたで、ちょっと傷つくんだけど……。
私は狼狽える幸之助に、ちょっと意地悪をしてみたくなった。
ちょっとした仕返し。昨日私を驚かせたんだから。
「大体、真夜中に女性の部屋に入って来て、覆い被さるのもどうかと思うわ。あれじゃまるで夜這いよ!」
「も、申し訳ありません! 早くお話しなければと、急いたばかりに……」
耳をペタリと倒して恐縮する彼を見ていたらだんだん可笑しくなってきた。
悪気があった訳じゃない事は分かってるし反省もしてるようだし、これ以上は許してあげますか。しかも猫の姿だからか可愛く思えて、私は彼のふわふわの身体をギュッと抱きしめた。
「ごめん、もう怒ってないよ」
「か、加奈子殿……」
抱きしめた温もりが、安心させる。
それは彼も一緒なのか、しばらく抱き抱えているうちに猫特有のゴロゴロと甘えたように喉を鳴らし始めた。
きっと、幸之助も人の温もりが恋しかったんだよね。長い間ずーっと一人でいたんだもの。温かさを伝える。これが私が彼にしてあげられる、最初の事なんだろうな。
そう思いながら、安心しきった彼の身体を撫でながら空を見上げる。
ギラギラと照り付ける太陽。蒸し暑い空気。忙しない蝉の声。
……あぁ、そうだ。私、夏休み中だった。
忘れていた現実を思い出し、途端に気持ちが沈むのを感じた。
私は彼を抱えたまま、社の軒下へ向かい境内の端に腰を下ろす。
「……ねぇ、幸之助」
膝の上にいる幸之助を撫でながら声をかけると、彼もピクリと耳を動かし、私が何を言わんとするのが分かったかのように顔を上げた。
「……加奈子殿。私はあなたと主従関係を結びましたが、私はやはり、ここから離れる事は出来ません。でも、あなたには帰るべき場所があるのですよね」
「うん、そうなんだけど……」
私の膝の上で座り直した幸之助は、真っ直ぐにこちらを見上げ笑っているような表情を見せた。
「私ね、まだしばらく学校が休みなのよ。だから、休みが終わるまではここにいようかなって思ってる」
「え? でも……」
「幸之助がここから別の場所に行きたくないことも、主さんを大切にしている気持ちも全部よく分かるから。それに主従関係にあると言っても、私はあなたのことを従えたいだなんて思ってないし。だから、これからは幸之助の好きにしていいわ。私はここであなたのそんな姿が見てみたいなって、単純に思ったのよ」
にっこり笑う私に、幸之助は戸惑いの色を露わにしていた。
「それに、離れたとしても私たちには切っても切れない絆が出来たでしょ? これで幸之助もさみしくないよね?」
「加奈子殿……」
ぺたりと耳を垂れ、感激したような顔を浮かべる幸之助が堪らなく可愛くて、私はもう一度彼をぎゅうっと抱きしめた。
「私は、あなたと結んだこの繋がりを信じる事にします」
「うん」
「今一度、主に誓いを立てましょう。あなたが困っている時は、必ずあなたの助けになると。昔の私には出来なかった事も、きっと今の私には出来るから」
そう言う幸之助に、私は彼の額に自分の額をくっつけて目を閉じた。
「……うん。ありがとう。じゃあ私も約束する。夏休みが終わってここを離れても、また必ずここに帰ってくるって」
「加奈子殿……」
私の頰に柔らかな感触が当たり、ふと見ると彼の肉球が触れていた。
私はクスクスと笑い、幸之助の身体を持ち上げた。
「幸之助、あなたに出会えて良かった」
「私もです」
真夏の強い日差しの中で、私たちは新たな誓いと約束を交わした。
時計の音と川のせせらぎが聞こえるだけの部屋は真っ暗で、まだ夜が明けるには早い時間だと分かる。
あれからあんまり寝れてないのかな。
ぼんやりと天井を見上げていた私は、再びうとうとと襲い来る眠気に抗う事もなく目を閉じた。が、すぐにパッと開いた。
足下の布団に、何か重みを感じる。
「……っ」
この部屋に寝泊まりしてるのは私だけだから、足下に重みなんて感じるはずがない。
一瞬、荷物が布団に乗っかったのかとも思ったけれど、翌日の着替えと荷物は頭元に置いてあるからそれもない。
何か、体が動かないんですけど!?
つまりこれは、属に言う金縛りと言うやつ!?
人生初めての金縛りに私はパニックに陥りながらも、自分の足元にある何かを食い入るように見つめる。この時ほど、見なければ良いのについ見てしまいたくなる人の性を恨みたくなった。
「……!?」
声を出せず、目線だけを何とか暗い足下に向けるとキラリと光る二つの眼が見え、ずっしりと重心をかけていたそれがゆっくりと動いた。
ゆっくり、ゆっくり……。それは足元から上に向かって這い登って来る。
えぇぇ!? ヤ、ヤダヤダ!
私は心の中でそう叫びながらも、這い登ってくるそれから目をそらせなかった。
音もなく腰の位置までそれが登って来た時、私はようやくギュッと目を閉じる。
身を固くして、早く立ち去る事を一心に願いながら息をもつめていると、それは胸の辺りでようやく動きを止めた。そして顔のそばに近付いてくる気配をひしひしと感じると、私はいよいよ恐怖から悲鳴をあげたくなる。
「……っや」
たった一言、掠れた声が喉の奥から出たのと同時に、頬に暖かな何かが触れた。
止めれば良いのに、その感触に思わず目を開いて、こちらを覗き込んでいるそれを見上げてしまった。
「……っ!?」
私はそれを見てますます身体を硬直させて再び声を失い、息をするのも忘れてしまった。
だって、そこにいたのは……。
「……加奈子殿」
覆い被さるようにして、こちらを見下ろしているのは狸奴だった。
「……り、狸奴!?」
這い登ってくるのが得体も知れず実体もない幽霊だと思ったら、その正体が黒猫の狸奴だと分かり、体から力が抜けていくのを感じた。いや、別の意味で緊張してしまうんだけど。
「ど、どどどどうしたの? こんな真夜中に」
「あなたと、主従関係を結びに来ました」
「え?」
突然のその言葉に、私は目を見開いてしまう。
だって、さっきは望んでないって言ってたのに……。
「何で、急に……」
「……私はただ、意固地になっていたのかもしれません」
寂しげに見下ろしてくる狸奴に、私はギクシャクしながらも彼を見上げた。
「自分の気持ちに素直になれと、先ほど妖狐殿にも主にも叱られました」
困ったように耳を垂れる彼の姿に、私は不覚にもドキドキしながら見入ってしまう。
一人で顔を赤くしてる自分がバカみたいだと思う。しかも相手は人間でもただの猫でもない、あやかしだって言うのに。
や、幸い暗いから、私の顔が赤いのは狸奴は分からないと思うけど……。
「り、狸奴……?」
「……幸之助」
「え?」
「我が真名は、幸之助。加奈子殿が私を受け入れて下さるのであれば、私は喜んであなたの為にこの身を捧げましょう」
とても真剣な眼差しで見下ろされそう囁かれると、恥ずかしさの方が勝るんですけど!?
「……こ、幸之助?」
ぎこちなく名を呼ぶと、幸之助はゆっくり顔を近付けてくる。
私が思わずギュッと目を閉じると、額に暖かな感触が伝わった。と、同時にまるで彼の名前と何か分からない強い結び付きを心の中で感じて恐る恐る目を開いた。
「……あ、あれ?」
目を開くと先ほどまでそこにいたはずの幸之助の姿はなくなっていた。
覆い被さる重みもなくなっていて、さっきのは何だったのかと思えるくらい……。
「……??」
私は訳が分からずむくりと起き上がって、暖かな感触の残る額に手を当てた。
翌朝、私は神社へと向かった。
相変わらず誰もいない閑散とした神社。ぐるりと辺りを見回すと、社の中から黒猫姿で2尾の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、幸之助が現れた。
「り……じゃなくて、幸之助?」
恐る恐る声をかけると、幸之助は私の足下に近づいて頭を擦り寄せて来た。そして私の前まで来るとチョコンと座ってこちらを見上げてくる。
「お待ちしておりました。我が主」
昨夜と同じく黒猫の姿のままなのに、幸之助は普通に人の言葉で会話してきた。
私は思わず辺りを見回して、誰もいない事を確認すると幸之助はクスクスと笑う。
「ご安心下さい。普通の人間には私の姿も声も、誰にも見えませんし聞こえませんから」
「あ、そ、そうなんだ……」
な、なんだろ。今は猫の姿だけど、なんか意識してしまう……。
真顔で、昨日の夜の事は何もなかったかのように話す幸之助から、込み上げる恥ずかしさに勝てずに、ぎこちなく返事をしつつ視線をそらした。
「主?」
私のその様子に、不思議そうな顔を浮かべてこちらを見てくる幸之助は、小首を傾げている。
な、何で私ばっかりこんな意識して、当人は平然としてるの!?
そう思ったら、追求したくなってきた。
「あ、あのね……。幸之助、昨日の夜私の額にキスしたでしょ」
「きす?」
まるで聞きなれない言葉だと言いたげに、不思議そうな顔でそう聞き返してきた幸之助は、しばし考えたあと真剣な顔で口を開いた。
「すみません。鱚はまだ食べた事がなくて……。主の額に寝てる間に鱚が乗ったんですか? 不思議な事があるものですね。仁淀川で鱚はとれないはずなんですが……。でも、少々羨ましい」
「ち、違うわよ! チューしたでしょって言ってるの!」
「ちゅう? ……今度はネズミですか?」
あまりにも真面目な顔で答える幸之助に、私は少し腹が立って、彼の身体を抱き上げ、ふわふわで小さな口元に人差し指を押し当てた。
「ここを額にくっつけたでしょって言ってるの!」
「……」
幸之助はしばし時が止まったかのように押し黙ると、ようやく理解したのか身体中の毛をブワッと逆立てて、黒猫なのに分かるくらい顔を赤らめてブンブンと首を横に振った。
「せ、せ、接吻などと、そんな、主に対してそのような無礼はできません!」
そんなに全力で否定されたらされたで、ちょっと傷つくんだけど……。
私は狼狽える幸之助に、ちょっと意地悪をしてみたくなった。
ちょっとした仕返し。昨日私を驚かせたんだから。
「大体、真夜中に女性の部屋に入って来て、覆い被さるのもどうかと思うわ。あれじゃまるで夜這いよ!」
「も、申し訳ありません! 早くお話しなければと、急いたばかりに……」
耳をペタリと倒して恐縮する彼を見ていたらだんだん可笑しくなってきた。
悪気があった訳じゃない事は分かってるし反省もしてるようだし、これ以上は許してあげますか。しかも猫の姿だからか可愛く思えて、私は彼のふわふわの身体をギュッと抱きしめた。
「ごめん、もう怒ってないよ」
「か、加奈子殿……」
抱きしめた温もりが、安心させる。
それは彼も一緒なのか、しばらく抱き抱えているうちに猫特有のゴロゴロと甘えたように喉を鳴らし始めた。
きっと、幸之助も人の温もりが恋しかったんだよね。長い間ずーっと一人でいたんだもの。温かさを伝える。これが私が彼にしてあげられる、最初の事なんだろうな。
そう思いながら、安心しきった彼の身体を撫でながら空を見上げる。
ギラギラと照り付ける太陽。蒸し暑い空気。忙しない蝉の声。
……あぁ、そうだ。私、夏休み中だった。
忘れていた現実を思い出し、途端に気持ちが沈むのを感じた。
私は彼を抱えたまま、社の軒下へ向かい境内の端に腰を下ろす。
「……ねぇ、幸之助」
膝の上にいる幸之助を撫でながら声をかけると、彼もピクリと耳を動かし、私が何を言わんとするのが分かったかのように顔を上げた。
「……加奈子殿。私はあなたと主従関係を結びましたが、私はやはり、ここから離れる事は出来ません。でも、あなたには帰るべき場所があるのですよね」
「うん、そうなんだけど……」
私の膝の上で座り直した幸之助は、真っ直ぐにこちらを見上げ笑っているような表情を見せた。
「私ね、まだしばらく学校が休みなのよ。だから、休みが終わるまではここにいようかなって思ってる」
「え? でも……」
「幸之助がここから別の場所に行きたくないことも、主さんを大切にしている気持ちも全部よく分かるから。それに主従関係にあると言っても、私はあなたのことを従えたいだなんて思ってないし。だから、これからは幸之助の好きにしていいわ。私はここであなたのそんな姿が見てみたいなって、単純に思ったのよ」
にっこり笑う私に、幸之助は戸惑いの色を露わにしていた。
「それに、離れたとしても私たちには切っても切れない絆が出来たでしょ? これで幸之助もさみしくないよね?」
「加奈子殿……」
ぺたりと耳を垂れ、感激したような顔を浮かべる幸之助が堪らなく可愛くて、私はもう一度彼をぎゅうっと抱きしめた。
「私は、あなたと結んだこの繋がりを信じる事にします」
「うん」
「今一度、主に誓いを立てましょう。あなたが困っている時は、必ずあなたの助けになると。昔の私には出来なかった事も、きっと今の私には出来るから」
そう言う幸之助に、私は彼の額に自分の額をくっつけて目を閉じた。
「……うん。ありがとう。じゃあ私も約束する。夏休みが終わってここを離れても、また必ずここに帰ってくるって」
「加奈子殿……」
私の頰に柔らかな感触が当たり、ふと見ると彼の肉球が触れていた。
私はクスクスと笑い、幸之助の身体を持ち上げた。
「幸之助、あなたに出会えて良かった」
「私もです」
真夏の強い日差しの中で、私たちは新たな誓いと約束を交わした。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる