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白兎編
3-2.白兎は考える
しおりを挟む時が経てば日は翳り、透明な光はだんだんと赤みを帯びてくる。
格子の赤がその深さを増し、空と格子との境目があやふやになる頃、私は木材が激しく音を立てたのに驚いて眠りから覚めた。
どうやら、早起きしたせいでうたた寝をしてしまっていたらしい。
腹の暖かさを確認すると、猫が私の上で丸まって寝ていた。
「白様…っ」
今日、朝餉を持ってきてくれた若い女中さんだ。
目を見開いて、私を見ている。口も開いて、両肩で息をしている。
私は眠っていたからよくわからないのだけれども、今日は昼餉がなかったから、慌てて来てくれたみたいだ。
私なら構わないのに。言われてみれば腹が空いている。
まぁでも、ものを食べるのは好きだから嬉しい。
「女中さん、大丈夫だよ、謝らなくて。私は別にお腹が空いているわけでもないから」
「あっ…いえ、その、昼餉、は、遅くなりまして申し訳ございません…!」
私の言葉を聞いて慌てて頭を下げる女中さん。
あれ、なんだろう。違ったのだろうか。
「女中さん?」
「白様、白様、は、眠っていらしたのですか?」
「ああ、そうみたいだね。女中さんが来て起きたよ」
「でしたら、でしたらば、お外にはお出になっておりませんよね?」
声が震えてる。縋るような目をして。
よく見たら襖が閉まっていた。女中さんが後ろ手に閉めたのだ。
私が起きたのは、女中さんが勢いよく襖を閉めた故に鳴った騒音だったのか。
猫が耳をぴんと立てて、女中さんを見つめた。
異質なものを見て怖がっているみたいだ。
ああ、早く私はこのものたちを安心させてやらなければ。
「女中さん、出ていないよ」
「本当で、ございますか…」
「音を聞いていたんだ。今日は何だかみんなが慌ただしかったから、その音を聞いていたかったんだよ」
「今日はその、大切なお客様がいらっしゃっていたものですから…」
女中さんは、ほー…と音を立てて、長く息を吐いた。
「申し訳ございません。取り乱してしまって。お夕飯を…今日はお昼を抜いてしまいましたから、豪華でございますよ」
すまなそうに笑った女中さんの眉は困ったようにひしゃげていて、私はああ、これが表情というものかと思った。
私は普段より幾分ゆっくりと夕餉をとり、女中さんはその間を使って床の間の掃除をし、萎れかけた野花を紙に包んで盆に乗せた。
簡単に拭き掃除もしてくれて、落ち着いた時間が流れたけれども、私は一言も女中さんに話しかけはしなかった。
怒っていたわけでも恐れたわけでもない。何となく、話しかけないほうが良い気がしたのである。
膳に添えられていた花弁餅は見慣れぬ紋の入った紙に包まれていて、微かに香の香りがした。
餅の中に透けて見えていた餡の、味噌の味が口に広がる。
串のように挟み込まれた牛蒡が好きだ。甘く味付けされた牛蒡。程よい塩梅。
ふと視線を感じて振り返ると、綺麗に正座をした女中さんが私を見ていた。
「白様は、このお部屋が気に入っているのでございましょうか…」
私に問いかけるようにして呟かれたその言葉は、それが吐かれてしまったことに気付いた女中さんによって再び吸い上げられる。
私は聞こえていたけれども、何も聞かなかった振りをした。ただ少し、自分の口角が上がるのを感じて。
それからしばらくして、町の火が少しずつ消えていくのを眺めながら私はまた閉じられた襖の中、猫を撫でていた。
女中さんの言葉がもう一度頭の中を巡る。
女中さんが何を言おうとしたのか、私にはよく分からない。
私の部屋は此処で、私は此処に居て、毎日外を眺めているので。
最近は猫がともに寝起きして、愛らしい瞳を愛でることを覚えた。
部屋の正面にある食事処が、看板を裏返して火を消した。
ああ、夜だ。
私は何かよく分からない反芻をやめて、布団に足を伸ばした。
そうしたら、襖が、開いた。
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