【完結】牧場で羊になりきっていたら、氷結の貴公子に夜のお供を命じられました

夜曲

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トントントントン。

「ロムニーです。至急、報告しなければならない事があります。」

そのロムニーの真面目な声に、この部屋の主の威厳を知る。

「入れ。」

返された冷めた声に、ボクの本能がブルリと震えた。

開かれたドアの中に充満する肉食獣の香り。
執務机に座っていたのは、息を呑むほどの美形な男だ。この国には珍しい黒髪の上には、黒くて丸い耳が鎮座していた。

この男、獣人だ。
それも、食事の為ではなく狩自体を楽しむ、残酷で獰猛な猫科の肉食獣だ。

黒豹……。遠い北の国にしか居ないと聞いている。初めて見た。


部屋には、ロムニーと俺を抱いているジャコブだけが入った。

サーディの呼び出しでゾロリと続いて来た証人達は、どうやら廊下で待つらしい。

部屋の主は、ロムニーに抱かれているボクを一瞥するなり、その蒼い瞳を鋭くした。

「ツノ付きか。どうしてこの船にツノ付きがいる。」

「それをご報告する為に参りました。」

初対面のボクを草食獣人の蔑称であるツノ付きと本人の目の前で堂々と呼ぶ事からして、この交渉は簡単にはいかなそうだ。

「~~という訳でして、完全に手違いで載せてしまっただけですので、次の寄港地で降ろ…」

「お前の頭はお花畑か!
そんな作り話にもならない話を、お前ほどの男が本当に信じたのか?
それとも、そのツノ付きの具合はそんなに良かったのか?」

ボクが身体で籠絡したかの様な言い方に、ボクは恥ずかしくてツノまで真っ赤になりそうだった。

「いえ…この子にはまだ誰も手を出してなくてですね…。」

「そういう話では無い。
ソイツが敵国のスパイではないと、どう証明する。
万が一の事がないように、警備も積載品の検査も最上級の厳戒体制のこの船に、たまたま牧場に潜り込んでいたツノ付きを本物の羊と間違えて積み込んだ?

そんな馬鹿げた話があるか!」

「……。」

「もし本当にそうなら、なぜ船室に入れられた時点で獣人に戻って間違いだと言わない?
最後まで羊に化けて敵陣に乗り込むつもりが、途中で化けの皮が剥がれただけだろう。
ふん。ジャコブの手技は相当良いんだろうな。まさかスパイを炙り出すのにも使えるなんてな。」

盛大な皮肉だとは解っていても、まるでボクが快楽に弱い羊かの様な言い分に、ボクは恥ずかしくなってしまい、穴があったら入りたい位だった。
ロムニーさんに何も話すなと言い聞かされていたので、ボクはジャコブの大きな服に隠れて、ぶるぶると震えるしかない。

「それはごもっともなのですが、その、365連勤?で疲れてしまっていた様で、戻りたくても獣人の姿に戻れなくて困っていたとかで…。」

「そんなバカな話を、が、信じたのかと聞いている。」

「本人が、所属していた商会に照会の書状を送ってくれたら、すぐに誤解が解けるからと…。」

「はぁ~。そんな書状、送れると思うか?」

心底呆れ返っている声音こわねである。


「……。送れませんね…。そもそもあの港に泊まっていた時も、船籍を誤魔化していましたし…。」

「あぁ。そうだ。
次の寄港地でそのツノ付きを降ろしたら、ソイツはどうすると思う?」

「……。元の商会に戻るでしょうね。」

「そうだな。俺たちの情報付きでな。」

「……。」

「もしお前がそのツノ付きに、骨抜きにされているんじゃなかったら、どうすれば良いか、解るよな?」

「……。ハイ。
では…ジャコブが責任を持って一生監禁すると申し出ておりますので…。」


「もう一度だけ聞く。
答えによっては、お前を俺の副官から降ろす必要がありそうだ。
本件、どうするのが妥当だと思う?」


「次の寄港地までに、私が責任を持って処分します。」

「それで良い。」

処分します…処分します…処分します…。
信じていたとまでは言わないが、この船でボクの数少ない味方だと思っていた人物から発せられた、容赦ない応えに、ボクはとうとう泣き出してしまった。

34歳にもなって、まさか恐怖で泣き出してしまうなんて、情けない。
だって、ボクは人知れずに、縁もゆかりもない海の上で一人ぼっちで死んでしまうんだ。このまま海にポチャンとされて、存在自体を消されてしまうんだと考えたら、泣かずにはいられなかった。


あんなに皆の仕事を手伝って、身を粉にして働いていたのに、きっと、前にいた商会の誰一人として、ボクを探してはくれないだろう。
むしろ、目障りなツノ付きが居なくなったと、あの肉食獣達は今頃せいせいしているかもしれない。
取り立てて頭が良い訳でもなく、人一倍多く働く事しか能がないと、同僚達にバカにされていることは解っていた。
それでも、努力を続けて人一倍真面目に働く事は雇用者にとっては、ボクを雇い続けるたった一つのメリットだと思っていた。

今回の無断欠勤で、そのたった一つのメリットさえも失ってしまった。
ボクなんて、もう生きていてもしょうがないかもしれない。溺死は苦しいと聞くし、せめて苦しくなく殺して欲しいな。
と思っていたら、ジャコブの耳をつんざく様な悲痛な声で、この場に引き戻された。

「ロムニーさん!話が違うじゃないですか!!!
羊ちゃんを守ってくれるって、言ったじゃないですか!!!」

「……。お前も貴族の端くれなら、こういう時にどうするべきかはわかるだろ!」

「それはっ!そうですけど!
でもこの子は悪くないんですよ!悪いのはちゃんと確認をしていなかった僕で…。」

「そうだな。ジャコブ。
お前にも責任がある。

よって…。」

冬の海風よりも冷徹な声に、ボクはもうどうやってもこの人の決定は覆らないのだろうと、生きる事を諦めた。

バサッ!上着が取り去られた。

身体が寒い。その声だけで、ここまで人を凍えさせられるとは。上位肉食獣人というのは、えげつない能力を持っているんだな。

「見てください!この完璧なまでの美しさ!これが罪ですか!!」

有名な裁判のワンシーンだ。ジャコブよ。何をとち狂っている。
こんな羊獣人のオッサンでそのシーンをやっても、誰も共感してくれないだろうに。

「ライランド様は、一度でも羊ちゃん達とちゃんと向き合った事があるんですか?
彼らの純粋な眼差しを、無垢な瞳を何も知らないからそんな残酷な事が言えるんだ!」

この人今同じ事を言い方変えて2回言ったよ…。とツッコミを入れる間もなく、ジャコブは何か小瓶を取り出し、口でスポっとコルクを引き抜くと、ライランドと呼ばれた男に向かって投げつけた。


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