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白兎編
6-5.白兎は拒絶する
しおりを挟むその夜、皆が寝静まった頃、からからからと襖が開いた。
とても静やかに、あたりを憚るようなその音は眠ることの出来なかった私の耳に心地良く響いたが、私は月を見上げたままそちらへ目線を向けることはしなかった。
何も言わず、気配だけが近づいてくる。
黒い着物。大きな足。知った体温。
椿はそっと私の頰に手を添えて、私に口付けをした。
「…うさぎ」
「椿…どうして来たんだい」
私は後ろ手に障子を閉め、月光を遮った。
誰にも見られてはならない。この逢瀬は、きっと何者にも知られてはならないのだと、そんな気がしたのだ。
「身体は無事か」
「もう冷えた…。助けてくれてありがとう」
「驚いたよ。湯殿に入ったらお前が真っ赤な顔で倒れてるんだから」
「うっかり寝てしまったみたいだ」
「何事もなくて良かった。気になって仕方なかったんだが、誰に聞いても教えてくれなくてな」
椿はいつものように私を抱き寄せ、膝の上に座らせようとしたが、私はそれをするりと躱して立ち上がった。
笊の上で寝ている雪に手を伸ばし、そっと撫でる。指先から伝わる柔らかさと体温が、私の心を落ち着かせてくれる。
「私は無事だよ。だから椿、今日はもう…」
「うさぎ?」
「椿、君はきっと、本当はここに来ちゃいけなかったんだろう?ねぇ、私は知らなかったけれど。君は知っていたのかい?」
椿の顔を見ようとしたけれど、煌々と輝く月の光が障子紙を通して部屋の中に降り注ぎ、椿の顔は影で真っ暗だった。
椿は少し間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「来ちゃいけない、とは言われていない。ただ案内されなかっただけだ」
「それは、そういうことだろう」
「誰に知れたわけでも、誰に咎められたわけでもないさ。偶然見つけた部屋で、偶然お前に出会ったんだ。それともお前が嫌がるのか?俺の来訪は、俺が来るのは困るのか」
椿の声はなんだかいつもより低く聞こえる。
少しも微動だにせず、私を見据えている。
「旦那様に何か言われたか?それでお前はどうするんだ」
「どうって、私は旦那様のものだから、旦那様の言う通りにする」
「お前が旦那様のもの?ハッ…勘違いするなよ、うさぎ。お前はもう俺のものだ」
こっちへ来い。
ああ、椿は旦那様とはまた違う力を持っているのかも知れない。
低く深い椿の声に命じられ、私はおずおずと椿の元へとにじり寄った。
いけないことだ、本当は。いけないことなんだ。
わかっているのに身体が拒否できない。
椿の声に従いたい。
私は震える手先で椿の足先に触れた。
「俺の言うことが聞けるな?」
「…ん、うん…っ」
「じゃあ、俺の言う通りにしろよ。俺の言う通りに、お前が全部やってみろ」
どきどきどき、心臓が破裂しそうだ。
身体は細かく震え、怖いのに、椿に支配されることを悦んでいる。
背中の後ろで旦那様に見下ろされながら、私は椿に手を伸ばす。
えも言われぬ背徳感のようなものが月の光の届かない暗闇に漂い、私を見つめ、何も言わずただ静かにそこにあった。
黒く染まれば私はきっと消えてなくなるのだろう。
白い光と対照的な椿の漆黒がたまらなく輝かしく見えた。
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