5 / 14
白兎編
4-1.白兎は椿を食べる
しおりを挟む「此処が清白家の奥座敷、御前が赤格子の白兎か」
何もない部屋の虚無の向こうに、艶やかな黒の着流しを着た男が立っていた。
頭が襖の桟にぶつかりそうなほど背が高い。
黒々とした頭髪を短めに切り揃え、不遜な笑みを浮かべてこちらを見ている。
この部屋へ来てから此処を訪ねるのはお世話をしてくれる女中さんだけだったから、初めての知らぬ来客に私は僅かに戸惑い、呆けたまま男が入ってくるのを許した。
彼は音も立てず歩を進め、しなやかに襖を閉じると私のところまでやってきた。
「成る程、白兎とは言い得て妙だな」
しげしげと見つめられ、何だかこそばゆい。
こういう時は何を口にすべきだろうか。
私は何かの形に口を開け、また閉じ、もう一度開いてやっと言葉を発した。
「あなたは?」
男は少し考え、言った。
「椿だ」
「つばき、さん」
「椿でいい。ちゃんとした名前だぞ」
旦那様、とも女中さん、とも違い、自分だけを指す名称だと念を押すように言った。
「お前はうさぎだな」
「そう呼ばれています」
「敬語が使えるのか。いいよ、使うな。今は必要ない」
「はぁ…」
椿の言うことはいまいち私にはよくわからない。
けれど、まぁ、椿が言うのならそうするのが妥当だろう。
私には多分、普通がわからないのだし。
「昼間、襖が開いていただろう。お前が見えた。明るい時分は訳あって会えないが、夜なら会える」
「え?」
「なんだ、何故俺が此処に来たのか聞きたがっている顔だと思ったが、違ったのか?」
「あ、いや…ありがとう、そうか、よくわかった」
驚いた。
私はそんな顔をしていたのか。
椿が布団に腰を下ろしたから、私も障子を閉めてその隣へ座り込んだ。
猫が笊の上で寝ている。
猫の寝床は私の枕の側に置いてある。
手を触れると、規則正しい寝息が伝わってきた。
「…白猫か。さすが、いい趣味をしている」
「旦那様から頂いたんだ」
「お前にそっくりだな、うさぎ」
「そうなのか?」
「似合ってるよ、綺麗だ…。白いうさぎが白い猫を抱いている様はさぞかし美しいだろう」
私と猫を見て、椿は両目を細めた。
「ねぇ、椿。私も白いのかい?」
「ん?」
「何故白兎なのか私は知らないんだ。兎というのはなんとなく分かるのだけれど」
「ああ、鏡を見たことがないんだな。うん、うさぎ、お前も白いよ。肌も、髪も、目も」
そう言って私の右手をとった椿の手の甲と、私の皮膚は月明かりにも分かるほど色が違った。
猫を撫でている時は感じなかった違和感のようなものが、椿との重なりには感じられる。
私にできた染みのような、なにか。
「こうやって見ていると吸い込まれそうだよ。本当に」
「どういうことだい?」
「それくらい綺麗だってこと…実際何人も、お前に吸い込まれたんだろうな。だからお前は此処にいる」
椿の長い指が私の手の甲を撫でた。
やはり椿の言うことは私にはよくわからないようだ。
でも、よくわからないということは私の知らないことを知っているということだ。
私はこの椿という男に興味を持った。
「ねぇ椿、椿は色々なことを知っているね」
「そうかな」
「私にもっと教えて欲しい。きっと私は知らないことだらけなんだ」
忘れてしまった、と言う方が正しいだろうか。
まぁ、今知らないことだから、どちらでもいい。
椿はいいよ、と頷いて、私に様々な話をしてくれた。
0
あなたにおすすめの小説
タイムリープした僕を待っていたのは兄たちによる溺愛モードでした
液体猫
BL
諸事情により不定期投稿に切り替え中
【主人公(クリス)に冷たかった兄たち。だけど巻き戻した世界では、なぜかクリスを取り合う溺愛モードに豹変してしまいました】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、十三年前へと戻っていた。
前世でクリスに罪を着せた者への復讐は『ついで。』二度目の人生の目的はただ一つ。前の世界で愛し合った四男、シュナイディルと幸せに暮らすこと。
けれど予想外なことに、待っていたのは過保護すぎる兄たちからの重たい溺愛で……
やり直し皇子、クリスが愛を掴みとって生きていくコミカル&ハッピーエンド確定物語。
第三章より成長後の🔞展開があります。
※濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭、ちょっとだけ重い展開あり。
※若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
*諸々の事情により第四章の十魔編以降は一旦非公開にします。十魔編の内容を諸々と変更いたします。
とあるΩ達の試練
如月圭
BL
吉住クレハは私立成城学園に通う中学三年生の男のオメガだった。同じ学園に通う男のオメガの月城真とは、転校して初めてできた同じオメガの友達だった。そんな真には、番のアルファが居て、クレハはうらやましいと思う。しかし、ベータの女子にとある事で目をつけられてしまい……。
この話はフィクションです。更新は、不定期です。
クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~
槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。
公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。
そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。
アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。
その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。
そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。
義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。
そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。
完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる