約束のあやかし堂 ~夏時雨の誓い~

陰東 紅祢

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サヨナラとありがとう

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 その日、私はまた真吉さんの夢を見た。だけど、今回はいつもよりもずっと朗らかで柔らかい笑みを浮かべた、紋付き袴で髪をしっかり結い上げた真吉さんだった。
 真吉さんは、今私が住まわせて貰っている黒川のお屋敷の門の前に立っていて、その隣には綺麗な着物をまとったおヨネさんも立っている。

「おお、加奈子殿。待ちよったぜよ」

 私を待っていたと言う真吉さんは片手を上げて私を呼び寄せた。

「どうしたんですか? おヨネさんも一緒だなんて……」

 私が近くに駆け寄ると、真吉さんとおヨネさんはお互いの顔を見合わせてどこか言い難そうな雰囲気を出してくる。その様子が今までとはまるで違っていて、私の胸をざわめかせる。

 何だろう……。何か、あんまりいい話じゃない気がする……。

 私が不安そうに二人を見ると真吉さんは少しだけ困ったように笑って、でもとびきり優しい声で口を開いた。

「……そろそろ、わしらぁ行かないかんき、挨拶しようと思うちょったがよ」
「行く? 行くって、どこへですか……?」

 私がそう言うと、真吉さんはにっこりと笑いそれ以上何も言わず私の頭を撫でて来た。
 まるでお父さんに撫でられているかのような温かい気持ちがひしひしと感じ、同時に私は「行かなければいけない」の意味を察してしまった。だから咄嗟に真吉さんの着物の裾をぎゅっと掴んでしまう。

「い、行かないで下さい!」
「そうしちゃりたいけんどねゃ……。わしの想いはもうしっかりと見届けることが出来たき、もう行かないかんがよ」
「で、でも、幸之助が……」

 行かないでなんて子供みたいだなって思うし、真吉さんを止めておく事が出来ない事も分かっているけど、ずっと傍で見守って来てくれた人がいなくなってしまうことの喪失感が大きくてつい我儘を言ってしまう。

 そんな私の手を、おヨネさんがぎゅっと握り返してきて私は彼女を見た。

「加奈子殿と言いましたね。これまでの事感謝します。こうしてこん人の抱えていたもの一つ一つまた繋げてくれて、私たちはようやく往生出来るがです」
「だけど……」
「あなたが私たちの絆をもう一度繋いでくれて、思いを継いでくれたがです。だからこれ以上ここにいることは出来んがです」
「でも……」
「加奈子殿」

 私は頭がパニックになっていて、どう言葉を繋いでいいかすら分からなくなっていたけど、それでも食い下がろうとする私におヨネさんはキリっとした顔を見せてぎゅっと手を強く握り返して来た。

「往生際は良くなければなりません。いつまでもその場の感情に縛られていては次に進めませんよ。それは男も女も関係ないがです。受け入れる事も必要ながです。あなたはしっかり自分の足で立っていられる人ながは、知ってますよ。私たちはいつでも、これからもあなたを見守っている事に代わりは無い事、良く覚えておいて下さい」

 ビシッと厳しい顔でそう言うおヨネさんだったけど、最期に彼女はふんわりと微笑んで私をぎゅっと抱きしめてくれた。そして私を抱きしめるおヨネさんごと真吉さんが抱きしめて来る。

「あなたは私たちの大切な子孫です。今までよりも少しだけ遠くで、ずっと見守っていますからね」
「加奈子殿。後の事はどうか……幸之助と他の皆の事、頼むぜよ」

 そんな事言わないで欲しい。でも、二人がいつまでもこの場所にいられないのも理解してる。だけど凄く凄くもどかしくて、寂しくて仕方が無くて私は大粒の涙を流しながら二人にしがみついていた。

「あぁ、最期に伝えにゃいかん。加奈子殿。屋敷の上座敷にある右側の畳の下を見てや」
「畳の下……?」
「わしらぁから、加奈子殿たちへの、これがほんまに最期の贈り物やき。見つけたら、あとは加奈子殿の自由にしてかまんきね」

 そう言うと、真吉さんはもう一度私の頭をくしゃくしゃと撫で、屋敷の門扉に手をかけた。開いた門の先は光が差していて、先におヨネさんが門をくぐって出て行く。真吉さんもそんな彼女に続いて門をくぐろうとして、もう一度私を振り返った。

「わしゃあ、ほんまに幸せもんじゃ!」

 ニカっといつも見ていた笑顔を見せるとすぐに門をくぐって出て行き、門がゆっくりと閉じて行く……。


「……っ!!」

 完全に門が閉じると同時に私は目を覚ました。
 見開いた目からは幾筋も涙が流れ落ちているのを感じながら私は緩慢な動きで起き上がり、部屋の外に目を向けてみる。
 薄く開いた障子の向こうには仄明るい月明かりと虫の声が聞こえて来る。

「……本当に行っちゃった」

 私は零れる涙を手の甲で軽く拭いながら視線を下げて誰に言うでもなくぽつりとそう呟くと、ふと障子の向こう側に人影が写り込んだのに気が付いて視線を上げるとそこには愕然とした表情の幸之助が立っていた。

「幸之助……?」
「……主殿が……」

 そう言うと、幸之助の耳がぺたりと寝てその途端に表情は崩れ、その目からハラハラと涙が流れ落ちた。
 何も言わずにただ静かに涙を流す幸之助を見て、私はすぐに分かった。
 
 幸之助も見たんだ。真吉さんの夢。
 真吉さん、ちゃんと幸之助にもさよならを言って行ったんだね。

 私は立ち上がって彼の傍に歩み寄り、ぎゅっと抱きしめた。

「真吉さん、行っちゃったね……」
「……っ」
「幸之助が見た真吉さんは笑ってた?」

 私がそう訊ねると、幸之助は目を閉じて答える代わりに大きく何度も頷き返した。零れる涙が止められなくて子供みたいにボロボロと泣きじゃくる彼の姿を見ていると、本当に子供みたいだなと思ってしまった。

 妖狐や鞍馬が言っていた言葉が、今分かったような気がする。
 私から見たら大人でも、彼はまだあやかしの中では赤子同然なんて……ほんとそうなんだろうな。
 
 私は彼を抱きしめる手に力を込めてみる。そしたら、幸之助は逆に私を思い切り抱きしめ返して来た。
 すっかり抱きすくめられてしまった私は驚いてしまったけど、私も目を閉じて彼の胸に顔を摺り寄せる。

「真吉さんが笑っていたなら良かった。私の夢でも真吉さん笑ってたよ。これからもずっと見守ってるって。だから寂しくないよ。大丈夫……私もいるもの」

 そう言って、心の奥底が少しだけ痛んだ。
 ずっと一緒にいると言って、いつか私も彼の元を去らなければならない時が必ず来る。そしたらきっと、彼は今みたいに泣いちゃうかな……。取り乱したりしないかな。その時、慰めてくれるのはきっと、鞍馬や妖狐たちなんだろうなって思う。

 でも、その事は今は考えない。まだ早いの。終わりを考えるのは早過ぎる。そう言ったのは他でもない私自身だもの。

「私、あなたの傍にいるからね」
「……っはい」

 幸之助はぎゅっと抱きしめる腕に力をこめて、微かに震える声で短くそう答えた。
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