白兎は、赤い瞳で空を見るか。

Rico.

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白兎編

5-1.白兎は待ちわびる

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顔の皮膚が張り詰めるような、静かな夜が好きだ。
よくよく耳を凝らせば風の音、何かが擦れるざわめきと、何かが動く気配がする。
私はそんな夜にこそ、決まって長々と外を眺めて過ごしている。

今夜はあいにくと人が活動的な日であるようで、目の前の店はまだ赤提灯が灯り、顔の赤い男の人たちが出入りしては肩を組んでよろよろ、道を下って行った。

…まだ、だろうか。

私は確かに外を見ていて、外の声が聞こえているのだけれども、その中で確固たる音を--部屋の襖の開く音を心待ちにしているのである。
耳は後ろに向いているようだし、しかしそちらに向きたがる両目に従って襖の百日紅を見ていても何だか詮無いので、赤提灯を見て気を紛らせている。

浮き立つような、焦るような不思議な心地だ。
快くはないけれども、不快じゃない。

「よぉ、引き篭もりの白兎。この巣穴の居心地はそんなに良いか?」

ああ、この声は。
--椿。

私は自分が機敏に動くということを初めて知った。
黒い欠片が目の端に映った途端、部屋の入り口に向かって走り寄っていた。
笊で寝ていた雪が驚いてにゃあと鳴く。
ごめんよ、驚いているのは私も同じなんだ。

椿の首筋。
裸の椿は逞しく見えたけれど、着物を着てると細く見える。
頭一つ分くらい私より背の高い椿を見上げると、椿も切れ長の瞳を丸くして私を見下ろしていた。

「…笑うとそんな顔になるのか」
「え?」
「いや。月光の下のお前は美しくて扇情的すぎるが、此処で見ると随分可愛らしいんだな、お前」
「どういうことだい?」
「ん、そうだな…視界に入れると堪らなくなるってことだ」

扇情的。可愛らしい。
私は言葉の意味を訊ねたつもりだったのだけれども。まぁ、いいか。

椿は私の額に唇を寄せると、ひょいと私を抱き上げて開いた障子の側まで持って行った。
僅かな空間を空けて、椿も隣に座る。

「待ってたのか?」
「待ってた?…ああ、多分、そうだと思う」
「なんだ、多分って」
「ずっと襖が開くのが待ち遠しくて、何とか廊下の音を聞こうとしていたよ」
「はは…そんなに恋しかったなら部屋を出て迎えに来ればいいのに。昼間女中が言ってたぞ。『あの方は襖を開けても外には出ない。どうしてなのかしら。おかしな方だわ』って」

椿は女中さんの物真似が下手だなぁ。
高い声が全く出ていない。

「此処から出ようとは思わないのか?」
「出る?」
「奥座敷とは言え座敷牢じゃないんだ。出ようと思えばいつでも出られるだろう」

椿の顔を見ていると、冗談で訊ねているのではないのだろう。

けれど--出る?ここから?どうして?

「うさぎ?」
「何故此処から出るんだい?私の部屋は此処だと旦那様に言われたんだ。皆もそうだろう?」
「うさぎ」
「いや…違うのかな。道を歩いている人たちは、部屋がないのだろうか?ねぇ、椿」
「ああ…そうかも知れないな。きっとそうだ」
「…?うん…」

昨日の女中さんみたいにひしゃげた眉で私を見ていた椿はふと私から顔を逸らしてしまった。
それが気難しい女中さんの様子と似ている気がして、嫌な心持ちになる。
何か間違っているなら教えて欲しいのに。

「ああ、そうだ」
「なんだ?」
「『あい』ってなんだい?」

思い出した。
今夜椿が来たら聞こうと思っていたんだ。
その言葉を聞いた時はそれどころじゃなくって訊ねられなかったから、一番に教えてもらおうと考えていた。

椿はちょっと考える風をして、逆に私に訊ね返してきた。

「うさぎ、昨日のことは女中たちに言ったか?」
「ううん、言っていないよ。今日の女中さんは年のいった人だったから、会話が上手く出来なかったんだ」
「…そうか。なら良い。うさぎ、おいで」

胡座をかいた両膝をとんとんと叩いて椿がこちらを見た。
上に座れということだろうか。

私はぎごちない動作で椿の上に乗っかった。
着物越しに熱が伝わる気がして、何だか恥ずかしい。

「愛ってな、二人だけのものなのさ」
「じゃあ、私と椿だけのものなのかい?」
「うさぎ、俺に口付けをしてみろ」
「口付け?」
「昨日俺がしたみたいに。唇を重ねるんだ」
「『あい』は?椿…」
「教えてやるから。してみれば分かる」

椿の両肩に添えていた私の両手を、椿は優しく下ろして大きいその手のひらで包み込んだ。…あたたかい。優しい温度。

私はゆっくり椿に近付いて、薄い唇に触れた。
--昨日椿がしたみたいに。
口付けは覚えてる。

下唇を柔らかく噛んで、舌先で椿の唇を辿っていく。
乾いた唇は私の動きに合わせてだんだんと湿って、私の侵入を容易く許してくれた。
椿の歯列をなぞる。
下から上へと撫で上げようとした時、それが開いた。

「……ッ、ん、んン…っ!?」

痛い。痛い。痛い。

歯の向こうから飛び出してきた太い舌が、私の舌をそのまま手に入れようとするみたいに強くきつく吸い付いて、ぴりりとした痛みが襲う。
私は思わず頭を引いて逃げようとしたけれども、椿の方が強いせいで余計に痛みが増してしまって、その痛みから逃れるために必死で舌を椿へと差し出した。

吸われながら椿の舌が絡みつく。
目尻に涙が滲んできて、目の前が見えなくなった。
椿の両手を思い切り握りしめて、がたがた震えて砕け散ってしまいそうな身体を辛うじて繋ぎ止めているみたいだ。

--ねぇ、熱いよ。誰か見てる?

「ぁ…は、これが『あい』…?」
「そうだよ。ほら見てみろ、うさぎが自分でこうしたんだ」

いつの間にか解けかけた帯の隙間から、膨らんだものが見えた。
よく見えるように椿がそれを露わにする。
影なんて幾らでも作り出せるくせに、こんなところだけ綺麗に照らし出す月は多分意地が悪い。

「これ、は、椿が」
「俺じゃない。うさぎからしたんだろ」
「だって、椿がしろって言ったじゃないか、ぁ」

く、ちゅ、

椿が擽るように先端に触れるから、透明な滴が堪えきれなくなって流れて落ちた。

「ね…つばき、も?椿も同じようになってる…?」
「自分で見てみろ。それくらい、まだ出来るだろ」
「っ……ぁう…」

くいくい、人差し指で弄ばれるたびに身体がびくりと震える。
絡まる指先を何とか動かして、椿の黒の帯を解く。
私と同じようになったそれが目に入った瞬間、心臓が跳ねた。
ずくんと身体の奥が疼いて、昨夜の快感が舞い戻って、きた。

「あ…」
「うさぎが触るからだ。お前が愛おしくて仕方ない」
「なん、で」
「昨日は嫌だったか?気持ち悪かった?」
「嫌じゃない…、気持ち善くてどうにかなりそうだった…」
「なら、それで良い。お前は何も考えないで、俺を受け入れてくれ…」

椿が私を引き寄せて瞳を閉じたから、ああ口付けをするんだなと思って、私も同じように目を閉じた。
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