【完結】牧場で羊になりきっていたら、氷結の貴公子に夜のお供を命じられました

夜曲

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ボクの聞き間違いかな。うん。そうに違いない。

男のボクと結婚?意味がわからないし、百歩譲ってそれが本当だったとしても、どうしてそれが良い話になるのだろうか。
悪い話なのではないだろうか。

いや、やっぱり聞き間違いだ。


どう見ても解っていなさそうな表情が顔に出ている自覚があるボクをみて、ライランド様はボクの手を握って、もう一度言った。


「その……。
今まで、もしかしたら好きなのは俺の方だけだと思っていたのだが、どうやらキミの方も同じだったみたいだし、俺と結婚してくれないだろうか。」


聞き間違いではなかったーーーー!!!
しかも、ボクも同じ気持ちってなんだろうか。

「ボク、ライランド様のこと好きだった?」

まぁ確かに、ライランド様は凄くかっこいいし、優しいし、ライランド様のことを嫌いに思う人はあまりいないだろうけれど……。


「ちっ違ったのか……。」

ライランド様の耳が、ものすっごくしょげている。さっきまで動いていた尻尾も、だらりと垂れ下がり、途端に動かなくなってしまった。

あ!ヤバイ!びっくりしすぎてつい声に出てしまっていた!!

「あっ!いや!違いません!
違わないと…思…います……?」

自分で自分の気持ちが解らない。好きか嫌いかと言うと断然好きだ。
でも、結婚したいかというと……。
それは恐れ多いどころか、そもそも考えた事すらなかった。

だってライランド様は、肉食獣人だというだけでもボクより格上なのに、更に王子様だ。
草食獣人のボクと結婚するだなんて、そんなの今どき子供向けの創作物語だって、そんな絵物語みたいな現実味の無い話は書かないだろう。

あ。いや。ジャコブの本棚はそんな本ばかりだったか。あれはひどく現実味がないなと思いながら、それでも時間を潰すためだけに、鼻で笑いながら読んでいたものだ。本の中にしか存在しないものだ。

ボクは34歳で、もう世の中の事をそれなりに知っている。例え若気の至りで一時的に恋に燃え上がったとしても、5年後は?10年後は?
現実はそんなに甘くないだろうと容易に想像がついた。


「すまない。キミに気を遣わせてしまったな。
安全なジャコブの屋敷にも行けるのに、そこで大好きな本も沢山読めるのに、それでも俺と一緒に居たいからと言ってくれたから……。
前線は命の危険がある上に、きっと見たくないもの、聞きたく無いことも沢山聞いてしまうだろう。何より、キミの同胞の草食獣人を侵略する場だ。そんな過酷なところにまで着いてきてくれるというから……。

てっきり、メリノも俺の事が好きなのかと……。
すまない。今のは忘れてくれ。」


「いえいえいえいえ!ライランド様の事は嫌いではありません!」

「嫌いではない……。」

尻尾も耳も、もっとしょげてしまった。

「いえいえ!好きです!凄く好きですよ!」

「もういいんだ。
とりあえず、今は離れ離れにならないだけでも……。」


そういうと、ライランド様は「もう休ませてくれ……。」と言い残して向こうを向いてしまった。


あれ?ボク、抱き枕。今夜のボクの仕事は?


@@@@


いつもより北国の夜がこたえる、少しだけ寒くて、凄く気まずい一夜が明けた。


ボクは、ライランド様が草食獣人側に寝返ったという口実として使われない様に、結局一旦はジャコブの屋敷に預けられる事になった。
ライランド様はほとぼりが冷めた頃に、気が向いたらまたゆっくり来たら良いと言っていたが、これはもしかしたらボクをずっとこちらに置いておくつもりの嘘なんじゃないだろうかと疑っている。
ボクが昨日あんな事を言ってしまったから。


その為、ボクは少し残念な顔をしながらも、物分かりよく「わかりました!後から行きますね!」とライランド様を潔く見送る事にした。


朝、甲冑に身を包み、急遽の出陣となり士気が上がりきらない騎士や兵士達の士気を鼓舞し、戦場に向かわせるライランド様は、もの凄くかっこよかった。正しく男の中の男。そして、理想的な王子様。

間違っても、ボクとどうこうなんて感じじゃない。


もしかしたら今は戦場に行く前で、少し気が変になっているだけなのかもしれない。

結婚は、戦争に勝って、無事に前線から戻って来られたらなのだし、その時になったら、きっと弟さんもとっくに王太子になっているだろう。

女性と結婚しない宣言を守る必要も無くなっているだろうから、また戻ってから美女でもなんでも探せばよいと思うし。

そうボクは位置付けて、とりあえずこの話を聞き流す事にした。
むしろ、戦場に赴く直前の一時の気の迷いを、ずっと覚えられていられることの方が、ライランド様にとっては迷惑だろう。


ボクはこれから戦場に、それも草食獣人を虐殺しにいく場に向かう人に、どんな顔を向けてよいか解らず、笑っているのか悲しんでいるのか解らない顔で、ライランド様を見送った。


やがてライランド様が見えなくなったところで、ボクはライランド様が護衛にと呼んでくれたジャコブと、すぐにジャコブの屋敷に出発した。
このまま城に残っていれば残っているほど危険だというのはボクにだって解るし、それにボクにはやらなければならない事がある。


どうやら、ジャコブの家は人間の商人だから元は大陸出身で、この国国民ではなかったのだが、武器の輸入でこの獣人の国に巨大な貢献をして叙爵され、それから財力に物言わせてどんどんと爵位や貴族達を金で買っていって、今の地位を得た伯爵家だった。
武器のかなりの部分を握っているから、国王様でも迂闊に手は出せないらしい。少なくとも、たかだか羊一匹程度では。


あの羊の尻ばかり追いかけていた変人が、実は重要伯爵家の三男坊だとは、誰が想像できよう。
そりゃあ、普段蔑ろにされている王子様に興奮薬を嗅がせても、1ヶ月の羊の使用禁止位で済む訳である。まぁ、あの罰はだいぶこたえていたようだが。

下手したら、王様にとっては、ライランド様よりジャコブの方が大事なのかもしれない。


城にいる時と同じ生活か……。でも、どうしてだろう。夜にボクの夜更かしを止めてベッドに連行してくれる人が居ない生活は、きっと楽しさ半減なんだろうなと思える。
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