約束のあやかし堂 ~夏時雨の誓い~

陰東 紅祢

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お墓参り.弐

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 鞍馬は気を使ってあんまり高い位置を飛んだりスピードを出したりはせずに気を使ってくれているのは分かるんだけど、それでも生えている木よりは高い位置を飛んでるわけで。
 暴れる事さえ怖くてがっちり襟首を掴んでいる私の眼下で、幸之助たちがお墓までの道を登っている姿がチラリと見えた。幸之助は何度も心配そうにこちらを見上げてくる。

 そ、それにしても一体どこにあるっていうの? 真吉さんのお墓は……。

 恐々薄目を開けて下を見ていると、山の頂上付近に少しだけ開けた場所があるのに気が付いた。そしてその中央に、まるで賽の河原のように積み上げた石の山も……。

「あ、ねぇ、もしかしてあれかしら?」

 私の視線の先を見やった鞍馬は、ゆっくりと下降してその場所に降り立った。
 地面に降ろされると途端にどっと疲れが出ちゃうのは許してほしい。慣れない事すると体が強張っちゃうもんでしょ? 腰が抜けるかと思った……。

「……」
「鞍馬?」

 へろへろになってしまっている私をよそに一人、お墓と思しき石山の前にゆっくりと歩み出た鞍馬の背中を見上げる。
 私を抱き抱えて飛んでいる間から口数が少なくなっていた鞍馬が気になり、そっと彼の横に立って窺うように見上げ、目を見開いた。
 彼は固い拳を両手に握り込み、眉間に深い皺を刻んで真一文字に引き結んだ状態の口。感情が高ぶっている様子が黙っていても分かる。そんな顔を浮かべていた鞍馬の目からポロっと涙が零れ落ちた。 

「!」

 鞍馬が泣くところなんて、私初めて見た。

 彼が何も語らず涙を流すのは、それだけ胸に迫るものがあるからだろうな。
 真吉さんに出会ってからずっと黒川家を見守って来た鞍馬がどんなにここに来たかったかってことも、手に取るように分かる。だから私も何も言えなくなり、彼から目を逸らした。

 目の前にあるのはお墓と呼ぶにはあまりにも簡素で、名前も掘られることもないものだけど、彼は間違いなくここに眠っている。無縁仏になっているって言っていたけど、こんなに綺麗なのは幸之助が手入れを怠っていなかったことなんだろうな。

「……わしは」

 ぽつっと呟いた言葉に私は鞍馬を見上げたけど、彼の視線は真っ直ぐお墓を見つめたままだ。

「わしは……黒川を見て来た。おんしの最期も看取った。やけどただそれだけで、何も出来んかった事がずっと心の中にしこりとしてあったがじゃ。わしはおんしにずっと申し訳なく思うちょった。罪滅ぼし言うたらえらい立派に聞こえるかもしれんけんど、おんしの気持ちはわしもまた引き受けて、幸之助を守り続けゆうぞね。あと真吉殿……わしゃあ、おんしに謝らにゃならん。最期のあの時、何もしてやれんかった……ほんまに、すまざった」

 鞍馬がそっとお墓に手をかけて思いの丈を口にしている姿を見ていると、私も胸に迫るものがあった。

 鞍馬……あなたも苦しかったんだよね。誰にも言えない大きな秘密、ずっと一人で抱えてきたんだもの。私は、彼のその告白を聞けて分かち合えた唯一の人だけど、それでも鞍馬の心の重圧は半分も減ったりしない事は私にだって分かる。

「……鞍馬」
「……っ」

 私に出来るとしたら、ハンカチを彼に差し出すくらい。
 ハンカチを受け取った鞍馬だけど、自分の涙を拭うこともなく食い入るようにお墓を見つめる横で、私もまた真吉さんのお墓に目を向ける。

 真吉さん、あなたは人としてとても素晴らしい人だと思う。こんなにもあやかし達に慕われて……。ただ時代が合わなかっただけで、ただ、真吉さんの考えが先に行っていただけで人間からは追われてしまうような形になってしまったけど……でも。

「私、あなたの事心から尊敬してます。あなたのような人が私の先祖で良かった。やっとこうして直接会いに来れました。今まで沢山導いてくれて本当にありがとうございます」

 私が真吉さんのお墓に触れ、感謝の言葉を口にする横で鞍馬が涙を拭っているとようやく幸之助たちがこの場所に登ってきた。

「凄い眺めですね……」

 やこがそう呟いてから、私は改めて周りを見回した。
 うん、確かに凄くいい眺め。周りには森の木々が広がる山ばかり。開けたこの山の頂以外は何もない。人里から遠く離れ、誰も来ることが無いだろう山の頂にひっそりと作られたお墓だけ。

「おヨネが……この場所を選んだんです」

 水桶と柄杓、そして仏花を手にした幸之助が私の傍に立って、お墓を見つめながらぽつりと呟いた言葉に私は目を瞬いた。

「おヨネさんが?」
「はい。分け隔てなく、人を愛そうとしてきた主殿は誰よりも多く傷ついてきた。目には見えない無数の傷を受けてボロボロになっているのに、それをおくびにも出さず最期まで自分の信念を貫き、周りに気を使い、優しく振舞っている主殿の事を思うと、もう耐えられなかったとこの墓を作った時に漏らしていました」

 幸之助は墓の上に柄杓で掬った水を掛け、手慣れた様子で手入れをし、仏花を石の前に置いて着物の袂から徳利と杯を出して、持ってきた小瓶の日本酒を注いでそっと供える。
 紙に包んで来た落雁も置いて、ゆっくり顔を上げた幸之助は目を細めた。

「だから、最期に彼が人の手によって斬られた事で安心したとも……。これで、この人は無意味に傷つかなくて済む。ようやく自由になることが出来たんだ、と。誰よりも人を愛して来た人だから、最期は人がいない場所でゆっくり眠って欲しい。そう、言っていました」

 ぽつぽつと語る幸之助の言葉に、私は耐えられずに涙が零れ落ちた。
 あぁ……そうだよね。おヨネさんも苦しかったんだ。
 自分が傷つく以上に、愛した人が傷ついていく事にどうしようもない苦しみを抱えて来ていた。愛しているからこそ傷ついて欲しくは無かったけれど、それが彼の信念で曲がらないのであれば、自らも一緒に傷つきながら彼を最後まで支えて行こうと言う、彼女の信念の強さがよく分かった。

 何より彼女の本音は、幸之助が今話した言葉に全部籠っていた。

 彼女もまた、最期の最期まで真吉さんの事を想い続けていたんだ。じゃなければ、そんんな言葉言えるはずないもの。

「……二人はよく似てるわ。相手を想う優しさも、懐の深さも。それに、胸に抱いた頑なな信念も。固い絆も」
「……今日は加奈子殿も、主殿に助けられ愛し愛されてきた者たちが集まりました。きっと主殿も喜んでいると思います」
「うん……」
「真吉殿ぉおおぉぉ~っ!!」

 しんみりしている時に、唐突に大きな声が聞こえて来るから驚いてその場にいる全員がそちらを振り返ると、虎太郎がわんわん泣きながらお墓にしがみついていた。
 虎太郎だってずっと真吉さんのこと気にかけていたんだもんね。でも……。

「虎太郎……ごめっ……」

 虎太郎の少しオーバーなんじゃないかって思うくらいの泣きっぷりに、私は思わず笑ってしまった。それにつられるように、その場にいた全員が笑ってしまう。
 しんみりするより、こうやってみんな笑って明るくしている方が、もしかしたら真吉さんには凄く嬉しい事なのかもしれないなって、何となくそう思えた。
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