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一 盲目
十五枚め
しおりを挟む幸いなことに会話も尽きず、日が暮れてしまったようだ。
「やばっ。すっかり暗くなっちったみたいだな」
カーテンが寄せられた窓の向こうから、夜が忍び寄ってきている。
「そろそろお暇しますね。楽しくて時間を忘れてついつい」
まだ二回しか会っていないのに、これだけ打ち解けるのが早かったのは、彼以外にいない。急ピッチで距離が縮んだことに、正直どこかで自分は焦ってはいたけど。
「送るよ、家まで。バイクでよければ」
「あ、その。お気遣いなく、神田さん。今日はとてもお世話になりましたし」
「そっか。バイクは危険だな。俺も運動がてら外歩きたいからー、ね?」
「あわよくば夕空の家に突撃してしばく」と彼は拳を構えた。
「そうでしたね。斎藤くん、流石にもう帰宅してるんじゃないですかね」
僕もその気になって彼と一緒に連れ立って歩く。
生暖かい風がほおをなでた。心地よい声色が僕の好きな夜の町に溶け込む。
木立に囲まれた公園を通り過ぎると、車のライトでいっぱいの橋が見えてくる。ここで財布を落とした。斎藤くんが耳を澄ませていた場所でもある。
「信じられないと思いますけど、先日、この橋の下の土手に、財布を落としてしまって」
あの日はなんでポケットに入れておいたのだろう。いつもはファスナー付きのショルダーにしまっておくのに。
「マジ?」
神田さんの髪がふわりと揺れる。川から急に突風が吹き上がって、よろめくと、腕を掴まれた。
「すっ、すみませんっ」
その力強さにドキリとした。細っこくて骨ばった運動不足の僕とは違ってたくましかった。
「いや、マジか。ひま、ひょろっこいから吹き飛ばされそう」
財布が飛んだのはぶつかったせい。でも、冗談抜きで僕自身も飛ばされかねなかった、かもしれない。なんて軽い存在なんだろう、僕は。
「財布、無事だった?」
「はい。ありました」
重要な事実が抜けている。ここで斎藤くんと再会して、実はお隣さんだったとつながるのに。
話さないのは、せっかく彼を勝手に独り占めできる時間なのに、他の人のことを話題に挙げたくなかったからなんだと思う。
だけど、幸せな時間は短い。あっという間に家の前に着いてしまった。
家々の外灯や明かりが漏れてほんのりと辺りは薄明るい。斎藤くんの家は真っ暗だった。
「こりゃ、もう寝てるか、まだ帰ってないかだな」
まだ帰宅していないんだとしたら、斎藤くん、案外宵っ張りなのではないか。それとも、外泊?
自宅がなくなった過去はあるけど、自宅に帰らないという経験はないので僕にはよく分からないが、あまり他人のところにお世話になるのは好ましいとは思えない。
「翌朝、目覚ましが鳴れば、帰って寝てるってことですよ」
「なるほど。ホント迷惑な野郎だな」
離れがたくなって、家に上がってもらおうと思ったけれど、勇気が出なかった。
「またねがいつになるか、わっかんないなあ。これからしばらく仕事が立て込んでさ。連絡は遅くなるけどつくから」
「はい……。また都合が良ければ」
何をそんなしんみりする必要があるのだろうか。
下を向いて見送るなんて失礼だと思って、おずおずと顔を上げる。いつもの癖で手を口元に寄せて、顔を隠そうとすると、ふいに抱き締められた。
「無理しすぎんなよ、ひま」
背中を何度かなでられて、ふっと表情が緩んだ。
静かに離れていく彼を見えなくなるまで見送って家に上がる。彼は何度かふり返ってくれた。
カッコいい…………。
まずはベッドに仰向けに転がった。
付き合っているのかと錯覚するほど、触れ合っている気がする。でも、神田さんのスキンシップは、いつもあんな感じなんだと自分を戒める。
「神田、さん」
こんなに浮ついたことなんて、人生では初めてだった。
カメラマンを持って奔走して、料理の腕もあって、服のセンスも様になってる。その上、ルックスもイケメンの部類に入るだろう。
何と言っても、力強くて優しい。
大学三年生になって、初めて恋心を自覚するなんて。経験がないから、どうしていいか分からなかった。
何でもあさにぃに頼りきっていたので、困るとすぐ彼のことにすがりたくなってしまう。でも、あさにぃに彼女が居たというのは聞いたことも目にしたこともなかった。
でも、僕が居たからかな。今は居るかも。あさにぃだってもう自由になっていい。早く放してあげなきゃと思った。いつまでも、あの頃のようにすがりついたままじゃ、彼は自分の道を思うように歩けない。
あさにぃ、元気かなぁ……。
しばらく神田さんとも会えないだろうから、今度の休みはあさにぃのところに顔を出そうかな。仕事で疲れてるのにお荷物が行っても……。
そうだ。ご飯作ってあげよう。それなら彼の負担を減らせるはずだ。
「ほおつきよ 一 盲目」完
二部につづく
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