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出会いと旅立ち編
勇者、ぽんこつになる
しおりを挟むさて、森を彷徨い歩くこと五日。
ジークたちはついに、森を切り開くようにして走る街道を発見した。
「や、やっと見つけた……! 人工的に踏み固められた大地!!」
「わぅ……!!」
路肩に跪いて天に祈りを捧げる成人男性の図。どう足掻いても不審者である。周囲に人影がなくてよかった。ともすれば森から出た瞬間に危険人物としてしょっ引かれかねない。
まぁ、ジークはそのくらい感無量な心地であった。
なにせ彷徨い歩いて早五日。調味料代わりに使っていた干し肉も底をつき、今日のご飯は塩味抜きで食べなければならない状況だったので。
ジークは王都に居るであろう友人を恨んだ。ヤツが無駄なことをしなければ、今頃ジークは悠々自適な馬上の人だったのに。せめていつも持ち歩いている遠出用鞄くらいは持ってきたかった。
まぁ今ここにいない人物を恨んでも仕方がない。いらんことしかしない友人だが、ましろに出会えたのはある意味友人のおかげと言えなくもないような気がするかもしれない。もしそうだったとしても感謝などしないが。
ジークは早々に立ち上がると軽く服を叩いて砂埃を落とす。律儀にもジークに付き合ってくれていたましろは、ふぁっさふぁっさと尻尾を振ってごきげんだった。人のニオイでもするのかもしれない。今まで野生で暮らしていたましろにとっては、嗅いだことのない未知のニオイばかりだろう。
「さて、どっちに向かうかな」
ひとしきり感動に打ち震えたので、今のジークはちゃんとシラフだ。少なくともジーク自身は己をシラフだと認識していた。神妙な表情で横たわる道を見つめている。
「ましろはどっちに行きたい?」
「わっふ」
ぱたぱたと小さく尻尾を振るましろに水を向ければ、あまり迷いなく道に向かって右側、太陽から鑑みた方位で言うと北西に進む方向へ吠えた。よくよくみれば、道にはまだ新しいと見える轍が残っている。それと、ジークの顔ほどもある鳥っぽい足跡と、ましろの頭ほどありそうな大きな足跡。どうやら北西に向かう荷車と、そしてなにやら巨大な生物がいたらしい。
「ほほう」
轍と蹄跡を見つけたジークは機嫌良さげに顎を撫でた。なお無精髭はない。生えないとかではなく、毎朝手持ちの小刀で剃っているのだ。野宿に不衛生は禁物である。
どうやら街道に出て早々、アタリを引いたらしい。見たところ、荷車と馬は一緒に行動している様子。巨大な足跡にも心当たりがある。となるとなかなか大きな一団だ。轍の本数からして、荷車も一台や二台ではなさそうな様子。もしかしたら大きな商隊かもしれない。
となれば、きっと調味料や調理道具なんかも売っているだろう。陣を張っているところに遭遇できれば味なしご飯は食べなくて済みそうだ。
「商隊だとすると、動きも遅いし休憩もこまめに取るだろうから……。……走れば追いつくかな……」
ジークは「おいしいごはんが食べたい欲」が限界までキていた。
何時間前に通ったかわからない商隊を目指して走る、などという、シラフのジークが聞いたら「バカなこと言ってないでさっさと寝ろ」と殴られそうなことを、至極真面目な顔で熟考していた。
つまるところ、ジークはとてもとても疲れていた。ある種のランナーズハイってやつだ。
「……」
ぽんこつと化したジークは考えた。
一昨日の夜に雨が降ったから、この場所を商隊が通過したのは昨日の朝以降。ぬかるんだ道を通ったのならもっとはっきりと跡が残るだろうから、道が乾いていたとかんがえられる昨日の昼~夕方以降に絞られる。
ポンコツと化したジークは空を見上げた。
太陽はまだ低い位置にある。日の出からはそれなりに経っているが、まだまだ「朝」と言って差し支えない時間帯。商隊はその規模ゆえ移動に多大な時間がかかるため、野営地から出発したとしてもまだそれほど時間は経っていないだろう。
もしかしたら、轍の跡は今朝のものかもしれない。ありえない、と言うには状況が恵まれすぎている。
「……よし。走るか」
「わん!」
ぽんこつと化したジークの脳味噌は、「今から走ってもたぶん今日中に追いつく」と判断を下した。
どれだけのスピードで、どれだけの時間走ればいいと思っているのだろうか。ぽんこつジークの脳味噌は調味料がほしいばかりに重要な情報を意図的に無視していた。むしろ「最悪ましろに乗っていけばいいや」くらい考えていそうである。それでいいのか王国騎士。
ふんすふんすと大きな足跡のニオイを嗅いでいたましろに声をかければ、尻尾をふりふり嬉しげに応えてくれた。
調味料が手に入る、となれば一人と一匹の足取りも軽くなる。ましろのほうは何がなんだかわかっていないはずだが、ジークが嬉しそうなのでそれに釣られているのだろう。
意気揚々と一歩踏み出して。
「あ」
ジークはふと隣を歩くましろを見下ろした。
「?」
急に足を止めたジークを見上げるましろ。どうしたの? と見上げる瞳は青い。深く澄んだきらめきの少し上には、その瞳の青より更に透き通った色の、角。
「……ましろ、その角って仕舞えるか?」
「!」
一人と一匹は忘れていた。
魔獣が、他の人間からはどう思われているのかを。
魔獣とバレたら確実に追い払われる。それどころか捕縛されかねない。
一応、世間には「家畜化された魔獣」というものも存在するが、その多くが草食の魔獣だ。ましろのような見るからに肉食な魔獣は敬遠されこそすれ、受け入れられることはないだろう。
この世界の魔獣の立ち位置をわかりやすく説明するなら、「気性の荒い野生動物」が一番近い。街の中に魔獣が居る、という状況は即ち、日本で言うところの「街中に肉食動物が現れた」に等しい。飼い犬ですらリードを付けなければ散歩もできない昨今、たとえ人懐っこい性格だったとしても、街中に熊や虎がいる、なんて状態は全力でご遠慮願うだろう。たとえ首輪をつけていても、だ。
つまり、ましろが街に入るためには、普通の犬に擬態すること、必至。
「ぐるぅ……!」
「ましろがんばれ!! 一日中変な角度で帽子被って過ごしたくなければ頑張って角を隠すんだ!」
この街道に人通りがなくて本当に良かった。
大の男と大の魔獣がぐるぐる唸りながらうろうろしている姿なんて見られた日には、とんでもない騒ぎになっていただろう。その日のうちに討伐隊が組まれかねない。
はたして、頭を悩ませること数十秒。
「もうそういう犬種ってことでいいんじゃないか」
「?!」
ジークは考えることを放棄した。
どうせましろの顔はアホっぽ……柔和だし、性格も人懐っこいし、もふもふだし、かわいいし、もふもふなので、街の人も受け入れてくれるだろうという希望的観測。ペットが魔獣でもいいじゃない。
ジークは疲れていた。一刻も早く美味しい料理をお腹いっぱい食べてふかふかの布団に包まれて眠りたい程度には、疲れていた。
「ゥヲォォオオオオオオオオン!!」
頼りにならない飼い主に「これではいけない」と一念発起した飼い犬。ましろは己に秘められた特殊能力を解放すべく必死だった。そんなものあるかどうかなどこの際関係ない。このままではおいしいものが食べられなくなる!! と何時になく必死だった。
はたして願いが通じたのか、遠吠えに合わせて身体がカッ! と発光するましろ。
「おお?!」
頭の回転が鈍っていたジークは素直に驚いた。
これが万全な状態で、相手がましろでなければ即座にその場から退避するような事象であるが、なにせ今のジークは極限に疲れ果てていた。「爆発するかな」とか考えているにもかかわらずその場を動かない辺り相当キている。粗食も過ぎれば身を害するらしい。
さて、急に発光し始めたましろだが。
「きゅぁ」
「……おお」
発光自体は数秒にも満たない僅かな間のことだった。
光が収まったその場には、一回り小さくなって角の消えたましろの姿が。美少女戦士よろしく、ちょっと大きめの犬にメタモルフォーゼしたらしい。背負っていた簡易保冷庫がちょっとユルくなったが、紐部分は調整できるので無問題である。
なんでもアリか、魔獣。ジークは改めて魔獣の生態に疑問を持った。
そして思った。幼女とかにメタモルフォーゼしなくてよかった、と。ある種のお約束展開だが、今ここでそんなもんにメタモルフォーゼされたらジークの手に余る。そして、ジークの年齢で幼女ないし少女連れというのは、とても身動きが取りづらくなる。
ましろが犬でよかった。ジークはよくわからない部分で、あまり信じてはいない神に感謝を捧げた。
「なんかよくわからんがよくやった! これで心置きなく宿に泊まれる!!」
「ぅあん!!」
どや! と誇らしげな表情のましろの前足を掴んで小躍りするジーク。目の前で起きた不思議事象に言及するより、懸念事項が払拭されたことのほうが重要なのである。森で遭難した五日間はジークからツッコミスキルを奪っていった。大きすぎる代償だった。元からそんなにツッコミしてない、という指摘は受け付けない。
そもそも喜ぶ部分が当初の目的から若干ズレている。が、ジークにとってはそんなもの些事だ。ジークは可及的速やかに宿の布団で眠りたいのである。「今、自分がどこに居るかわからない」という不安感は確実にジークを蝕んでいた。
「よし! いざ行かん約束の地へ!」
「わん!!」
約束の地ってなんだ、と頭の隅で思いつつも、テンションがおかしいまま突き進むジーク。
均された道を無駄に走りつつ、一人と一匹は先にあるだろう街を目指してひた進むのであった。
そして走り続けること約四時間。
「お、見えた!」
涼しい顔をして走るジークたちの前方に、森の隙間から昇る煙が見えた。どうやら前方を走行中の一団に追いついたらしい。丁度休憩中らしく、煮炊きの煙が数本立ち昇っている。
遭難中、肉と野菜(※野草)はたらふく食べていたので体力的には充実しているジーク。だからって普通四時間ぶっ通しで疾走できる体力があるのかという話だが、彼は一応国から勇者に任命された程度の力量の持ち主で、ここは地球ではなく異世界である。その異世界人の身体能力だが、実は地球人とあまり変わりない。
つまりジークはかなり人間離れしていた。なお本人にあまりその自覚はない。
「思ったより煙が立ってる……かなり大きな集団っぽいな。やっぱ商隊か?」
前方に見える煙を見上げながら首を傾げる。
立ち昇る煙はかなりの本数がある。荷車の五台や六台では足りない量だ。軽く見積もって十数台規模はあるだろう。
「これはいろいろと期待できそうだな」
「わふ!」
弾んだ口調のジーク。さいわい背嚢の中にあるお金はジークのお給金換算で三ヶ月分ほどある。一般騎士の給料一ヶ月分で、王都に住む七人家族(父母、祖父母、子供三人)がちょっとリッチに一ヶ月暮らせる給料になる。ジークは一応役職持ちの王宮勤めなので、一般騎士よりも給料は高い。
つまり、背嚢の中には七人家族が余裕で半年暮らせるお金があった。節約すれば一年は暮らせるだろう。今のジークは小金持ちなのである。
だがこれも、装備を整えたり香辛料を買ったりすればすぐになくなってしまう程度。特に香辛料が高いため、ジーク的にはあまり心許ない金額だった。
しかし、あるのとないのじゃ大違い。無一文よりよほど恵まれているのだから文句は言えない。
食べ物が減った分、狩った獲物の素材等を詰め込まれた背嚢はパンパンに膨らんでいる。売ればそれなりになるだろうとジークは睨んでいた。前方に居るのが商隊であれば、きっと食料品も多めに積んでいるだろう。お金がダメなら物々交換してもいい。
「よし、ましろ、ラストスパートだ!」
「うぉん!!」
調味料と調理道具を手に入れる目処が立って、ジークの精神状態は大いに回復した。
多少汗はかいているが、それほど息の上がっていないジーク。並走するましろも同じで、むしろこちらはどことなく楽しそうですらある。
スピードを上げて走る一人と一匹を避けるように、木々が背後へと流れていく。かなりのスピードで走っているのだが、残念ながらこの場に比較対象がいないため、ジークとましろが己の規格外さに気付くことはなかった。
そんなこんなで走ること十数分。
「すっげぇ……」
「ぅわぅ……」
ジークとましろが見つけたのは、森の中にぽっかりと拓けた場所で陣を敷いている、巨大な商隊だった。ジークの予想通りかなり規模が大きく、軽く見積もって百人以上の隊員が忙しそうに動き回っている。飛び交う喧騒は、まるで街の中に居るよう。
見渡す限りの人、荷車、馬、嘴走魔獣、地竜。ひしめき合うそれらは不思議な熱気と一体感に包まれており、見る者を圧倒させる何かを放っていた。
「うぁん」
「ん? どうした?」
ジークは初めて見る規模の商隊に、ましろは初めて見るたくさんの人や物に圧倒されることしばし。はた、と正気に戻った様子のましろがジークの服の裾を引っ張った。
「ぐゅるる」
「ん? なに? ……ああ、地竜?」
「んんー」
ぴすぴすと鼻を鳴らしながらマズルで指示す先に見えたのは、のっそりと地面に寝そべった巨大なトカゲ――地竜。硬そうな薄い苔色の鱗と、ゆるく捻れた光沢のある象牙色の角を持ち、かなり大型の爬虫類のように見える。体高は成人男性の肩程度、体長は三、四メートルにはなるだろうか。馬よりも大きく、どっしりとした安定感がある。
「アレは『地竜』。山脈の麓や乾燥地帯に住む小型の竜種だ。見た目は怖いかもしれないけど、気性は穏やかで草食、鞍をつければ人も乗れるぞ。粗食に耐えて力が強く、持久力もあるから荷車を牽くのに使われることが多いかな。馬車ならぬ竜車ってやつだ」
「きゅるぁ」
ジークの説明を聞いて納得顔のましろ。気になるのか、尻尾がぱたぱたとリズミカルに揺れている。ジークも初めて地竜を見た時ものすごく感動したので、ましろの反応がほほえましい。地球には居なかった生物なので、興味が尽きなかったのを思い出す。行商のおっちゃんを質問攻めにして呆れられたのも今となってはいい思い出である。
地球に居なかった生物というと、嘴走魔獣もそうだ。体高三メートルを超える、ダチョウやヒクイドリに似た飛べない鳥の魔獣である。特筆すべきは太く発達した脚。魔獣だが家畜化されているため、魔法は使えないが知能が高く力も強い。走力は馬に劣るが、荒れ地や岩山を物ともせず進む万能性と、鳥類故の育てやすさで、この世界では馬よりも広く使われる輓獣となっている。
「しかし、この数の地竜とは、すごいな……。地竜は一頭で小さな家一軒分の値段がするらしいから、これだけの頭数を持っているとなると……。ん? あのマークは……」
大量の地竜を観察していたジークは、ふと地竜に掛けられた布や荷車に彫り込まれているマークを発見して小首を傾げた。意匠化された心臓を、目つきの鋭い鷹が翼で囲い込むように掲げ持っている紋章。何処かで見たことがある気がする。
ぽくぽく、と考え込むこと数秒。
「ましろ、お手柄だぞ! どうもアタリを引いたらしい」
「?」
思い当たった答えに、ジークは小躍りしそうなほど弾んだ声を上げた。
「心臓を掲げた鷹の紋章……間違いない、『旅をする街』の異名を誇る巨大商隊、『カラーラカルブ』の賢鷹隊だ!」
キラキラと瞳を輝かせたジークの気迫に、耳慣れない言葉を聞いたましろは頭上に「???」を飛ばして小首を傾げるのだった。
『旅をする街』カーラカルブ。とある部族の言葉で「大陸の心臓」を意味するその商団は、ジークたちの過ごす大陸「アマルガマル」全土を股にかけ旅をする、他に並び立つもののない巨大商業組織である。
『すまない、少しいいだろうか』
言葉は通じるだろうか。
若干不安になりつつ、ジークの所属する国の公用語である「ザマロ語」で、商隊に追従する下男らしき男に声をかけた。なおましろは人畜無害な表情でジークの足元に追従している。擬態ではなく、これが素。それでいいのか元野生。
『ん? なんだいニイちゃん、旅人さんか? こんなところにいるなんて珍しいなぁ』
はたしてザマロ語は通じた。ジークは気取られないようにほっと息を吐く。ザマロ語以外の言葉は、喋れなくもないが苦手なのだ。
麦わら帽子をかぶった気の良さそうな男は、軽装のジークを見て首を傾げつつも、丁寧に対応してくれる。男の紡ぐザマロ語は若干イントネーションに引っかかりがあったが、流暢で聞き取りやすかった。
へっ、へっ、とご機嫌に尻尾を振る犬に目尻を下げた下男は、『触ってもいいかい?』とジークに訊いている。どうやらましろが魔獣だとは微塵も思われていないらしい。さもありなん。
『ああ、それが実は……』
麦わら男の「こんなところ」という言葉に若干の嫌な予感を感じつつ、ジークはここに至るまでの経緯をかいつまんで説明する。
『……というわけで、無作法なのはわかっているんだが、食料を売ってはもらえないだろうか。無ければ調味料だけでもいいんだが』
故あって身一つで森の中を彷徨っていた、食料も底をついたので売って欲しい、厚かましいお願いだが今日も朝から何も食べていないのでできれば何か分けてほしい、と説明すれば、麦わら男はましろを撫でながら心配そうにきゅっと眉根を寄せた。
『なるほど。そりゃあ難儀だったなぁ』
くしゃりと顔を歪ませて同情してくれる麦わら男。この世界でもなかなかに荒唐無稽な話だったが、麦わら男はあまり疑わずに聞いてくれた。それどころかかなり親身になって世話を焼こうとしてくれている。やはり人がいいらしい。ジークはちょっとだけ「大丈夫かなこの人」と思った。
ジークの説明は間違ってもいないのだが、空腹なのはテンションが振り切れて四時間ほどぶっ通しで走り続けたためである。つまり自業自得。
だが麦わら男はそれを知らないわけで。
『そういうことなら、ちょっくら隊長に聞いてみらあ。ついてきてくれ』
『かたじけない』
ニカッ、と笑ってその場を他の人間に預けた麦わら男がちょいちょいとこちらを手招いているのを確認し、ジークはホッと肩の力を抜いた。これで調味料なしの食事は食べなくて済みそうだ。ありがたい。
そして、他の商隊員に声をかけられつつ、陣の前方に進んでいく麦わら男の背中を見て思った。この人多分下男じゃない。よれたズボンに薄手のシャツを着て麦わら帽子を被っている、なんて格好をしているのに、まわりの対応が下男相手のものじゃない。
これはもしかしてちょっと対応を誤ったかな、と思いつつ、ましろを伴って麦わら帽子を追いかけること数分。
何台もの竜車や人をかき分けたどり着いたのは、商隊の先頭近く。人々がひときわ忙しそうに動き回っているエリアだった。
『隊長、お客人を連れてきました』
麦わら男が声をかけたのは、ジークとそう年の変わらない、猛禽のような瞳をした細面な男。炊き出しを行っているらしく、木を組んで簡易かまどを作っているその男は、ぱっと見では「隊長」と呼ばれるようには見えない。
ちら、とジークを見やった隊長は、異国風の衣装――地球で言う中東風の衣装を翻して優雅に立ち上がる。痩身だが、なよなよしさは感じられない、不思議な雰囲気を纏う男だ。
その瞳が挑発的にきらめいた。薄い唇が弧を描き、猛禽を思わせる鋭い金の瞳が面白そうにジークを見つめる。ジークはとてつもなく嫌な予感がした。
「なんやラソット。お客さんか?」
そして、隊長が用いた言語はジークにとって耳慣れた言葉。
ジークが常日頃から用いている言語――それを、これほど流暢に使用する人間を見たのは、二十余年の人生でようやっと二人目である。ああ、これは厄介事の予感。ため息をつく代わりに、ジークはほんの少し眉根を寄せた。しかしなぜ関西風味なのか。
「ええ、こちらの方でして。曰く森で遭難してたっちゅうことで、食料を分けてほしい、と」
「……なるほど。森で遭難」
言語の変化に即座に対応するあたり、ラソットと呼ばれた男もなかなかに切れ者らしい。慣れた様子から、この商隊で日頃用いているのはこちらの言語らしいと窺える。
とうとう憚ることなく顔をしかめたジークに、ギラリ、と、隊長と呼ばれた男の瞳が鋭く光って突き刺さった。
ああ、これはたぶんめちゃくちゃ面倒な流れになったぞ。隊長に睨まれたジークはバレないようにそっと遠い目をした。足元でましろがぴすぴす鼻を鳴らしながらお利口さんにお座りをしているのに癒やされる隙もない。
はぁ、と気取られないように溜息を吐き出して、ジークはぐっと下腹にチカラを込める。どうやらこの商隊、一筋縄では行かなそうだ。
「……ジーク、と申します。故あって森で遭難し難儀していたところに、名高きカーラカルブと行き会えたのは僥倖でした」
言えば、隊長と呼ばれた男はギラつく瞳をうっそりと細め、ラソットと呼ばれた男は感情豊かな瞳を丸くする。
思いの外動揺が少ないのは、それだけ場数を踏んでいるからか。先制ジャブのつもりで打ち込んでみたが、歯牙にもかけられなかったらしい。これはキツい。ジークはこめかみがひくつくのを感じた。
「これはこれは、どうもご丁寧におおきにな。大陸大商隊カーラカルブにて、装身具を主に取り扱う賢鷹隊の隊長を勤めとります、シャーヒーンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
これが漫画なら「にっこり」と書き文字で記されそうな笑顔を浮かべて、ジークとましろを見据えるシャーヒーン。
ああー、これぜったい面倒になるやつだー、とじんわり頭が痛くなってくるジーク。
若干緊張を孕んだ空気などまるっと無視して「おなかすいた」とジークの服の裾をひっぱるましろ。
なんだなんだ、とジークたちの周りに集まってきて、野次馬根性丸出しな視線を向けてくる隊員たち。
どうやら受難はまだまだ終わらないらしい。ジークはふぅ、と諦めを湛えた息を吐き出した。
ああ、どうしてこうなった。
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