白兎は、赤い瞳で空を見るか。

Rico.

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白兎編

1.白兎は傘を差さない

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閉じられた襖と百日紅。
月明かりの透ける障子の向こうには、赤の格子越しに家々の屋根。
この部屋はどうやら高所にあるらしく、私は朝起きると窓の桟に腰掛けて、日がな一日格子越しに景色を眺めている。

「白様は、本当にお外の景色がお好きでございますねぇ」

此処から見える空は青かったり、赤かったり、明るかったり暗かったり様々な様子を見せてくれるけれど、私は何よりも雨の日が好きだ。

雨、というのは、此処に来た日に女中さんが教えてくれた。
空から水滴が降ってくるというのは不思議なことだけれど、それよりも、私は道行く人々が色鮮やかな円形になるのがとても美しくて、上から見るにどれほど長く眺めていても飽きないのである。

今日も、赤や紫、可愛らしい花柄などで埋め尽くされた道を眺めていると、昼餉でございますよ、と私を呼ぶ女中さんの声がした。

私は外から目を離して、部屋の真ん中に据えられた膳と座布団を見た。
今日の女中さんは若いひとだ。
そうだ、この色鮮やかな丸いものが一体なんというのか聞いてみよう。
年を取った女中さんはあまり私と話をしてくれないけれど、この人はよく、私の質問に答えてくれる。

「女中さん」
「はい?」
「この、道行く人が持っているものは何だろう」
「傘でございますかね…、ああ、そうです、傘ですよ」
「かさ?」
「雨の日に、雨に濡れぬよう差すんでございます。町には傘を作る職人さんがいらっしゃって、その方たちが色々な傘を作ってくださるんですよ」
「女中さんも、持っている?」
「はい。わたくしも雨の日は使いますよ。濡れてしまいますと、風邪を引いてしまいますからね」

私と一緒に外を覗いていた女中さんは、そう言うと私を桟から降ろして障子を閉めてしまった。
たぶん、私に昼餉を食べさせるためだ。

私は大人しく座布団に座って、目の前の膳に向かって手を合わせた。

「女中さん」
「ええ、わかっておりますよ。こちらが里芋と竹の子の筑前煮、金平牛蒡、秋刀魚とお吸い物でございます。秋刀魚はお醤油と大根おろしをお使いくださいませね」

吸い物は、前にも食べたことがある。
秋刀魚は初めてだが、美味そうな香りがしている。焼き魚は二度目だ。上手く解せるかわからないがやってみよう。
箸は使える。

女中さんは私が昼餉を食べ始めたのを見て、床の間の掃除を始めた。

一ヶ月ほど前に、私は旦那様に連れられてこの部屋にやってきた。
その時私は何一つ記憶がなくて、私は誰なのか、『旦那様』がどうして私を此処に連れてきたのか、何も知らない。
言葉も日常生活の術すら忘れてしまっていたから、今知っている物事は全て旦那様や女中さんに教えてもらったことだ。

でも、言葉も動作も、一度聞けば直ぐに覚えられるのは、昔知っていたからだよと旦那様は教えてくれた。

最後の汁をすすり終えて、私は箸を置いた。
うん、秋刀魚は美味だった。また出てくるのを楽しみにしよう。

「私も傘がほしいなぁ」

食べ終えたからまた外を見ようと思って、私は障子を開けた。
色とりどりの傘たちが、道にひしめいている。
私の部屋もああならないだろうか。色鮮やかになれば、きっと楽しい。

「白様?」
「眺めているだけで楽しい気分になるよ。どうだろうか」
「旦那様にお伝えすることは出来ますけれど…白様はお外にお出になりませんから、必要のないものでございますよ」

女中さんはそう言うと、にっこり笑って膳を持って去った。

「傘は駄目なのか…」

少し残念だと思ったが、駄目なものは仕方ない。
私は夕餉まで、外を眺めようと再び桟に腰掛けた。
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