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白兎編
2.白兎は猫と眠る
しおりを挟むうさぎ、という生き物は、寂しいと死んでしまうらしい。
それを聞いた時は大層驚いたが、しっかり世話をしないと死んでしまうということですよ、と女中さんに教えられて、なるほどと納得をした。
旦那様は、名前を忘れた私を『白兎』と呼んだ。
私も、毎日誰かに食事を持ってきてもらって、風呂や厠へ連れて行ってもらわなければ生きてはいけない。
だからきっと『うさぎ』なのだ。
「今日は良い物があるのですよ」
今日の女中さんは気性の難しい方で、いつも何故か不機嫌そうな顔でやってくる。
会話はお預けかな、と思っていた矢先、女中さんから楽しげに声をかけられて僅かばかり面食らってしまった。
ぱちぱちと、数回瞬きして女中さんを見つめる。
女中さんはそんな私の様子を無視して、いつもの食事を取り出すように、襖の向こうからひとつ、竹で出来た笊を取り出した。
…なんだろう。
小さくて、しろい生き物が寝てる。
ぴくぴく、とんがった耳が震えている。ふわりとした毛並み。規則正しく動く腹。ぷるぷる震える尻尾。
もしかして、これがうさぎ、だろうか。
「女中さん、これぇ…」
「猫です」
「ね、こ?」
「はい。猫ですよ。可愛らしいでしょう。今朝方、門の前で鳴いておりましたものを、旦那様があなたへと」
まさか猫とは。
初めて聞き、初めて見るものだ。
「うさぎ、ではないのですか」
「なんとまぁ。兎は耳が長いものでございます。これを兎とは呼べません」
「何故、私に?」
「旦那様のお考えは私には計り知れぬものでございます。しかしまぁ、狭い部屋の伴侶にとお気遣いなさったのでございましょうよ」
片手にでも乗ってしまいそうなほど小さなその生き物は、笊の上ですやすやと眠っている。
「本当は、鼠捕りとしてお台所に頂きたかったのですけどねぇ」
「ねずみとり?」
「えぇ。お屋敷に住める猫というのは、みな鼠をとるために居るのですから」
「そうなのですか…」
「ま、たまには働きもせず、愛玩されるためだけに生きる猫が居ても良いでしょうよ。それは人も猫も同じですわね」
女中さんはため息をつきながら私と猫を交互に見た。
そして首を左右に二三度振ると、朝餉の皿を片付けに部屋を出た。
猫はまだ眠っている。
ねずみをとるという仕事がなくなった今、眠ることが仕事とでもいうのか、そういえば、ねこ、という名前は眠る子という意味なのかもしれない。
笊のふちに沿って綺麗に丸くなり、両の手で顔を覆い隠している。
染みひとつない白い毛並みだ。
そっと触れてみる。見た目通りの、いや、見た目よりも柔らかい。
--今日は外を眺めるのはやめよう。
私はその日、日がな一日猫を眺めて過ごした。
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