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そんなジャコブの屋敷に向かう馬車の中。
ボクは見送りで寒空の下にずっと立っていたからと、トイレに行かせてくれないかとジャコブに頼んだ。
「でも僕の屋敷は城から近いから、あと10分もすれば付きますよ。」
というジャコブに、「もう漏れそうなんだ!」と前を押さえて小芝居をうつ。
仕方ないな。とジャコブが合図をしてくれて止まろうとする馬車がまだ止まり切らないうちに、「ダメだ!もう漏れる!」
とボクは馬車から飛び出した。
まだジャコブの家の使用人もジャコブも反応できていないうちに、そのまま小さな路地に入り、服を脱ぎながら走り、しまいには羊形態になって、ボクは街の門まで一直線に走った。
警備兵も、急にやってきた羊には対応できなかった様で、入るならともかく丸腰の羊が出ていくだけならと、特に追っては来なかった。
歩兵もいる行軍だ。まだそう遠くまでは行っていないはず。
羊の足は意外と早い。一刻程走った頃に、隊列の最終尾が見えてきた。
無駄死にすることを望んでいる息子に使わせる兵は、少なければ少ないほど良い。
これ以上少なければ王の面目が立たないだろうという絶妙な人数の隊列だ。
その為、ボクの想定よりもだいぶ前に進んでいて、方向を間違えたかなと焦ってしまった。ちゃんと追いつけてよかった。
ボクは、その辺の通りすがりの羊ですよと言わんばかりに、ギリギリ行軍を見失わない付かず離れずの距離を保った。
しかし、忘れてはいけないのはここは肉食獣人の国。時々すれ違う肉食獣人達に、今夜のおかずみーっけ!と追いかけられる。
その度にボクは、全速力で逃げなければならない。
規模がそれほど大きくない隊列を見失わない様にするのは、思いの外大変だった。
逃げた夕飯候補を獣形態になってまで捕まえようとする暇人がいなくて、本当に幸運だった。
やがて、今日の行軍は終わったのか、兵達は野営の準備にとりかかる。
そう、今回は強行軍で、海軍がいる港に着くまで、街での宿泊が一切認められていないらしいのである。
港までは5日間の旅程だ。これも王様による嫌がらせである。
兵を町の外で野営させて、せめてライランド様だけでも町で寝れば良いのに。ライランド様ならば、それをしないんだろうなと容易に想像がつく。
それを知っていたボクは、暗闇に紛れて、積荷の中に潜り込む作戦を立てている。
羊のまま潜り込むのは、ボクの十八番だ。その特技のおかげで、ライランド様にも出会えたのだし。
眠そうな見張りに気が付かれない様に、風下を陣取り、ボクがいそいそと、どの積荷に潜り込もうかなと物色していると、頭の上から、大きなため息混じりの獣の声が聞こえてきた。
え?上?
ボクが急いで上を見上げると、木の上に青光りする瞳が一双。よく目を凝らしてみると、見慣れた黒豹が一頭。
はえ?
黒豹は、トンという音も聞こえない程静かに木の枝から降りた。
同じ地面に立っていても、大きい……。
羊形態のボクには、いつにも増して、生理的に黒豹が怖い。一口で喉笛を噛みちぎられて、木の上に引き摺られていきそうだ。
実際に、その黒豹は獲物に狙いを定めたかのように、そろりそろりと少しずつ忍び寄ってくる。
えぇ。この子、本当にライランド様だよね?よく似た別人…いや別豹だなんてことは無いよね?
黒豹は大きく口を開けて、ボクの頸を甘噛みすると、大きな天幕の中へとボクを引き摺り込もうとした。
「えぇ!ライランド様が自ら狩りを?
その羊を捌いて今からスープを作ってきましょうか?」
そう言ったのはロムニーだ。
ライランド様の腹心なのか、今回の行軍でも、副官を務めている。
ライランド様は、気心知れた部下のじゃれあいに、めんどくさそうに応えた。
「がぁぁお。」
解っているのにわざわざ聞くなと言っているのが、なんとなく伝わってくる。
そりゃあそうだよね。ボクの黒ぶちは珍しいもんね。
羊形態でも、ボクを知っている人が見ればバレバレである。
ボクは、大人しくドナドナと、ライランド様の天幕の中に引き摺り込まれていった。
@@@@
「さて、どうしてここにいるのか、説明してもらおうか。」
獣人形態に戻ったかと思ったら、第一声がこれである。
ライランド様、ものすっごくお怒りの様だ。
そして、頼むから服を着てくれ。服を。
どうしてこの人はいつも、獣人に戻った後に服を着てくれないんだろう。
これが、幼い頃から侍従に身の回りの世話をさせている王族の普通なのだろうか。
対するボクは、根っからの庶民育ちで、獣人形態に戻ったものの、なんとなく恥ずかしくて話どころではない。
前を隠してモジモジしていると、
「あぁ、すまん。まずは服を着てくれ。」
と、やっとボクのモジモジに気が付いたのか、ライランド様が自分の服を差し出してくれた。
貸してくれた軍服に袖を通すと、大きくて引きずりそうだった。
「ガルルゥッ」
と極力押し殺した、獣の喉の鳴る声が聞こえた気がした。
ライランド様の握りしめている拳が痛そうだ。
これは、相当お怒りである。
それもそうか、ボクといたら逆賊の汚名を着せられてしまうかもしれないのだもの。
てっきり喜んでくれるかと思ったんだけど、こんなにお怒りだとは。
え…ボク、戻った方が良い?
ボクは見送りで寒空の下にずっと立っていたからと、トイレに行かせてくれないかとジャコブに頼んだ。
「でも僕の屋敷は城から近いから、あと10分もすれば付きますよ。」
というジャコブに、「もう漏れそうなんだ!」と前を押さえて小芝居をうつ。
仕方ないな。とジャコブが合図をしてくれて止まろうとする馬車がまだ止まり切らないうちに、「ダメだ!もう漏れる!」
とボクは馬車から飛び出した。
まだジャコブの家の使用人もジャコブも反応できていないうちに、そのまま小さな路地に入り、服を脱ぎながら走り、しまいには羊形態になって、ボクは街の門まで一直線に走った。
警備兵も、急にやってきた羊には対応できなかった様で、入るならともかく丸腰の羊が出ていくだけならと、特に追っては来なかった。
歩兵もいる行軍だ。まだそう遠くまでは行っていないはず。
羊の足は意外と早い。一刻程走った頃に、隊列の最終尾が見えてきた。
無駄死にすることを望んでいる息子に使わせる兵は、少なければ少ないほど良い。
これ以上少なければ王の面目が立たないだろうという絶妙な人数の隊列だ。
その為、ボクの想定よりもだいぶ前に進んでいて、方向を間違えたかなと焦ってしまった。ちゃんと追いつけてよかった。
ボクは、その辺の通りすがりの羊ですよと言わんばかりに、ギリギリ行軍を見失わない付かず離れずの距離を保った。
しかし、忘れてはいけないのはここは肉食獣人の国。時々すれ違う肉食獣人達に、今夜のおかずみーっけ!と追いかけられる。
その度にボクは、全速力で逃げなければならない。
規模がそれほど大きくない隊列を見失わない様にするのは、思いの外大変だった。
逃げた夕飯候補を獣形態になってまで捕まえようとする暇人がいなくて、本当に幸運だった。
やがて、今日の行軍は終わったのか、兵達は野営の準備にとりかかる。
そう、今回は強行軍で、海軍がいる港に着くまで、街での宿泊が一切認められていないらしいのである。
港までは5日間の旅程だ。これも王様による嫌がらせである。
兵を町の外で野営させて、せめてライランド様だけでも町で寝れば良いのに。ライランド様ならば、それをしないんだろうなと容易に想像がつく。
それを知っていたボクは、暗闇に紛れて、積荷の中に潜り込む作戦を立てている。
羊のまま潜り込むのは、ボクの十八番だ。その特技のおかげで、ライランド様にも出会えたのだし。
眠そうな見張りに気が付かれない様に、風下を陣取り、ボクがいそいそと、どの積荷に潜り込もうかなと物色していると、頭の上から、大きなため息混じりの獣の声が聞こえてきた。
え?上?
ボクが急いで上を見上げると、木の上に青光りする瞳が一双。よく目を凝らしてみると、見慣れた黒豹が一頭。
はえ?
黒豹は、トンという音も聞こえない程静かに木の枝から降りた。
同じ地面に立っていても、大きい……。
羊形態のボクには、いつにも増して、生理的に黒豹が怖い。一口で喉笛を噛みちぎられて、木の上に引き摺られていきそうだ。
実際に、その黒豹は獲物に狙いを定めたかのように、そろりそろりと少しずつ忍び寄ってくる。
えぇ。この子、本当にライランド様だよね?よく似た別人…いや別豹だなんてことは無いよね?
黒豹は大きく口を開けて、ボクの頸を甘噛みすると、大きな天幕の中へとボクを引き摺り込もうとした。
「えぇ!ライランド様が自ら狩りを?
その羊を捌いて今からスープを作ってきましょうか?」
そう言ったのはロムニーだ。
ライランド様の腹心なのか、今回の行軍でも、副官を務めている。
ライランド様は、気心知れた部下のじゃれあいに、めんどくさそうに応えた。
「がぁぁお。」
解っているのにわざわざ聞くなと言っているのが、なんとなく伝わってくる。
そりゃあそうだよね。ボクの黒ぶちは珍しいもんね。
羊形態でも、ボクを知っている人が見ればバレバレである。
ボクは、大人しくドナドナと、ライランド様の天幕の中に引き摺り込まれていった。
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「さて、どうしてここにいるのか、説明してもらおうか。」
獣人形態に戻ったかと思ったら、第一声がこれである。
ライランド様、ものすっごくお怒りの様だ。
そして、頼むから服を着てくれ。服を。
どうしてこの人はいつも、獣人に戻った後に服を着てくれないんだろう。
これが、幼い頃から侍従に身の回りの世話をさせている王族の普通なのだろうか。
対するボクは、根っからの庶民育ちで、獣人形態に戻ったものの、なんとなく恥ずかしくて話どころではない。
前を隠してモジモジしていると、
「あぁ、すまん。まずは服を着てくれ。」
と、やっとボクのモジモジに気が付いたのか、ライランド様が自分の服を差し出してくれた。
貸してくれた軍服に袖を通すと、大きくて引きずりそうだった。
「ガルルゥッ」
と極力押し殺した、獣の喉の鳴る声が聞こえた気がした。
ライランド様の握りしめている拳が痛そうだ。
これは、相当お怒りである。
それもそうか、ボクといたら逆賊の汚名を着せられてしまうかもしれないのだもの。
てっきり喜んでくれるかと思ったんだけど、こんなにお怒りだとは。
え…ボク、戻った方が良い?
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