笑うサモエドと能面勇者

広並 整

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出会いと旅立ち編

サモエド、翡翠角鹿を食す

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 ましろはごきげんだった。
 なにせ毎日のごはんがとってもおいしいのだ。
 そんなおいしいごはんをくれる行き倒れの人の名前はジークフリートというらしい。そんで、今の職業は勇者さんらしい。
 ましろは一つ賢くなった。

「おっ、これは食べれる」

 ジークがぷちぷちと足元に生えていたきのこを収穫している横で、「可食」と評された食べ物のニオイを覚えようとウロウロしているましろ。
 昨日の晩ごはんはとてもおいしかった。なんとジークはましろのために貴重な食料を分けてくれたのだ。話によると道具と調味料があればもっとおいしいものが食べれるらしい。

 ましろは俄然やる気になった。一刻も早く人里を発見し、そこへジークを連れて行くのだ。
 おいしいものを食べるため、人知れずジークに付いていく決意を固めるましろ。わりとその場のノリと勢いだけで生きているため、今後の行く末を決める時すらノリが軽い。

「これだけあったら、鳥肉の腹にきのこと香草突っ込んで包み焼きにできるな。ましろ、今日の晩ごはんは豪盛になるぞ。塩ないから薄味になるけど、ましろには丁度いいだろ」
「うぉん!!」

 香草焼き!! とましろは目を輝かせる。昨日の晩食べさせてもらった「固いパンの上に干し肉とチーズ乗せたやつ」はとてもおいしかったので、ましろの期待値は鰻登りだ。味が濃いのでちょびっとしか食べれなかったのが残念だった。
 ちなみに、昨日の鳥肉は簡易保冷庫ごとましろの背中にツタで括り付けられている。ジークは肉を取り出してぶら下げようとしていたのだが、ましろがキリッとした表情で「持てるよ!」と主張したのだ。
 これでも魔獣、チカラはその辺の動物より強いのである。ましろは今日から保冷庫係になった。ましろに合わせて保冷庫の形も壺型から箱型に変わっている。ましろもジークも、その辺の自重は皆無であった。

 るんたるんたと足取りも軽く森を歩く。途中で食べられそうな物のニオイを発見したら、ジークを案内することも忘れない。
 この森はかなり豊からしく、きのこや食べられる野草などがたくさん生えていた。ジークが即席で編んだ直径三十センチ、高さ五十センチほどの蔦籠は、出発からそう時間は経っていないのだが既に満杯近い。時期がずれているのか果物類はないが、この森で飢えることはなさそうである。

「しっかし、ここは一体どこなんだろうなぁ。生えてるもんは見覚えあるやつばっかだから、気候はそう変わらないはずなんだが。こんな豊かな森の情報、聞いたことあったっけ……」

 行く手を遮る蔦草をキラキラしい剣で払いながら、なにやらブツブツ考え事をしているジーク。迷いないその足取りに続きながら、ましろはましろでぴすぴす鼻を鳴らして周囲の探索を怠らない。先程ジークがこの辺りで一番高い木に登って周りを見渡していたので、人里がある方向にある程度目処を付けてはいるのだろう。ならばあとは、ましろが自慢の鼻で人間のニオイを見つけるだけだ。

 できるだけ早く見つかればいいなぁ、と思う。ジークとふたりきり過ごすのも楽しいが、ましろはもっとおいしいものをたくさん食べたい。
 ジーク曰く、この辺りは標高が低いようで、あまり遠くまで見通せなかったらしい。煮炊きの煙でも上がっていればいいのだが、残念ながらそう簡単にコトが運びそうにはなかった。

 行けども行けども森。だがまぁ、しばらくは問題無い。
 なにせここは、ましろが生まれ育った土地よりも、ずっとずっと豊かなのだから。

「! ぅゎん」
「ん?」

 ぴくっ、とましろの三角耳が動く。犬の優秀な嗅覚と聴覚が、近くに獲物が居ることを教えてくれた。
 ぴすぴす、と獲物のいる方向に顔を向けて鼻を鳴らす。このニオイはたぶん、鹿だと思う。ましろがいた雪山の鹿とちょっとニオイが違うのであまり自信はないが。

「どうした?」
「ぐぐるぅ」

 喉の奥で唸りながらジークを見上げ、また鹿(仮)が居る方向へ顔を向ける。その様子で「何か居る」ことに気が付いたらしく、ジークはほんの僅かに緊張感を湛えた顔で、ましろが示す先に足を向けた。

 なるべく音を立てずに進むこと数分。
 はたしてそこには、ましろの予想通り鹿がいた。ましろの知っている鹿よりもだいぶ小さかったけれども。

「翡翠角鹿か」

 ぽつ、とジークがこぼした一言で、ましろは茂みの向こうで草を食む鹿の名前を知る。
 翡翠角鹿。名前のまんま、角が翡翠みたいな色をしている鹿だった。その他は前世で見聞きした鹿とあまり変わらない。
 大きさは、ましろと同じか、一回り小さいくらい。角の形状から見てメス。鹿なので群れでいるはずなのだが、はぐれ個体なのか周囲に他の鹿の姿はない。

「ましろ、お手柄だ。アレは、ウマい」

 キラーン、とジークの目が光った気がした。
 少なくともましろの目は光った。翡翠角鹿はおいしい、ましろわかった。

 つまり、アレは、狩っていい!

「あ、おい?!」

 ガサッ! と大胆に茂みを飛び越して、何十メートルか先の鹿に向かって突っ走る。
 ジークが焦った様子で声をあげていたが気にしない。何か魔法を発動しようとしていたようだが気にしない。即座に魔法の発動を止めて腰に佩いた剣を抜いているあたり、さすが「勇者さん」だと思うましろ。行動が早く、迷いがない。

「バカましろ!! その鹿は魔法使うんだぞ!! 飛び出すな!!」
「うぉん!」

 知ってる!! 雪山で狩ってたやつも使ってた!!
 伝わらないとわかった上で吠えて、ビクッと驚いてましろを見ている鹿に突っ込んでいく。何も無策で突っ込んだわけではない、ましろだってそのくらい考えて行動しているのだ。

 足場の悪い森の中でも、雪山で生活していたましろにとっては「地面が硬い」と言うだけで格段に動きやすい。障害物の多い森の中を走るのだって大得意だ。背中の簡易保冷庫が少々邪魔くさいが、それほど動きに支障が出るわけではないので問題無い。ましろは水を得た魚のように機敏な動作で鹿へと詰め寄っていく。

 だが鹿もただではやられない。
 ましろから逃げ切れないことを悟ると、怯えた様子から一転して、頭を低く下げた臨戦態勢を取る。
 鹿が魔法を放とうとする時の予備動作だ。

「ましろ!!」

 ジークの焦った声と、僅かな風切り音が聞こえた。続いて聞こえる葉ずれの音。どうやら茂みを切り倒して飛び出したらしい。
 さすが勇者さん、と感心するましろ。愛犬を助けるために、身の危険を厭わず魔獣の前に飛び出すのだから頭が下がる。
 まぁ今回に限っては、その行動は杞憂に終わるのだが。

 鹿の練った魔力が翡翠の角の間に渦巻いている。今にも発現した魔法が発射されそうだが、ましろにとっては脅威足り得ないので焦りは皆無だった。魔力の質も量も、ましろが生まれ育った雪山にいる鹿のほうが格段に上だったので。

 雪山にいた鹿は、角の色が氷のようだった。そして、身の危険が迫ると、ましろの頭ほどもある氷の弾丸を連射してきた。
 驚くほどでもない。なにせ鹿の体高は、ましろの二、三倍はあったので。

「キョッ!!」

 威嚇の声と共に翡翠角鹿が射出したのは、ましろの予想通り、魔力でできた弾丸だった。
 ただし、模っていたのは氷ではなく土塊。それも、大きさはせいぜいジークの握りこぶし程度。どうやら生息地によって魔法の種類も異なるらしい。

「がぅ!」

 ましろに焦りはない。
 トンッ、と軽く地面を蹴って高く跳躍し、ましろめがけて放たれた弾丸を回避。後方にジークがいるのだが、まさか勇者をやっているのにこの程度の魔法が防げないわけがない、と存在ごと無視した。後方から「うおっ?!」というあまり焦ってない声が聞こえたので、やはり心配する必要はなかったらしい。

 足元を通過する土の弾丸を尻目に、目測で三メートルほど上にある太い枝を足がかりにして、驚いた表情をしている鹿に向かって突撃!
 ズダンッ! と水袋を地面に叩きつけたような音を立てて、鹿を地面に引き倒した。もちろん背中の保冷庫は無事である。

「ッッ?!」
「ぐるるるる……」

 体格が同程度なら、有利なのはましろの方。
 喉首にしっかり噛みつき、太い血管の通っている首の付根を押さえつけ、長く苦しまないように引き倒す時脳震盪を起こさせた。この程度の獲物、ましろにとっては魔法を使うまでもない。

 急展開に何が起こったのかもわからなかっただろう。鹿は二、三度もがくように足で宙を掻いて、そのままビクリと硬直する。
 狩り、成功。

「ぅおん!」
「……あのなぁ」

 獲れたよ! と報告のためにジークを振り返れば、なぜか片手で額を抑えてため息を吐いていた。
 なんだよー、もう。



「いいかましろ、よーく聞け」
「ヒン」

 手早く心臓に近い大動脈を掻っ捌いて血抜きをしていたジークが、おとなしくおすわりをしているましろをじっとりと睨めつけている。
 対するましろはシュンとして反省中。よかれと思ってジークの手を煩わせずおいしい獲物を狩ったのに、何故か盛大にお説教されているので意気消沈に拍車がかかっている。

「俺が『行け』って言うまで勝手に飛び出しちゃいけません。今はいいけど、他の人間が居るところでそれやったら管理不行き届きでお前処分されちゃうの。いいか? 俺が、指示出すまで、動くな。どぅーゆーあんだすたん?」
「うぉひ!」

 わかった! と意志を込めて返事したのに、なぜか顔をこねくり回されてしまった。ぐにに、と顔の形が変わっている気がする。アアーヤメテーその場から動きたくなくて飼い主に抵抗を試みる犬みたいになってしまうー。

「ほんとにわかってんのか? 今後もし同じようなことあったらごはん抜きにするからな?」
「?!」

 ごはん抜きはやだ!!
 ましろはてれりと垂れていた舌をむきゅっと口の中に押し戻して、ゆるふわサモエドスマイルを心なしキュッと凛々しくさせた。指示されるまで動かない、ましろわかった。ましろがんばる。

「……はぁ」

 なぜかジークは盛大なため息を吐ついていた。なんだよぅ。

「いや、そうだな、俺がしっかりすればいいんだな。……首輪とリード買うか」

 わっしわっしぐわっしとましろの首元をかき回しながら、何やら不穏なことをつぶやいているジーク。首輪はいいけどリードはやだな、と受け入れ体制のましろ。飼い犬化がマッハである。野生とはなんだったのか。

「きゅぅぁ」

 わたしリードなくても大丈夫だよ? と首を傾げれば、ジークもふっと目元を緩める。
 ましろと出会って十数時間。ジークの表情筋も幾分ほぐれてきたらしい。まぁ能面かと見紛う仏頂面は相変わらずデフォルト設定されているのだが。

「ましろが言えばちゃんと分かる子だってのは知ってる。けどな、人間が多い場所に行くとそうも言ってられないんだ」

 ジークの言い分もわかるので、おとなしくジークに撫でられるままのましろ。
 今後もましろがジークと共に行動する流れになっていることに気付いている者はここにはいない。恐ろしいことに、話している当人であるジークすら無意識な様子。それでいいのか元野生。

 ぽふぽふ、とましろの後頭部を軽く叩いたジークは、立ち上がりながらついっと視線を明後日の方向に向ける。

「……青色にするか」
「!?」

 ぼそっと口にされた言葉は、なんだかとても危険な気配を帯びている気がした。

「さーて解体解体。翡翠角鹿の肉はうまいぞー、ましろも期待しとけよ」

 どこか白々しい口調でナイフを鞘から抜いて、いそいそと血抜き中の鹿に近寄るジーク。ぽたりぽたりとやや黒く変色しつつある血を滴らせる鹿は、頭を下にした状態で太い枝から吊るされている。伸び切った鹿の肢体は、ましろが対峙していた時よりも小さく見えた。生命とは不思議なものである。

 人里が近くにない、ということが判明したので、食料の調達は急務かつ必須。ましろが背負っている保冷庫のおかげで生肉も多少日持ちするため、狩れる時に狩っておくことになったのだ。
 とは言っても、流石に鹿一頭丸々持ち運ぶわけにもいかないわけで。

「んー……」

 じ、とジークの視線が鹿の肢体をくまなく見つめる。
 その瞳は真剣そのもので、ともすれば熟練の狩人にも匹敵するほど。王国騎士とはなんだったのか。

「……モモだな」
「わふ」

 満場一致で今回持っていく部位はもも肉と他少々に決まった。
 残りは本日の昼食、及びましろのごはんとなる。

「内臓はましろにやろう」
「!!」

 ピピクッ! と耳が反応するましろ。ぱったぱったと揺れるしっぽに、ジークの目元もやわらかく笑んでいる、ような気がする。
 腐っても野生動物であるため、ましろにとってのごちそうは栄養価の高い獲物の内臓。特に鹿は臭みが少ないため、ましろ的には大歓迎なのだ。
 味付きのごはんもおいしいが、野性味溢れる生モツも今のましろには必要不可欠なのである。

「鹿の解体は久しぶりだな」

 そんなことを言いながらも、迷いない手つきで逆さ吊りした鹿の腹に刃を入れていくジーク。どうやら解体作業には慣れているらしい。
 粗方血抜きは済ませているため、腹を裂いても血が吹き出ることはない。よく切れるナイフで肛門から喉首まで一文字に切れ目を入れて食道辺りを切断、大腸と肛門を傷付けないようにくり抜き、まだほっかりとあたたかい内臓をずるりと取り出して即席台(土製、ジーク作)にドンと置く。とてもグロテスク。
 血やら何やらでテラテラとしている腹の中を魔法水で洗い流したら、鹿の上下を入れ替えて頭を上にして下げ直す。見開かれたままの目がどんより濁っていた。ましろには最早見慣れた顔だ。

「ふすふす」
「まだ待て」
「ぴす」

 じんわりと血の広がる内臓をふんすふんすしていたら、皮剥ぎのために切れ込みを入れていたジークに釘を刺されてしまった。ちゃんと待てしてるよ! 心外な!! という意思を込めて鼻を鳴らすましろだったが、ジークからしてみれば「早く食べたい」の催促にしか聞こえないらしい。くつくつと喉の奥で笑うジークに、ましろは「ふんっ」とそっぽを向く。

 ジークは手早く首と前足首、後足首にぐるりと切れ目を入れ、皮下脂肪部分に指を入れて、引き下ろすようにして一気に皮を剥いでいく。ナイフは使わなくていいらしい。剥いだ皮はどうするのかと思ったら、とりあえずの敷物として使うらしく、赤い部分を上にして地面に敷いていた。

「余裕があるなら持って帰ってなめすんだけどなぁ」

 赤い筋肉を晒した鹿を下ろしながらぼやくジーク。ましろの目から見ても、翡翠角鹿の毛皮は滑らかで光沢があり、上等なものに思える。きっといい革になるのだろう。売ればそれなりに値が付きそうだ。
 しかし、まぁ、そんな暇はないわけで。

 テキパキと解体を進め、大きめのブロックに肉を分けていくジーク。おいしい部分は抜け目なく剥ぎ取っている。

「ましろ、おいで」
「わふ!!」

 置いていく部分はそのままましろの胃袋へ。
 やった! といそいそジークの元へやってきて、まだ血のニオイの強い細切れ肉を口に入れてもらう。一瞬前まで拗ねていたことなど忘却の彼方だ。
 獲ったばかりの鹿も、小さく切り分けてしまうと日本の精肉店などで見慣れた肉と大差ない。今のましろにとってはどっちもただの肉に変わりないので、目下の判断基準は「おいしい」か「おいしくないか」である。野生で生きていくのにグロいも何もないのだ。

 がりがりがり。どうやらジークはどこかの骨部分をくれたらしい。噛み砕いた骨の破片が口に当たる感触がした。うむ、うんまい。
 スジや軟骨なんかの硬い部分をちまちまと口に入れてもらってご満悦のましろ。時々くれる大きな骨は、あとで食べるために脇へ避けておく。おやつがいっぱいでましろもしあわせいっぱい。ヒトに食べさせてもらうってしあわせ!

 しあわせオーラを発しながらてちてち口の周りと舐めるましろに、ジークも目尻を下げっぱなしだ。それでも鹿を解体する手は止まらないのだからすごい。迷いないナイフ捌きはさながら熟練のマタギである。王国騎士とはなんだったのか。

「ほい、うしろ向いて、そんで伏せて。はーいましろちゃんいい子いい子」

 どことなくおざなりな声をかけつつ、ましろが背負った保冷庫の蓋を開けるジーク。そこにぼったぼったと若干乱雑に詰め込まれるのは、解体を終えた鹿肉だ。とは言っても設備もロクにない野外作業である。保冷庫に入らない鹿肉はまだまだたくさん残っている。
 これも無駄にはならない。ぜんぶましろが食べるので。

「内臓も必要なとこ取ったらそっちにやるから、先食べてていいぞ」

 氷で肉を覆うように処理をすれば、保冷庫はずっしりと重くなる。六十センチ×四十センチのクーラーボックス程度の大きさをした簡易保冷庫だったが、鳥肉と鹿肉でいっぱいだろう。ましろの食べる分を考慮しなければとんでもない量の肉である。

 流石に満杯の保冷庫はちょっと重い。
 よいしょ、と腰を上げて、いざ、鹿肉実食!

「……」

 うむ、普通においしい。若干鉄臭さの強い鹿肉は、確かに、山で食べていた鹿よりおいしい。
 おいしいのだがしかし、なんとなく物足りない。

「どうした? ほら、内臓も食べていいぞ」

 お上品に肉にかじりつくましろを不思議に思ったらしいジークが内臓を持ってきてくれるが、ましろはぱたぱたと小さく尻尾を振るのみ。なんだかこう、不思議と「わっほーい!」とならないのだ。
 半分ほど減った心臓も、栄養たっぷりのレバーも、確かに食欲をそそられるし、実際食べると「栄! 養! 満! 点!!」みたいな味をしているのだけれども。

 なんかちがう。

「どうした? 変な顔して」
「くゅぁぁ」

 大変だ勇者さん、コレだけどコレじゃないの、と鳴いてみるが、残念ながらジークにましろの言葉は通じない。
 おかしいなぁ、とましろは小首を傾げる。さっきジークに細切れを貰った時は、確かにとてもおいしかったのだけれども。

「ほれ、肝臓だぞ肝臓。レバー、うまいだろ?」

 神妙なましろを心配したのか、ジークが鹿の肝を大きめに切って、てろんと垂らした状態で手に持ったまま口元に近付けてくる。てらてらと艶のある新鮮な肝からは、内臓特有のニオイ、ましろにとってはごちそうのニオイがする。

 ……あれ?

「わっふ!」
「おっ、なんだ元気だな。静かだから心配しただろ」

 とぅるん、と口の中に滑り込んできた肝は、とてもおいしかった。
 あれー?

「そんだけ食べれるんなら大丈夫だな」

 ホッとしたように笑って、内臓を置いたジークはましろの白頭をぽふりと撫でる。おいしさの戻ったレバーを咀嚼しながら、ましろの脳内は「?」で埋め尽くされていた。
 まぁおいしいなら問題無い。遠慮なくいただきます!

「……?」

 もう一度かじったレバーは、なぜかちょっぴり物足りなかった。あれれー?
 まぁこれはこれでおいしいのでありがたく食べるのだが。

 がっついてこそいないが、はぐはぐとおいしそうに鹿肉を食べるましろを見て、ジークも安心したように自身の昼食を準備し始めた。捌いたばかりの鹿肉は、まだ熟成されてないので味が軽いが、それはそれでおいしいとましろは思う。ジークは鹿肉に干し肉を巻きつけて魔法で焼いていた。相変わらずジークの魔法は不思議だと思う。
 ついでに干し肉はあとでせびろうと思う。ましろに遠慮などないのだ。

「はー、たまには携帯食もうまいけど、やっぱスープとか食べたいよなぁ」

 魔法火でさっと炙ったパンをかじりながらジークがぼやく。

 どことなく物足りない鹿肉を食べながら、ましろは人知れず決意した。
 たとえ量は少なくとも、食べたときの満足感はジークが手ずから作ったもののほうが大きかった。
 だから早く人里を見つけて、おなかいっぱいジークの作ったごはんを食べるのだ。

 よーし、やるぞー!
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