ν - World! ――事故っても転生なんてしなかった――

ムラチョー

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一章

三十四話 愚物 

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「よぉシギン。俺に従う決心はついたかぁ?」

 村の入り口に現れるなり開口一番ギギリが寝言を吐き出した。
 第一声で交渉相手の長……まぁ今回は俺だが、それを挑発するとか頭湧いてるんじゃねぇのか?
 そもそも、この村の状況を見て何故そう思えるのかさっぱり理解ができん。
 コイツは性格は歪みきっていて、以前から発言もかなり頭悪そうではあったが、ここまで空気も読めない奴だっただろうか……?
 いや、実際目の前のコイツが答えか。

「この間と答えは変わらぬ。この村は俺達が俺達の力だけで開拓した新しい村だ。ガガナに好きにさせるつもりはない!」
「あぁ? 馬鹿かテメェ? オヤジは関係ネェ。俺が決めたって言ってんだろォが!? ボケてんのか、アァ!?」

 コイツは三日前、自分が俺と何を言い合ったのかまるで憶えていないのか?

「いいか? 親切な俺がもう一度だけ答えてやるが、百歩譲ってガガナの野郎ならばやり方が気にくわないとはいえ世話になったと言えるだろうさ。だがギギリよぉ? 俺達がお前の世話になった事などかつて一度として無かったんだが、何故そんなお前の言うことに耳を貸さなきゃならんのだ?」
「ハァ!? テメェこそボケてんのか? オヤジの村で世話になったといま自分で認めただろォが! つまりそれはガガナ村を引き継ぐオレの世話になったも同然だろうが!」
「つい今しがた、お前は何と言った? オヤジは関係無いと自分で言った直後、舌の根も乾かぬうちにもう真逆の事を口走っている事にいい加減気づけ」
「いつ俺がそんな事言った!? 適当抜かしてんじゃネェぞクソが!」

 コイツは……!
 意図した煽りなら大した度胸だが、どうにも心からそう思ってるフシがある。
 普通に考えれば、ただの愚か者だが……
 コイツもしかして……?

「待てギギリ! 真っ当に交渉すると決めたはずだぞ! 話が違う!」
「ギ、ギギリ。 この間の挑発と違って実際の村長格との交渉でそれは流石にまずい! 誇大喧伝は兎も角前言を翻すのは俺たちが不利になるって……」
「そうだぜ、チンピラ相手なら兎も角、村相手のやり取りでいい加減な事を言うとどうなるか昨日散々思い知っただろ!」

 ギギリは兎も角、その取り巻き共には、今のやり取りのまずさが理解出来ているようだ。
 まぁ、当然だろう。
 普通の神経してれば、トップ対談で平然と自分の言葉を翻すような奴は誰も信用しやしない。
 こんなのはヒトとして当たり前の思考であり、理解してないギギリの方が頭がおかしいと言わざるをえない。
 ……のだが。

「んダァ!? 何テメェ等までいい加減なこと言ってんだ。俺がいつそんな事言ったってんだコラ」

 と言った感じだ。
 これはダメだ。
 交渉云々のまえに、まず言葉が全く通じていない。

 これは心が壊れちまってるか、認識が歪んちまってる可能性が高ぇな。
 直前に自分が言った事を認識できてなかったりするのは歳を食ってボケたジジィか、心が壊れて自分が何を口走ってるのかも理解出来ていない呆け者によく見られる症状だがたまにこうやって意識がはっきりしたままぶっ壊れちまう奴がいる。
 そういった奴のまとっている雰囲気に似た気配をどうも感じる。
 そうでなければ、自意識が過剰に歪んで自分に都合の悪いことは自分の頭の中では無かったことにしてるかのどちらかだろう。

 普通にコイツの言動を考えれば後者の可能性が高いと考えられるが、まぁコイツに関してはガキの頃からかなり奇行が目立っていたから、あながちどっちとも言えんか……
 性根が歪んだ……といっても、ここまで歪みきっちまったらそれは狂人と変わらんしな。
 さて、このうつけ者相手の対応をどうしたものかと考えていたところ、取り巻き達が突如会話に割り込んで来た。

「つい今さっき自分で言ってただろ! 真面目にやれよ! お前また昨日みたいに滅茶苦茶するつもりか!?」
「俺達が寄越されたのは労働力の確保の交渉だったはずだろ!? 強気に出るのは兎も角、交渉すらまともにしないなんておかしいだろ!?」
「どうしちまったんだよギギリ! ここ最近のお前は言ってることが無茶苦茶だよ!」
「村をどうこうってのはただの脅しだと言ったじゃないか! 人手が足りないこの時期に敵を作ってまで土地を手に入れてどうするんだよ!?」

 飛び出して来た取り巻き達は多少理解があるらしい。
 しかしギギリの周囲の取り巻きは飛び出してきた奴らに対して馬鹿面で吠え掛かっている奴らも居る。
 どうも奴の取り巻きの中にも派閥的なものがあるのかもしれんな。
 取り敢えず区別するために、『知能派取り巻き』と『バカっぽい取り巻き』と呼び分けよう。

 にしても、村と村での交渉の最中に仲間割れとかコイツラ正気か?
 そんな纏まりの無さを露呈したら、間違いなく交渉でそこを突かれるだろうに。

 そんな連中に呆れつつ、目の前で繰り広げられる低次元な言い争いを聞く感じ、どうやら、ギギリがガガナの意思を無視して暴走しているようだ。
 脅しと言う言葉が聞こえてきた事から、どうやら俺達がビビると踏んで有利な条件で人手を集めると言うのが本筋のようだ。
 寄越された、と言う事はギギリよりも上位者……つまりガガナの指示でこの村に訪れた、という事だろう。

 なのにギギリは何をトチ狂っつのか強迫を重ねた挙句交渉で自分達が不利になるような言動を繰り返し、流石に見かねた取り巻きが止めに入った、と言うところか。

「ガガナさんからの指示は人足の確保だろう? 素直に理由を話して力を借りるべきだ。 俺達はもうおしまいだが、せめてガガナさんへの筋は通すべきだろう?」
「おい、テメェら何を……」

 取り巻きの突然の意見にギギリも意表を突かれたのか、呆然としている。
 まぁ、ドヤ顔で俺達を追い詰めてた筈が、まさかの身内からの突然の反撃なんて貰えば状況に何一つ備えてなさそうなギギリはマトモに頭が働かない状態に陥ってるだろう。
 しかし、おしまいとは一体……?

「申し訳ないシギンさん。散々ギギリが暴言を吐いたが、俺達は獣害で働き手の多くが怪我をして狩りがまともに出来ないからガガナさんから近隣の村に助けを求めるよう頼まれて来たんだ」
「さっき勢いでぶっちゃけちまったけど、俺達に本気で争う気は無いんだ。滅茶苦茶な事を言っちまった後でムシのいい話なのは理解しているが、どうか力を貸していただけないだろうか?」

 もう、ギギリに任せてはいられないと踏んだのか、知能派っぽい取り巻き達が色々とぶっちゃけ始めた。
 それに対してバカっぽい取り巻き達が噛み付いているようだが……

「巫山戯るな! テメェ等何勝手に話を進めてやがる! ガガナの村長はこの俺だぞ!」
「次期、村長候補だろう? それに、交渉が雲行きが怪しくなれば俺達が引き継ぐと昨日約束しただろう」
「何時怪しくなった!? 俺が圧倒的に有利に事を進めているだろうが。見て判らんのか無能共が!!」

 最初から圧倒的なアホさ加減を喧伝しているだけの様に見えるが……
 というか村長じゃねぇのかよ。
 身分詐称じゃねぇか。

「お前はそれで昨日も交渉を駄目にしたばかりだろうが! お前が相手の村長に武器を向けたせいでガガナ村は周囲の村落での立場を大きく落とすハメになるんだぞ!?」

 そんな事やったのか。
 会談中に武器を抜くとか、そんな奴相手に会談を持ってくれる様なお人好しはねぇだろうな。
 当然、そんな馬鹿を派遣した村も信用を落とすだろう。
 下手すりゃ周囲の村と示し合わせて袋叩きにされてもおかしくない。
 そりゃ取り巻き共も口を挟むか。

「当初の取り決め通り、ここからの交渉は俺たちが引き継ぐ!」
「巫山戯んなよ!? 何を……」
「ギギリを黙らせろ! 話が進まない!」

 勝手に仲間割れを始めた連中達を眺めていて、色々と気づけた事がある。
 どうやら、知能派っぽいこいつらは取り巻きと言うよりも、ガガナからの指示で付いたお目付け役的なもの達のようだ。
 これ以上はガガナ村への益が出ないと見切っって話に食い込んで来たようだ。
 であれば、まともに話を通すべきはギギリではなくコイツ等が正解だろう。

「さて、お前さんが話を継ぐということで纏まったかな?」
「見苦しい所をお見せしました。今後の交渉は俺が引き継ぎます。これはガガナの意思でもあります」
「良いだろう。まずは半端で止まっている話の続きを聞かせてもらおうじゃないか」
「いえ、実は先程の話がすべてです。我々はあなた方の狩猟の腕を借りたく、それに対する報奨が先程の塩と薬草、そして結瘴片ということです。アレだけ威圧的な煽りをしておきながら虫のいい話であることは理解しておりますが……」

 そりゃ、三日前に来た時は相当煽っていきやがったからな。
 脅迫まがいな事までぶち上げやがった訳だし。
 これだけ常識的な考え方ができる奴があんな真似を許すとは思えんし、アレもギギリの独断で勝手にやらかしたと見るのがまぁ普通か。
 ギギリを排除するにしても、まず敵対者の数を減らすに越したことはないし、その後にガガナへと渡りをつける際にもコイツ等は有用だ。
 ただ、まぁ……他所の村でこれだけの事をしでかしたんだ。
 弱みは当然突かせてもらうがな。

「確かにムシのいい話だな。内容によっては力を貸してやらんでもないが、これだけ盛大にやらかしたんだ。足元見られるのは理解してるな?」
「わかっています。ここでのやり取りについても俺達がガガナさんに説明します」

 取り巻きのチンピラ風情……と見ていたが、以外やまともに交渉が成立する。
 ギギリよりよっぽど村長に向いてるんじゃないのかこの取り巻き達。

「良いだろう。しかし人足や作業の内容、時期も含めて詳細がわからねば俺も首を縦に振れんぞ。その辺りはどうなっている?」
「ガガナさんからは急ぎで食用の肉を手に入れたいとのことで、期限は早ければ早いほど良く沼猪3頭分程の量があれば質は問わず肉と同じだけの重さの岩塩と干薬草、それと1頭につき一つの結瘴片シャードで交換する用意があると」
「同量の塩と薬草に結瘴片だと? ずいぶんと気前が良いな」

 価値としては肉と薬草だけでほぼ等価だ。
 薬草の質次第では価値は向こう側に傾くだろう。
 結瘴片までつけるとなるとどんなに質が悪くてもこちらが損をするような事にはならないだろう。
 そのガメつさで村を発展させてきたガガナがそこまで出してくるという事は、余程に肉不足が深刻なのだろう。

「コレがガガナが提示できる最大値です。交渉で安く叩くつもりでしたがギギリの暴走でご無礼を働いた手前、駆け引き無しの限界値を最初に提示させていただきます。我々に出来る最大の誠意だと考えて頂きたい」

 確かに、この対価は割に合うか合わないかで言えば、割にあわないほどの物だ。
 これ以上出せないという言葉にも嘘はないだろう。
 対価を踏み倒す心配も、相手がガガナであればそこまで警戒しなくても良いだろう。
 奴は欲に忠実だが約束は絶対に破らない。
 商人の真似事をしていた奴は、信用の価値を誰よりも理解している。
 だから、一度提示したならその内容がいくらこちらに有利であろうと後になって条件を引き下げるような心配はないだろう。
 そもそも、力で抑え込めないと理解しているからこそ奴は俺達の独立を認めざるをえなかった訳だしな。

「村周辺の獣達の力関係が崩れたせいなのか、狼や豹、オオトカゲなんかの肉食の獣が増えて、当然ながら獲物が減ってしまい……」
「獲物が減るわ、危険度が増して狩りそのものが難しくなるわ……といった所か」
「お察しの通りです」

 狩猟を得意としていた俺達が抜けたことで、肉の調達に不便が出たことは確かだろう。
 しかし、それだけで狩りが不可能になるかと言えばそうでもない。
 得手不得手はあろうが狩りなぞ、知識さえあればある程度の慣れは必要だが男手がなくてもある程度はこなせるのだ。
 それすらも出来ない程に危険だというのなら、余程の事態なのだろう。

 俺達はガガナに対してあまり良い感情を持っていはいないが、ガガナ村に対してそこまでの敵対心は感じていないのだ。
 ガガナのやり方が肌に合わずに村を出たが、喧嘩別れとはいえ決別するほどの険悪さではなかったのだから。
 一応生まれ故郷でもあるわけだし、滅んでほしいという訳でもない。

「そうだな。俺達はガガナ村を憎んでる訳でもなし、公平な対価を用意するというのなら手を貸すことも吝かではない」
「それでは……」
「ただし!」

 そう、手を貸すことについては問題はないが、ケジメは付ける必要がある。

「ギギリとそれに近い側近、それと長であるガガナからの正式な謝罪が条件だ。対価が対価だからこれ以上の無意味な賠償は請求するつもりはないが、ハイナ村村長である俺への侮辱と、ハイナ村への侮辱と脅迫。これらは無かった事にすることはできん」
「長が謝罪すると私の口から勝手に断言するわけにはいきませんが、ガガナには我々の方からそちらの要求は全て伝えると約束します。しかし……」
「しかし、何だ?」
「ギギリによる侮辱は認めますが、脅迫とは一体?」

 む? コイツはあのやり取りの時居なかったといったか。
 それならギギリが暴走していたことは知っていてもその会話内容までは把握していなかった、と言うことか。

「要約すると、ギギリの手下に野獣使いなる者がいること。ライノスをけしかける内容を仄めかしたこと。そして当日、お前達がこの村に押しかけてくる直前、狩りの帰りにウチの若いのがライノスに実際に襲われていたこと。これらの3点を持ってギギリが俺達を脅迫していると判断した」
「馬鹿な……ライノス?」
「普段ならライノスをけしかけるなんて言われても、ガキの捨て台詞とでも思う所だ。しかし、本来こんなところに居るはずのないライノスに実際に襲われた直後となれば話は別だ」

 どういう事だ?
 交渉前の強硬態度を認めておきながら脅迫は知らないだと?

「……襲われたというのは事実なのですか?」
「実際に襲ってきたライノスは解体しちまったが、加工前の皮や角がある。確認したけりゃ後で見せてやる」
「なんて事だ……ギギリの口から出まかせにしたってタイミングが悪すぎる。何でこんな事に」
「お前さんは野獣使いとやらに心当たりは?」
「あります。ただ奴は新参で、今回は村の重要案件ということで参加は許しては……」


「ケ、ヒヒ……」


 突如上がった奇声に皆一様に視線を向ける。
 その先に居たのは当然ながら……

「テメェ等、皆俺様をコケにしやがって……大人しく言うことを聞いてれば良いものをよォ……」

 そう言ってナイフを引き抜く馬鹿者に、ウチの者だけでなくガガナの連中も殺気立つ。

「巫山戯るなよギギリ……、お前ルト村と同じことを繰り返す気か? 反省して、次頭に血が上ったら俺等に任せるといったのは口から出まかせだったのか?」
「馬鹿が! 俺は村長だぞ、何故テメェ等に指図されなきゃならねぇんだ? あの時はいちいちウルセェから口裏合わせてやっただけだろうが。それくらいの空気は読めや」
「お前……!」

 ……やはり妙だ。
 確かにコイツの性格は歪んでいたが、自己中心的なだけでここまで悪意に歪んではいなかったはずだ。
 村長への執着がどうだっかは対してコイツに興味がなかったから知りはしないが、こいつは事あるごとに自分のことを『村長候補』ではなく『村長』と称していることからガガナの村長という立ち位置にそれなりの執着があるはず。
 にもかかわらず、コイツの言動はガガナの立場を危うくするようなものばかりだ。
 コイツはまるで自分の悪意を隠そうとしない。
 隠さないどころか、まるでワザと自分の悪行を喧伝するかのような物言いが目立つ。
 それに一体何の意味がある?


 オオオオォォォォォン………


 遠吠え?
 この辺りで遠吠えをするのは北の山の野犬共だが、この時間帯は寝静まって……

「ヒヒ……ッ……」

 その場違いに不気味な笑い声の元へ皆の視線が集中する。
 主にガガナ村の連中だが、それはコイツこのタイミングで笑い出す意味がわからないからだろう。
 だが、獣の遠吠えと同時にこの反応だ。
 野獣使いの存在を知っている俺達にとっては……

「テメェ等が悪いんだぜ? 俺に従わねぇからイケネェんだ」
「予想通り……というのはアレだが、案の定やらかしやがったなこのクソ野郎」
「シギン殿!?」

 これは本気で戸惑っているな。
 という事は、これもギギリの独断か。

「野獣使いとやらの仕業だ! 遠吠えが連鎖しているって事は一つや二つの群れじゃねぇぞ!」
「馬鹿な、あ奴はここには……」
「どうせそこの馬鹿が連れ出したんだろうよ」
「そんな……」

 ―――――――!!

 この轟音は……!
 野犬共がどうこうして出る音じゃあない。
 大型獣が村の外壁に激突かなにかしているんだろう。

 正直、甘い考えだと自覚はあったがライノスこそが奥の手であってほしかった。
 しかし、嫌な想定通りとなっちまったがライノスと同等かそれ以上の獣を用意していたらしい。
 こうなってしまった以上、外の連中に頑張ってもらうしか無いか。

 頼むぜガーヴ。それと……
 言葉も通じない絶対強者に自分たちの命運を掛けなきゃならないというのは流石にどうなんだろうな。
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