14 / 14
白兎編
6-5.白兎は拒絶する
しおりを挟むその夜、皆が寝静まった頃、からからからと襖が開いた。
とても静やかに、あたりを憚るようなその音は眠ることの出来なかった私の耳に心地良く響いたが、私は月を見上げたままそちらへ目線を向けることはしなかった。
何も言わず、気配だけが近づいてくる。
黒い着物。大きな足。知った体温。
椿はそっと私の頰に手を添えて、私に口付けをした。
「…うさぎ」
「椿…どうして来たんだい」
私は後ろ手に障子を閉め、月光を遮った。
誰にも見られてはならない。この逢瀬は、きっと何者にも知られてはならないのだと、そんな気がしたのだ。
「身体は無事か」
「もう冷えた…。助けてくれてありがとう」
「驚いたよ。湯殿に入ったらお前が真っ赤な顔で倒れてるんだから」
「うっかり寝てしまったみたいだ」
「何事もなくて良かった。気になって仕方なかったんだが、誰に聞いても教えてくれなくてな」
椿はいつものように私を抱き寄せ、膝の上に座らせようとしたが、私はそれをするりと躱して立ち上がった。
笊の上で寝ている雪に手を伸ばし、そっと撫でる。指先から伝わる柔らかさと体温が、私の心を落ち着かせてくれる。
「私は無事だよ。だから椿、今日はもう…」
「うさぎ?」
「椿、君はきっと、本当はここに来ちゃいけなかったんだろう?ねぇ、私は知らなかったけれど。君は知っていたのかい?」
椿の顔を見ようとしたけれど、煌々と輝く月の光が障子紙を通して部屋の中に降り注ぎ、椿の顔は影で真っ暗だった。
椿は少し間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「来ちゃいけない、とは言われていない。ただ案内されなかっただけだ」
「それは、そういうことだろう」
「誰に知れたわけでも、誰に咎められたわけでもないさ。偶然見つけた部屋で、偶然お前に出会ったんだ。それともお前が嫌がるのか?俺の来訪は、俺が来るのは困るのか」
椿の声はなんだかいつもより低く聞こえる。
少しも微動だにせず、私を見据えている。
「旦那様に何か言われたか?それでお前はどうするんだ」
「どうって、私は旦那様のものだから、旦那様の言う通りにする」
「お前が旦那様のもの?ハッ…勘違いするなよ、うさぎ。お前はもう俺のものだ」
こっちへ来い。
ああ、椿は旦那様とはまた違う力を持っているのかも知れない。
低く深い椿の声に命じられ、私はおずおずと椿の元へとにじり寄った。
いけないことだ、本当は。いけないことなんだ。
わかっているのに身体が拒否できない。
椿の声に従いたい。
私は震える手先で椿の足先に触れた。
「俺の言うことが聞けるな?」
「…ん、うん…っ」
「じゃあ、俺の言う通りにしろよ。俺の言う通りに、お前が全部やってみろ」
どきどきどき、心臓が破裂しそうだ。
身体は細かく震え、怖いのに、椿に支配されることを悦んでいる。
背中の後ろで旦那様に見下ろされながら、私は椿に手を伸ばす。
えも言われぬ背徳感のようなものが月の光の届かない暗闇に漂い、私を見つめ、何も言わずただ静かにそこにあった。
黒く染まれば私はきっと消えてなくなるのだろう。
白い光と対照的な椿の漆黒がたまらなく輝かしく見えた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる