ほおつきよ

兎守 優

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三 なりふり

三行

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「なぁ、つきしろ病院前って言ったら教えてくれ」
 入れ替わり立ち替わり、バスの席が空くことはなかったが、人が動くたびに僕のことをマジマジと下から上まで見てきて不快だった。
 ヘッドホンを付けた姿で手すりにつかまる僕と、落ち着きがなくそわそわ視線を動かしている斎藤くん。かなり変な二人組に映ったにちがいない。
 機械音も車体が跳ねて揺れる音も嫌いだ。僕は手すりにしっかりとしがみつきながら、電光掲示板にチラチラと視線を送っていた。
 バスに揺られて三十分ぐらいか。やっと、「つきしろ病院前」と表示が変わると途端に、おりますボタンが点灯した。
 どうやら乗客の大半はこのバス停で入れ替わるらしい。ぼーっとしていた彼を突いて、バスから退散した。
 彼はこっちだ、と手招いてつきしろ病院に入っていく。なるほど。これならいくら大迷惑を省みない彼でも、大きな声を出すことができないはずだ。
 彼のあとをついて、ひたすら階段を上がっていく。エレベーターには乗れないと僕が言うと、じゃあ、健康のためにも、と彼が譲歩してくれた。
 しかし、目の前の彼は足取りが危うい。段を踏み外しそうになったり、手すりを掴み損ねそうになったり。見ていられなくなって僕は話しかけた。
「僕が先頭に行くから、何階の何号室か教えて」
 ピタリと足音が止まった。彼は振り返らない。
「邪魔にならないかぎり、俺の横を歩いてくれないか?」
 彼の声は響くというよりは、震えているように聞こえた。
「はい」
 僕は三段上がってとなりに並んだ。
「悪い。手もつないでほしい」
 彼の足はガクガクと震えていた。動揺した彼の姿をいつも不安でいっぱいな自分と重ね合わせたのかもしれない。
「ほら」
 彼に近づかれるのは不快なのに、僕は空いた手をつかんで歩き出していた。彼はたまによろめいたり、つまづいたが目的の階まで決して僕の手を離そうとしなかった。彼の手は汗ばんでいて、泣いているみたいだった。
 斎藤 大智とかかれたネームプレートの前で彼は足を止めた。コンコンと控えめにノックするときになって、ようやく手を離してくれた。
「父さん、来たよ」
 個室のベッドで半身起こしていた人物がこちらを見て力なく微笑んだ。
夕空ゆら……そちらの方は?」
 穏やかな視線と声色が僕に向けられた。この人が斎藤くんのお父さんなんだと驚く。彼と雰囲気が似ているのに落ち着いていて、少し不思議に思った。
「山崎 真昼と申します」
「俺の友だちだよ」
 ただしくは隣人。頭に大迷惑がつくが。そう吐き出したい気持ちをグッと堪えていると、斎藤くんはベッドに抱きついて突っ伏す。
 声を上げずに泣いていた。その頭をお父さんは優しくなでている。
 あぁ、いいな。素直にそう感じた。
 手をつないだ先をたどると、夕陽とぶつかる。隣を歩く人の顔が眩しくて見えない。この手を離してほしいとは思わなかったが、僕の頭をなでて、いい子だねってしてほしかった。
 ただ、そういうささいなことでよかったのに。そんなちょっとしたことで、僕は救われたのに。戻らない日々はいつまでも僕を苦しめ、解放してくれないのだ。
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