【完結】この憎悪を消し去りたい

夜曲

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#この世の地獄<櫂の息子視点>

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文頭にハッシュタグが付いている話は『もう一度君に蒼空を見せたい』からの抜粋です。
そちらを既にお読みの方は、読まずに飛ばして頂いて問題ございませんので、よろしくお願いいたします^^


ツガイと息子が攫われてから2週間後に、息子が売られる時までの回想です。

ーーーーーーーーーーーーー

<櫂の息子、蒼空視点>


 僕は、この世の地獄から、抜け出せたのだろうか。それともまだ地獄の中に居るのだろうか。
 或いは、全てはまだこれからで、地獄の入口に立っているところだろうか。


 父の事業が失敗した時、僕はまだ大学三年生だったから、なんとなく皆が持っている様な薄い法律知識で、最悪父が自己破産して、僕が相続権を放棄して、母さんが父さんと書類上だけでも離婚すれば大丈夫だと思っていた。

 そんな僕は、本当に子供だった。
 現実は、そんなに甘くはなかった。

 取引先はそんな風に余裕がある相手ばかりじゃない。

 表の世界は確かに自己破産したら終わりかもしれないが、非公式な債権回収を裏社会に依頼する人が一人でも、一社でもあれば、自己破産なんて意味をなさない。
 そんな簡単な事を、僕は知らなかったんだ。


 めぼしい資産が全て、表の世界の自己破産の債権者分配待ちで取り押さえられている時に、裏社会の取り立て屋が何を持っていくと思う?


 最初は父が海外などに隠していた隠し財産だった。

 でも、柏木商事は大きな会社だったから、取引先も莫大な数がいて、裏社会に依頼するのも一社や二社じゃなかった。
 色んな取り立て屋が数回家に来たら、当然隠していた資産も底を尽きる。
 
 それで、次は?
 
 臓器、売春、強制労働。
 残された選択肢は自分達の身体を売ることだけだった。


 離婚して我関せずなんかで、逃げ切れるものではない。
 だって相手は犯罪組織だもの。

 法律上の他人であることなんて、裏社会でなんの役に立つのさ。

 
 結果、僕たち家族は夜逃げを敢行するしかなかったんだ。
 それが罠だと知っていても、知らなくても、そのままで居れば結局捕まってしまう。
 ならば、せめて足搔く。
 それしか方法が無かった。


 約半月前、父と母と僕は、家族で海外逃亡しようと夜の空港で出国審査を終えた。

 正直、ここまでくればもう八割方は逃げ切れたと思っていた。
 もちろん現地に着いて、山奥に逃げるまではまだ警戒し続けなきゃいけないと、頭では解っていたけれども。
 
 もしかしたらほんの少しだけ、気のゆるみがあったのかもしれない事は否定できない。

 搭乗口への道中で普通に通り過ぎようとした多目的トイレに、僕はあっという間に引き摺り込まれた。
 もちろん、声なんか出せない様に何かで口をふさがれて、そのあとの記憶は全くない。後から聞いた話では、僕は大きなトランクに入れられてそのまま連れ去られたらしい。


 気が付いたら、取り立て屋の親玉だというおじさんが目の前にいた。

 そして、オメガの僕はこれから借金のカタに売られると聞いた。
 もうすぐ死亡届が出されて、一生を地下で飼育される奴隷オメガとして。


 最悪捕まっても無理やり風俗店で働かされて、その賃金を搾取される位しか考えていなかった僕は、想定以上の事態にフリーズしてしまった。


 奴隷?この現代社会に?
 そんなの何百年も前の話だと思っていた。

 それも、地下室で飼育されるって、それ人権とか全部無いやつじゃない?
 風俗店では出来ないようなえげつない事をされるって事じゃない?
 

 もし捕まったら風俗店に売られるという事を具体的に考えた事がなかった訳じゃない。
 風俗店で働くにしても、一応労働者だから、労働基準法で守られる。
 客からの暴力は当然商品価値が下がるから黒服が阻止してくれるだろうし、身体の清らかささえ諦めれば、交渉によっては引き続き大学に通ったりできるかもしれないとすら淡い期待を抱いていた。

 もしかしたら店の外に出たり、家族と住むのは禁止されて、与えられた風俗店の個室で寝泊まりするのを強制されるかもしれない。
 でもきっと、同僚オメガ達と待ち時間にわちゃわちゃとおしゃべりしたり、運が良ければ黒服のお兄さんと一緒なら、ホテル出張帰りにコンビニに寄ったりする位は出来るんじゃないかと思っていた。


 地下室で飼育される奴隷オメガなんて。それ、労働者じゃなくてペット枠だよね?労働基準法とか、労働時間とか一切関係ないってことだよね?
 下手したら二十四時間弄ばれちゃうかもしれない。
 何をされても、誰も止めてくれないかもしれない。何それ怖い。怖すぎる。


 そもそも、死亡届が出されていたら、僕はもう生きた屍も同然で、死ぬまで変態に弄ばれて、死んだら東京湾にでもポイ。
 一生太陽の下には出られず、警察だって、友達だって、下手したら父だって、誰も探してくれないって事だよね?
 だって、柏木 蒼空は死んでるっていう結果が既に出ちゃってるんだもの。

 それが、少し早いか遅いかだけで、きっと最後の結果は同じ。


 皆んな誰しもそうだって?全然違うよ!

 性奴隷が50歳60歳まで生きられるなんて事、きっとないでしょ?
 いくら僕が美貌のオメガだと持て囃されていても、そんなオジサンになってまで需要は無いと思うし。
 お役御免になったからと言って、解放される訳でもなく、きっとさらりと死亡届を本物にされちゃうだけでしょ?

 なにそれ。
 そんな事、この令和の時代にあってもいいの?


 まだ自分の置かれた現実も上手に受け止められなかったというのに、その借金取りの親玉は、いいものを見せてあげるよと言って、僕を隣の部屋に連れて行った。
 さっきから、聞きなれた声に似ている悲鳴や、やめて、許して、という声が聞こえてくる部屋だ。


 僕は、ずっと聞こえていたその懇願と悲鳴が母さんの声だとは、認識したくなかった。
 脳がそう認識するのを阻害していた。
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